第三話 成功と失敗
布団に入ると、セーラとルーズはよく絵本を読み聞かせてくれた。
俺が知っている絵本とは少し違って、絵は大人でも楽しめる芸術的なものだったし、文字は1ページの半分以上を占めている。
これで子供が満足しそうに思えないけど、今の俺にとっては丁度よかった。
内容は魔王と呼ばれた魔法の王が率いる軍団と、人間達が戦うお話だ。
最終的には手を取り合い、魔王と一人の人間が世界を渡り歩く。
その二人が各地の差別や食料問題等、戦う理由となった課題を解決していくストーリーとなっていた。
フィクションだと思って聞いていたのだが、セーラによれば実際に起きたことなんだとか。
その魔王と旅をした人間こそ、俺が今住んでいる国の初代国王らしい。
けど、この物語は俺が知っている歴史には存在しないし、そんな国も聞いたことが無い。
なにより、魔法なんて存在していなかった。
信じられないが、この絵本、そしてセーラたちの言動から、ここは俺の知っている世界じゃない可能性が濃厚だ。
こんな世界で、生きていけるか不安もあったが、魔法という存在が明らかになったことで、胸が躍っていた。
勉強が出来なかった俺にも、魔法が使えるだろうか。
前世のように、何をやってもダメだというレッテルを張られ、家族にも見放されることはやっぱり避けたい。
魔法が使えるようになれば、何かと役に立つし、将来の選択肢が増えるらしい。
なら、前世と同じ人生をたどらないためにも、全力で魔法を習得するしかない。
俺はこの世界、この新しい環境で変わってみせると、決意を固めなおした。
*
変わってみせると決意したけど、家族との関係も、もちろん前世より良好にしたい。
今のところ、ルーズやセーラ、リザとの関係については何の問題もない。
問題はナナリーだ。
というのも、最近ナナリーのご機嫌がよろしくない。
セーラが何を言っても「イヤ」「ヤダ」と反抗してばかりだ。
それに、気づけば俺を睨むようになった。
知らないうちに、嫌われることをしたのかもしれない。
その日から、ナナリーをよく観察することにした。
どうやら俺が一人の時は比較的機嫌が良さそうで、俺がセーラと一緒にいる時に機嫌が悪くなっていることが分かった。
生まれた赤ちゃんに母親が構いすぎて、兄、姉が嫉妬してしまうという話を聞いたことがある。
つまり、セーラが俺にベッタリで寂しいんだろう。
こうして、セーラにくっつかれる前にリザの元に行くようにした。
前世のようなギスギスした姉弟関係は、まっぴらごめんだ。
できれば仲良くしたい。
リザは家事なんかで忙しいにもかかわらず、嫌な顔を一度も見せずに構ってくれた。
魔法の本が読みたいと言えばこっそりセーラの書斎に連れて行ってくれたり、俺が退屈しないように魔法で物を浮かし、さながらマジックショーを度々見せてくれた。
それとリザの耳や尻尾は、本人いわく本物らしい。
そういう日が続き、ナナリーは少しずつ、ご機嫌を回復していった。
ニコニコと笑顔でいる時間が増え、俺に対して睨むようなこともなくなっていた。
セーラは俺がリザとばかり一緒にいることに、少し残念な表情をしている。
まぁ、セーラも大人だ。
少しだけ我慢してもらおう。
今はこれでいい。
作戦は成功した。
家族が寝静まった頃。俺の時間が始まる。
体はよく動くようになり、ハイハイを卒業して、二足歩行を習得した俺は、寝室を抜け出しのセーラの書斎へと忍び込んだ。
昼間に忍び込んだ時、気になる本を見つけたのだが、セーラに見つかったことで読むことが出来なかった。
「あった、これだ!」
初代国王が旅の道中に、魔王から魔法の使い方を教わり、それを記録した手記だ。
絵本によれば、国王は魔法が使えなかった。
そんな国王が、一流の使い手になれたのだから、これを読めば間違いないだろう。
だが、手記の内容は、想像と違っていた。
魔王との会話や魔王のスケッチがほとんどだった。
「な、なんだ?国王は魔王のファンだったのか?」
教科書のように魔法の使い方やコツ、鍛え方なんかが書いてあるものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「これじゃあただの日記だ……」
今まで読んだ本もどこかの魔術師が書いた自分の物語が中心で、まともに魔法を学べなかったが、これも似たようなものかもしれない。
期待が大きく外れ、パラパラと雑に内容を見ていると、気になる内容を見つけ、ページをめくる手が止まった。
「最初に覚えた魔法……。手順、それにコツなんかも書いてある…!」
興奮しすぎて大声を出してしまった。
慌てて口に手を当て、誰かが起きていないか耳を澄ます。
「よし、誰も気づいてない」
再び手記へと目を落とし、内容を確認する。
まず初めに、魔法を発動するための手順が書かれていた。
その一、魔力を感じる。
魔力は腹の中心に滞留している。集中し、魔力の存在をつかみ取る。
