番外編4 えほんのおはなし
「むかしむかし、人類はとても仲が悪かったのです——」
老婆が絵本を見せながら、書かれた文字を音読していた。
彼女は、姉妹たちの世話係。
何の力も持たないが、優しいおばあさんだった。
「——人間族、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族……それぞれの種族は、憎しみあい、争いあい、たくさんの血が流れてしまいました」
ごくり。
絵本とはいえ、凄惨な内容と過激な描写に少女たちは唾を飲む。
「むかしむかしのそのまたむかし、神様が与えてくれた共通語。言葉を——思いを伝える手段があるというのに、人類は愚かにも話し合うことが出来ないでいました」
ぺらり。
絵本のページが次へと進む。
「そんな状況を哀れに思った神様は、天界からそれぞれの種族の王様に手紙を送りました」
『争いをやめてください。世界は広い。分け合えば、必ず余ります。奪い合えば、永遠に足りないと感じてしまいます。今よりも、もっと豊かになる術をあなたたちに与えますから』
「手紙にはそう書いてありました。そして、不思議なことが起こりました。人類の半分の半分ほどが、突然光りだしたのです。赤、青、黄、白、黒。さまざまな色に」
絵本のページには、手紙をもらった王様たちの様子と、カラフルに光りだす人類の様子が描かれている。
「王様たちは感動しました。王様たちだけではありません。人類は皆、口々に神様に感謝の言葉を伝えました」
泣きながら天に感謝する様子の人類が描かれている。
人間族、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族。
皆一様に、神様に感謝しているようだ。
「魔法はさまざまな恩恵を人類にもたらしました。枯れ果てた陸を走る列車を、荒れ狂う海を航海する船を、大いなる空を飛翔する飛行船を」
陸海空。
人類はどんな道でも進んでいく。
「人類はさまざまなものを開発し、分け合い、話し合い、つくりだされたものたちの生み出す財を享受しあうはずでした……」
人類が手を取り合い、笑顔の様子が描かれている。
しかし、その輪に加われていない種族が一つだけ。
「また、奪い合いが始まってしまったのです。火種をつくったのは、魔族。魔族は攻撃的な魔法を扱うのがとても得意な種族だったのです」
魔族たちがさまざまな魔法で人類を襲っている。
火、水、草、土、鉄、雷、風。
多色の輝きが人類を傷つける。
「魔法の活用によって人間族がつくった機械を、エルフがつくった芸術品を、ドワーフがつくりあけた建造物を、獣人がつくりあげた農作物を。魔族は圧倒的な戦力でそれらを根こそぎ奪ってしまいました」
魔法による恩恵を独占し、幸せそうな魔族たちが食事会を開いている。
その足元には、倒れた他種族の人類たち。
倒れた人々の目からは、光が失われている。
「魔族以外の人類は怒りました。団結し、魔族に抵抗しようとしたのです」
旗を掲げ、集まりだす人類。
「しかし、魔族は奪い続けていました。狡猾で、残忍で、傲慢な魔族たちは、世界の半分以上を手中に納めていました」
抵抗むなしく敗れてしまった他種族の戦士たち。
強力な魔法によって蹂躙される大勢の人類。
魔族たちが圧倒的なことがその描写から理解できる。
「そんなとき、【聖獣の勇者】が立ち上がったのです。神様の使いである聖獣様。その聖なる加護を纏い、必死に戦う人間族の勇者は、人類を勇気付け、希望をつなぎ続けました」
多勢の魔族と相対して、獅子のような聖獣とともに戦う勇者。
聖なる力に魔族たちは苦戦し、勇者は優勢なようだった。
「勇者のパーティには、各種族から選ばれた聖女が所属していました。エルフの騎士、ドワーフの戦士、獣人の盗賊。最後に、奪い合うことに疲れ、同族に反旗を翻した……魔族の僧侶」
華麗なエルフの騎士が、しなやかな動きで剣を振るっている様子が描かれている。
彼女の目には誇りと決意が宿っている。
頑強で力強いドワーフの戦士が、重い金槌を持ち上げている様子が描かれている。
彼女の眼には鍛え上げた自信が浮かんでいる。
俊敏な獣人の盗賊が、夜闇に紛れて悪党を狙っている様子が描かれている。
彼女の眼球にはしなやかな自由さが表現されている。
魔族の僧侶は、魔法の力を秘めた神聖なる装束をまとい、異端の存在でありながらも優雅さを持っている様子が描かれている。
彼女の瞳には複雑な感情が眠っている。
「毒の沼地や、火を吹く山道、暗闇の森、鉄の降る荒野。どんな危険な場所も勇者一行は、それぞれの強みをいかし、協力して乗り越えてきました」
勇者たちは危険な毒の沼地を進む。
エルフの騎士が優雅に進み、魔族の僧侶が浮かない表情で呪文を唱えている。
火を吹く山道を進む勇者一行。
