第四話 協力者

「ふざけんなよ!お前がやったんだろ!」


 何も、悪い事なんてしてないよ。

 僕はただ、体調が悪くて教室で休んでいただけなんだ。


「嘘つけよ!教室にいたのは、お前だけだったろ」


 昨日までは仲良くしていたのに、怖くて目が合わせられない。

 誰か、助けて。


 気まずさから、何処にも向けられない目を天井に向けた。

 その時、男の子の上の天井が、急に崩れ始めた。


「危ない!」


 間一髪のところを担任の先生が助けに入ってくれたように見えた。


 安心と、今起きた事故のショックのせいで体が動かない。


 ほこりか何か分からないが先生と男の子がいる場所が煙で包まれている。

 巻き込まれた二人の姿は煙のせいで確認する事ができなかった。


 何秒たったんだろう。

 ショックのせいか、煙が晴れる時間が永遠に感じた。

 

 煙が晴れたことに気づいたのは、クラスメイトの叫び声が聞こえたからだった。


 二人が煙に包まれていた場所を確認すると、先生の肩から大量の血が出ているのが目に入った。


 クラスメイトは先生と男の子を心配して、駆け寄っていく。

 僕も――


「く、くるなよ!これもお前がやったんだろ!」


 な、なんでそんなに怯えた目で僕を見るの。

 僕にこんな事、出来るわけないよ。



 *



「ナディー!よかったー!目を覚まさないんじゃないかって心配したのよ」


 目を覚ますとセーラは俺の顔を優しく包み、撫でいた。

 今は笑っているみたいだけど、目の下は赤く腫れている。


「ナディー、大丈夫?痛いとこない?」

 

 セーラの声で目を覚ましたナナリーは、開ききっていない目をこすっている。

 俺のそばで一緒に眠っていてくれたみたいだ。


「今ねー、お父さん達がー、ナディーの右手のことを調べてくれているからー、安心していてねー」


 辺りを見渡すと、ルーズとリザの姿が見えなかった。


 リザは俺が魔法に興味を示していることを知っている。

 魔法を使ったことが原因だとすぐにバレ、魔法の使用を禁止されそうだ。


 まぁ、しばらくはあの手記を読み漁るとするか。


 今後の活動の計画を立てていると、部屋のドアが荒らしく開いた。


 かなりの距離を全力疾走してきたのだろう。

 滝のような汗をかいているルーズが立っていた。


「ナディー。信じられないんだが、もしかして魔法を使ったんじゃないか?」


「そんな訳ないでしょーう?ナディーはまだ生まれて二年も経ってないのよー?そんな事……」

 

 セーラは立ち上がり、そんな訳がないとルーズを落ち着かせているが、ルーズの言う通りだ。

 魔法を使った事がバレている。


 セーラの否定の仕方から見ると俺の年齢では魔法は使えないのだろうか。


 もしかして一定の年齢じゃないと、体に異常が起きる?

 だけどそんな事どこにも書いていなかったし問題、ないよな?


「みんな、話がある。ちょっとこっちに来てくれ」


 セーラのおかげで冷静さを取り戻したルーズはみんなを連れて部屋を後にする。


 俺に聞かせられない様な話という事は、かなり深刻な問題なのか?


 元気だと思った体だったが、まだ思い通りに動かせない。

 話を聞きには行けなさそうだ。


 今は諦めて話が終わるのを待つしかないか。

 



 しばらくすると、深刻そうな顔でリザが部屋へ入ってきた。


 耳は垂れ、いつも左右に揺れている尻尾も、今は元気なく下を向いていた。


「ナディアス様。実は私とルーズ様で、右手の症状について調べておりました。その症状に詳しいと言う旅人によると、どうやら一種の呪いのようなのです」


 呪いだって?


「魔法を使えば使う程、黒いアザが広がり、体が弱っていく。と、そう仰っていました」


 魔法があるくらいだ、呪いという言葉は、前世より信憑性があった。

 今回は本当に呪われているんだろう。

 

 でも、誰に呪われたっていうんだ。

 呪われることなんて、何もしていないはずだ。

 

 いや、この体の持ち主になら、呪われている可能性はある。


 体を乗っ取ったようなものだし。


 それか、前世の呪いは実在して、そのまま持ち込んだ?

 

 呪いについて考えていると、リザの垂れていた耳が少し上を向いた。


「ですが、こうも仰っていたそうです。呪いを解く魔法が存在すると」


 魔法ってイメージで効果とかが決まるんだよな。

 もしかしてイメージで使用する魔法と、そうじゃない魔法があるのか。


 だったらその魔法、必ず見つけてやる。

 もう、呪いだなんだと言われて避けられるのも、不幸になるのもごめんだからな。

 リザに協力してもらって、呪いを解く魔法を探そう。


「ナディアス様。やる気を出してもダメですよ?ルーズ様やセーラ様が心配されますから。」


 リザの雇い主はルーズだ。

 さすがにダメか、しょうがない。


 だが、リザが俺に甘いことも知っている。


 全力で媚びるんだ!


