第八話 父の選択
北の訓練所、もといアカデミーに、呪いを抑えられる人物がいると知ったその翌日。
激しく窓を打つ雨の音で、目が覚めた。
眠たい目を擦りながら、階段を降りると、玄関にいた知らない男と目が合った。
彼は、すでに起きていたルーズに一声かけると、玄関から姿を消した。
「お父様。おはようございます。お客さまですか?」
「あぁ。昨日来たセレスティさんの仲間だそうだ。どうやら魔法で家の周りを掃除してくれたらしい」
窓の外を見ると、いつの間にか雨が止んでいた。
水を操って血を洗い流してくれたのだろうか。
だとしたら、彼らがやってくれたことは確かにありがたいが、ルーズの表情には不信の色が浮かんでいた。
「おとうさまー、ナディー、おはよーう……わぁ!お外見て!虹だよ!」
最後に起きてきたナナリーは、外の虹を見つけると、飛び跳ねるように喜んでいた。
俺もいつか水を操る魔法、覚えよう。
ルーズはセーラとリザがいなくなったことを、ナナリーにも説明した。
ナナリーは酷く落ち込み、朝ごはんも食べず部屋に引きこもってしまった。
「お父様。ナナリーにはもう少し、嘘も交えながら説明するべきだったのでは?」
「そうだな、ただ事実を伝えるだけじゃ、怖いし、不安にもなるよなぁ」
ルーズは重たいため息をついた後、一呼吸置いて不思議そうな目で俺を見てきた。
「ナディーはなんでそんなに平気そうなんだ?心配だったり、怖かったりしないのか?」
「もちろん、心配で怖いです。ただ今の僕には二人を助けるとこはできません。だから早く力をつけて、二人を助けに行きたいと思っています。」
普通の三歳児はこんなこと言わないだろうが、俺に三歳児の真似なんか出来っこない。
ナナリーもそうだけど、ルーズも今、だいぶ参っている。
ルーズに心配かけないよう、今は出来るだけしっかりとした息子を演じよう。
「そうか、心強いよナディー。まったく、その歳でしっかりしてるな」
柔らかい笑顔を見せたルーズは、俺から目線を外すと玄関の方に顔を向けていた。
何かを決意した真剣な表情だった。
セーラとリザがいない初めてのお昼ご飯。
さっきまでの真剣な表情はどこへいったのか。
なんとも情けない顔をしたルーズが、テーブルに並べた食事は全て黒色の塊だった。
「すまない……。俺に料理の才能はないみたいだ」
「いえ、これは…これで……」
せっかくルーズが作ってくれた食事だ。
できれば食べたいのだが、ゼリーのように柔らかかった肉は、金属音を鳴らす塊になっており、齧り付くことも出来そうになかった。
ルーズをどう慰めようかと考えていると、玄関のドアが勢いよく開いた。
「旦那!食事に困ってんじゃねぇかと思って、食材と料理人を連れてきたぞ!」と、朝見かけた男が大声で言った。
「料理人ってほどじゃないけどね〜」
彼の隣に立つ小柄な女性が笑顔で付け加えた。
彼女は自分よりも大きな荷物を抱えていて、その姿がなんとも頼もしく見えた。
「助かるよ。娘と息子にとびきり元気が出る料理を作ってあげてほしい。それと、セレスティに話があるんだが」
男は隣に立つ女に一言「あとは任せた」と言って、セレスティを呼びに走り出した。
ルーズはその姿を玄関で黙って見つめ、しばらくはその場に立ち尽くしていた。
「あー。えっとそれじゃあ早速作り始めるよ!」
「あ、はい!よろしくお願いします」
部屋の中は、完成した料理から立ちのぼるいい匂いでいっぱいになっていた。
香ばしく焼かれた肉の匂い、新鮮な野菜の香りが空腹をそそる。
香りにつられ、ナナリーも泣き疲れた顔で部屋から出てきた。
「さー!どーぞー!落ちこんだ時はいっぱい食べるのよ!」
「ありがとうございます。ナナリーもほら、食べよう?」
「うん、お姉さん。ありがとうございます」
不貞腐れていたナナリーだったが、一口、また一口と料理を食べ進めるごとに、表情が明るくなっていった。
俺も料理人の女性もその姿を見て、ほっとしていた。
ひとまずナナリーの元気が出たみたいで安心した。
あと不安なのはルーズだ。
少し前に合流したセレスティと話があると、家の外へ出て行ったきりだ。
かれこれ十五分程話し込んでいる。
もしかすると例の信仰集団の新しい手がかりでも見つかったのだろうか。
玄関のドアを見つめながら会話の内容を予想していると、ドアが開き二人が帰ってきた。
ルーズはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「ナナリー、ナディー。二人に大事な話があるんだ」
「どうしたの?お父様」
ルーズは大きな深呼吸を一つし、俺たちの目線に合わせるように片膝をついた。
「お父さん、セーラとリザを連れ戻しに行こうと思う」
「みんな見つかったの?」
ナナリーの問いにルーズは黙って首を横に振った。
「セレスティさんの仲間達と、一緒に探しに行くんだ。彼らについていけば必ずセーラとリザを見つけられる」
「お父様も……いなくなっちゃうの?」
「いいや、いなくなったりしないさ。みんなを見つける間の少しだけ違う場所に住むだけだ」
ルーズが家を開ける、ということは俺とナナリーの二人で生活していくことになるのか?
いや、さすがにこの歳じゃ生活なんて出来るわけない。
どうするんだ?
「そこで、ナナリーとナディーにはアカデミーで暮らしてもらうことになる」
「あかでみーって魔法のお勉強が出来るところ?」
「あぁ、そうだ!ナナリーが待ちに待った魔法の勉強ができるんだ」
ナナリーはぐっと涙を堪えて俺の手を強く掴んだ。
「うん…わかった!でも、でも早くみんなで迎えにきてね!」
「あぁ、もちろんだ。ナディーも、いいか?」
俺をまっすぐ見つめる、ルーズの目は赤く涙ぐんでいる。
そんな目をされたら、答えるほかにない。
「もちろんです。気をつけて行ってきてください」
あの数の魔獣を一人で制圧したルーズだ。
きっと何の問題もないだろう。
それに仲間がいるなら尚更だ。
いつになるか分からないけど、またみんなでいつもの日常を過ごすんだ。
その時には呪いも解いて、いろんな魔法をみんなに自慢しよう。
ルーズは俺たち二人を抱きしめ、髭を頬に擦りつけてきた。
「そうと決まれば出発だ。お前達はルーズと一緒に拠点に迎え。坊や達は私と北の訓練所に向かうぞ」
「も、もう出るのか!?」
流石に即出発には俺も驚いた。
だが、このスピードはいつものことなんだろう。
仲間の二人は文句も言わずに早速準備を始めていた。
「当たり前だ。お前の家族たちの生死がかかっているんだぞ。早ければ早いほど良いだろう?それに坊やの腕のこともある。少しでも早く呪いを抑える必要がある」
セレスティの言葉でナナリーの体が強ばり、俺の手を握る力が強くなる。
「お父様!私たちは大丈夫だよ。早くお母様とリザを連れて帰ってきてね!」
「ナナリー……」
ナナリーの手の震えから、強がっているのが分かる。
五歳という年齢で、家族の危機を理解し、心配させまいと涙を必死に堪えている。
父を鼓舞する姿はまさしく姉だった。
「安心しろ、手紙くらいは出せる。そこまで悲観しなくてもいい」
「そ、そうか!ナナリー、ナディー。いっぱい、手紙を送るからな」
ルーズは再度、俺たち二人を抱きしめ、家を後にした。
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