ドワーフの戦士が頑強に前進し、獣人の盗賊が機敏に火の間をすり抜けている。
暗闇の森を抜ける勇者たち。
勇者の光る魔力が不気味な木々を照らし、聖獣の光が影を照らしている。
鉄の降る荒野での戦い。
勇者たちが凶悪な魔族の男性に立ち向かい、魔族の僧侶が魔法で味方を庇っている。
「勇者たちは進み続け、魔王と呼ばれる魔族の王と向かい合っていました」
勇者たちが魔王のいる王座の前に立つ様子が描かれている。パーティ全員の表情は硬い。
「勇者たちの必死の説得も、魔王の耳には届きません。戦いは始まってしまいました」
勇者たちが魔王に説得を試みる場面である。
騎士が真剣な表情で語りかけ、戦士や盗賊も種族を代表して意見するが、魔王は冷徹な態度を崩さない。
次の場面では、魔王が勇者たちに向けて力強く攻撃を仕掛けている。闇の魔法が飛び交い、舞台は緊迫感に包まれている。
「魔王は圧倒的な力を持っていました。百戦錬磨の勇者パーティは傷つき、疲弊し、勝機を見いだせずにいました」
勇者たちが魔王の力に圧倒されている。騎士が傷ついた姿勢で立ち、戦士や盗賊も辛そうな表情を浮かべている。
勇者たちは逆境に立たされ、戦いに疲弊している。
仲間同士で支え合いながらも、魔王の圧倒的な力に苦しんでいるのは明らかだ。
「そんなとき、勇者たちを虫けらのように扱っていた魔王が口を開きました」
『見事である。勇者よ。もしも、わしの部下になるというのなら、世界を征服した後、その半分をお前に任せてもいい』
『断る。僕は、全員が、全ての人類が平等な世界を望んでいるんだ』
『……魔族もか?』
『ああ。当然だ!』
『ははっ! 滑稽だな。魔族は奪い合う種族だ! お前の後ろにいるそいつもいつか必ず裏切るぞ』
『そんなことはない! ぼくの仲間を侮辱するな!』
『……もういい。興味が失せた。——死ね』
「魔王の放った闇が、勇者たちめがけてとんできます。そんなとき、聖なる獣が白く光り輝き出したのです」
『……っ!?』
何が起こったかわからない、といった様子の勇者パーティ。
「漆黒と純白が、激しくぶつかり相殺しました」
魔王の絶大な闇と聖獣の純粋な光が激突したのだ。
「聖獣は最後の力を振りしぼり、魔王の攻撃を防ぎ、勇者たちに聖なる加護を与えたのです」
聖獣が輝く光に包まれ、純粋な光が勇者たちに注がれた。
「絶命した聖獣を抱きかかえながら勇者たちは泣きました」
勇者たちは絶望的な状況に立ち向かい、聖獣を失った悲しみに抗っている。
仲間同士が励まし合い、絆を共有し奮起する様子が描かれている。
「そのとき、勇者たちの魔力がひとつの大きな魔力となり、重なりあったのです」
『『『『『——“魔法連結”』』』』』
「勇者たちの魔法が一つの大きな光となり、魔王を貫きました」
勇者たちが力を合わせ、魔法を放つ。エルフの魔法、ドワーフの魔法、獣人の魔法、魔族の魔法が勇者の光と一つになり、大きな魔法の球が形成される。
魔法の光が勇者たちの周りを包み込み、その輝きが勇者たちの意志を結集させている。
大きな魔法の光球が魔王を貫き、魔王が崩れ去る。
この物語のクライマックスだ。
「かくして、亜人大戦は集結し、世界に平和が訪れたのです。平等を願う勇者の願いと勇者と共に魔王を倒した魔族の聖女の貢献が認められ、魔族も含めて、平等で公平な社会が実現したのです」
物語を締めくくり、絵本を閉じる老婆。
******
「あたしも! ドワーフの戦士みたいに、勇者と一緒に戦って、悪いやつを倒すの!」
「僕はエルフの騎士に憧れるな。すごく格好いいや」
「ウチはー、うーン。獣人の盗賊みたいに、陰ながら仲間を助けられるようになりたいかナー」
「お婆様、お婆様。“魔法連結”ってなんですか?」
幼いソルディ、レグナ、テラが各々の理想を言いあい騒いでいる。
そんな中、ラクアは疑問に思った言葉を老婆に質問する。
「あくまでお話の中のことですよ。ですが、お互いを認めあって、心の底から信頼しあう相手とは、魔法を一つにできるらしいのです」
「わぁー! 私にも出来ますか!?」
老婆の言葉に興奮し、水色の髪の少女ラクア――魔族の血が混じった少女は大きく綺麗な目を輝かせていた。
「……ええ、きっと。ラクア様が、将来、そのようなお相手と出会えることを祈っていますよ」
「ありがとうございます!」
少女たちは――理不尽にも聖女に選ばれた彼女たちは、無限に広がる将来に胸を膨らませる。
その日から姉妹たちは、勇者のことや聖獣のこと――そして、聖女の役目について話しあい、戦うことを夢見ていた。
脳内でつくりあげていたのは、想像上の完璧で有能な優しい勇者さまを。
聖女四姉妹とこの絵本の内容を嫌っている少年が出会うのは、もっと先のおはなし。
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