きみと息をしたくなる

長月瓦礫

きみと息をしたくなる


ここ数日、ずっと雨が降り続いている。

白く分厚い雲に覆われている。

雨粒が地面を少しずつ削っていく。


「やあ、こんなところで雨宿りかい? カワイ子ちゃん」


店員と思わしきピアスをつけた若い男が出てきて、私に声をかける。

遠回しに邪魔だと言っている。

そのくらい分かっている。


「そうですね、雨が上がるのを待っているんです」


「まあ、これは一回言ってみたかっただけでな。

こんな台詞、いまどき誰も言わねえっての……で、本当に何をしてるんです?」


ピアスの男は隣に立った。何をしていたわけじゃない。

店の軒下で雨が止むのを待っていた。


「今日は一日中、こんな感じみたいですよ」


「そのようですね、困ったことに」


「レインコート、貸しましょうか? 別に返してくれなくてもいいんで」


何度も聞かれた。

ただ、私はここで待つように命令をされている。

それを無視する理由もない。だから、ここにいる。


「本当に気にしないでください、何度借りパクされたかも分からないのでね」


ピアスの男は明るく笑う。

レインコートだって決して安いわけではないだろうに。

いや、ただの布だから気にしないだけか。


「それとも、店の中で待ちます?

こんなところにいられても困りますし」


「やっぱり、困ってるんですね」


「おや、知らないんですか? 何で助けてあげないんだって言われてるんです。

表情に出さないだけでみんな心配してるんですよ」


ピアスの男は苦笑いして、私にタオルをかけた。

何日もずっとここにいるから、店先にいても邪魔なだけだろう。

店を行き来する客が迷惑そうな表情を浮かべ、こちらを見る。


「で、いつ迎えに来るんです?」


「特に何も言っていませんでした」


「だよなあ、そんな感じしたもん」


もう何日も待っているのに、一向に姿を見せない。

彼女はどこへ行ったのだろうか。


「やっぱり捨てられたんじゃないですか?」


「あなたもそう思います?」


先日、私たちは散歩の帰りにこの店に立ち寄った。

彼女が店の中で買い物したその後、ここで待っているように言われた。

それから、私はずっとここで待っている。


よく考えたら、戻ってくるとは一言も言っていない。

ここにいるように言われただけだ。


彼女は二度と私の前に姿を現さない。私は捨てられてしまった。

真実にたどり着いてしまった。これは困った。


「どうすればいいんでしょう?」


「とりあえず、中に入りませんか? 寒かったでしょ?」


「いいんですか?」


「別に構いやしませんよ、どーせ暇なんだし」


飼い主は戻ってこない。

ここにいても意味がない。


「それでは、おじゃまします」


ピアスの男はタオルで私を抱え、店に入った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみと息をしたくなる 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