その二、魔力を集める。
微量ではあるが、体のいたるところに魔力は巡っている。
そして体の外、空気や木々、植物や他の生き物にも。
それらから魔力を吸い取り自分の腹の中心へ集めるようイメージする。
これは魔力量が少ない時に必ず行う事。
魔力量が少ないまま魔法を使用すれば、命を落とす場合がある。
その三、魔力の移動。
魔力は腹の中心から各部位へと移動させることが出来る。
腕、足、頭等の体の至るとこへ。
この魔法では魔力を手のひらへと移動させる。
その四、魔力の開放。
拳を握り、魔力を開放すると同時に手を開く。
この時、輝く光をイメージをすること。
イメージが十分でない場合、爆発し手が吹き飛ぶ。
これはあくまでも相手の視界を奪うための魔法だという事を十分にイメージする。
「い、イメージ?それだけで魔法の性質が変わるのか?」
国王の説明書きに、かなりの不安を感じる。
けど、人は試したくなる生き物だ。
最悪、リザが治療をしてくれるだろう。
「ものは試しだ。その一、まずは魔力を感じる」
目を閉じ、腹全体、腹筋、そして徐々にへそ付近と、段階を踏み、集中力を高めていく。
次第に周りの音や光が遮断されていく。
冷たい暗闇の中で、ゆらゆらとうごめく黒いオーラを感じた。
恐らく、これが魔力と呼ばれるものなのだろう。
リザが治療する時に見た、あのあたたかい光と雰囲気が似ている。
「意外と簡単だな。次はその二だ。魔力を集める、か。空気中にも魔力があるみたいだけど特に何も感じないな」
自分の魔力を自覚したからといって、そう簡単に感じ取れるわけじゃないらしい。
とりあえず手を広げ、周りから魔力を集める様な姿勢をとる。
だが、一向に何も感じることは出来なかった。
集めるどころか外へと放出している気がしてきた。
「ーーっは!だめだ、出来ない!才能?やっぱり才能が無いのか?」
その二を読み返すが、やり方は合っているはずだ。
もしかすると一度も魔力を使ってない俺は容量が満タンなんじゃないか?
一度魔法を使い、もう一回試してみるか。
まずは魔力の移動だ。
魔力を手のひらへと移動——
「っうえ!腕だけが車酔いしたみたいだ……。気持ちわり」
魔力の移動は出来てはいるみたいだ。
けど、体内で何かが動いているみたいで、妙に気持ちが悪い。
なんとか気持ち悪さを乗り越え、手のひらへの移動が完了した。
ついに、魔法を使う準備が整った。
「イメージしろ。これは光るだけの魔法。光るだけ……」
爆発するなんて書かれていたから入念に魔法のイメージをする。
爆発はしない。
これは光るだけの魔法だと。
握った手のひらが冷たく、湿ってきた。
魔力が集まっているせいか、緊張のせいか分からない。
イメージが完了した俺は魔力を一気に解放した。
しかし光が放たれることはなかった。
「あれ?確かに魔力を解放した感覚があったんだけ――」
独り言が途中で遮られた。
全身の力が抜け、床へ倒れ込む。
起きあがろうにも、指一本さえ動かすことが出来なかった。
さすがにこの小さな体じゃ、魔法は早かったらしい。
失敗に悔しがることも起き上がることもできない俺は、大人しくそのまま目を閉じることにした。
*
「ナディアス様、ご無事ですか?目をお開けください」
バタバタと複数人の足音が近づいてきた。
そんなに慌ててどうしたんだ?体を揺らすのをやめてくれ。
昨日の夜、魔法を使って気分が悪いんだ。
――しまった。
あのまま書斎で寝てしまったことを思い出した。
起きたら近くにいないんだもんな。
そりゃ心配するだろうけど、そんなに血相を変えて心配しなくても。
「ナディー!大丈夫か!?何があったんだ!」
「お、落ち着いてください、ルーズ様!」
魔法を使おうとして、魔力が足りず気絶しただけなんだが、そうは言えず黙っていると、ルーズに右腕を掴まれた。
「この右手、一体どうしたんだ……痛くねえか!?それに、この穴は一体……」
「え?」
ルーズの目線の先、書斎の壁へ目を向けた。
壁があるはずの場所には、大きな穴ができていた。
そしてルーズが掴んでいる右手は、手首辺りから指先にかけて黒く変色していた。
「なにこれ……」
「リザ!早く治療を頼む」
「申し訳ありません。先ほどから治療を試みていますが、原因がわからず治せません!」
昨日、気を失う前はこんなことにはなっていなかった。
暗くて穴ができたことに気づけなかった?
いや、文字が見えるくらいには月明かりが差し込んでいたはず。
見えないことはない。
それにこれだけの大穴。
大きな音が出ていてもおかしくない。
けど、朝まで誰も書斎に来なかったってことは、音は出ていなかった?
俺は一体どんな魔法を使ったんだ?
だめだ、頭が痛くて考えるのがだるい。
今はもう少しだけ眠りたい。
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