「ねぇ、リザ?魔法を使わないって約束するから、魔法の勉強だけは続けさせて?」


 俺はこれでもかと、目をウルウルさせ、リザの目を見つめ続けた。


「っう……。ダメです。ダメですからね!くぅ〜……。ちょっとだけですよ!ただし、魔法は絶対に使っちゃいけませんよ!」


(よし!)



 *



 あれから、安静に休めるように自分の部屋を与えられた。

 体調は一週間ほどで全快したが、やはり黒いアザが消えることは無かった。


 ルーズが仕事に行っている間、リザは魔法関連の本を自室にこっそり届けてくれる。

 けど、本はかなり分厚く、内容を理解するのに一冊読むのに三ヶ月もかかってしまった。

 セーラがよく部屋に様子を見に来るので、単純に読む時間が少ないことも原因の一つだろう。


「やっと二冊目も読み終わった~」


 解呪の魔法については、まだ手がかりはない。

 それでも、詠唱を伴う魔法がある事は確かだった。


 高度な魔法ほど詠唱が長く、使用する魔力も膨大になる。

 解呪の魔法も恐らくはそういう類の魔法だ。


 光を出そうとして気絶するようじゃ、今はそんな魔法を使えそうにない。


「ナディアス様、そろそろルーズ様がお戻りになられます」

 静かにドアをノックしたリザは、ひょこっと音が聞こえるように、ドアの隙間から顔を出していた。


「分かった。ありがとうリザ」


「いーえ!とんでもございません!」


 俺の頭を一度撫でて、本を回収していく。

 大きな尻尾を左右に動かし、本を持って部屋を出ていくリザはなんだか嬉しそうだ。




 書斎に穴を開けてから八ヶ月。

 まだ解呪の魔法については分かっていない。


 代わりに、自分の魔力量を上げる方法を探している。

 いつか使う解呪の魔法のために。


 けど、今まで読んだ本には、ひたすら魔法を使い続けるくらいの事しか書いていない。

 現状、魔法が使えない俺にはできない方法だ。


 また国王の手記を読み、手がかりを探そうとしたのだが、どこを探しても手記が見つからない。

 壁に穴を開けた時、一緒に消し飛んだんだろう。


 完全に詰んでいる。

 勉強、運動ときて魔法も使えない。

 このままじゃまた俺は出来そこないだ。


 だがこのまま、無駄な時間を過ごすつもりはない。

 今持っている情報、国王の手記にあった手順その二を試そう。


 あの時は自分の魔力容量が満タンで、周りの魔力を取り込めないと思っていた。

 けど、満タンでも周りの魔力は感じ取れるはずだ。


 つまり、あの時の手順その二は、失敗していた。


 周りの魔力を感じ、取り込めるように練習すれば、魔法を使わずに魔力量を増やせるかもしれない。


 国王の手記がない今、答え合わせは出来ないけど、今できることは全力でやってみよう。




 そう息まいたものの、これがかなり難しい。


 あれから何度か試してはいたが、周りの魔力は全く感じない。

 空気、本、リザなど。

 

 そもそも方法が間違っている可能性もありそうだ。

 目を閉じ、集中してるが、やはり自分の魔力しか感じられない。


「ナディアス様、そろそろお食事です......よ?」


 晩御飯だと呼びに来たリザを、しっかりと目を開くことで魔力を感じることが出来るか試してみた。

 やり方を変えてみても、やっぱり無駄。

 つい、ため息が出る。


「え?えぇ!わたし、何かご迷惑をお掛けしてしまったでしょうか!?」


「あ、ごめん違うんだ!自分以外の魔力を感じるために色々試してたんだ。でも駄目で、つい、ため息がでちゃった」


 下を向いていた耳が勢いよく上を向き、小刻みに動いていた。

 良かった、誤解は解けたみたいだ。


「そうだったんですね、良かったです。あ、失敗したことがじゃないですよ!?」


「大丈夫、わかってるよ」


「ありがとうございます。でも、そういう事ならリザはお役に立てます!あ、でも魔法を使うことだけはダメですよ!」


 そうだ、リザは魔法が得意だ。


 リザに教えて欲しいと言えば、一歩進める気がする。

 なんで今までそうしなかったか。

 他人に教えを請うなんて、前世では一度もしたことがない。

 

 恥ずかしいんだ。

 勇気がいる。


 けど――


「あの、リザ......」


「はい」


「あの、魔法について、えっと、教えてほしいんだ。……いや、教えてください、お願いします」


 顔を熱くしながら、俺はその言葉を絞り出した。

 この言葉で、前世の俺より少しだけマシになれた気がした。

 

「はい!」


 俺に顔を近づけたリザは、不気味なくらいにとびっきりの笑顔で応じてくれた。

 

 ――リザの歯ってこんなにギザギザしてたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る