番外編2 トラスとルーチェ

「違う。もっと飛距離を意識しろ」

「……はい!」


 弓の修練をするトラスに向かって、迫力のある罵声を浴びせているのは彼の師匠ルーチェであった。

 隻腕で白い長髪が特徴的な老人。普段は温厚なルーチェだが、現在は厳格な雰囲気をまとっていた。


 ばしん! という音とともに木製の的に矢が直撃する。矢が突き刺さった場所は中心よりやや右側。


「もっと足、太ももに力をこめろ。リリースの瞬間、体がぶれてる」

「はい!」


 トラスは再度、矢を放つ。

 矢が命中した場所は中心のやや左。

 教えられたコツを全て意識して実践しても、中心に矢は飛んでいかない。


「簡単に萎えるな。考えて、意識して、繰り返す。そのうち、無心で矢を放てるようになる」

「——はい!」


 下を向いてしまったトラスに、ルーチェは容赦なく発破をかける。トラスはしっかりと前を向き、また弓を引く。


 何度も、何回でも、幾度も、幾回でも矢を放ち続ける。

 朝から晩まで、手にできたまめが潰れても繰り返す。

 力を、術を身に付けるために。


 筋力も魔力も知力も足りないトラスが、モンスターを殺すために。

 正確無比な矢尻が、いつか迷宮主を討ち滅ぼすことを信じて。


 透明な矢は誰にも認識されることはない。

 それは、必殺となる可能性を秘めていた。


 師匠は厳しいようで優しかった。

 頼るものがなくなったトラスの面倒を見てくれているだけでなく、魔力や体術の指導もしている。


 修行が終わり、二人と一匹は帰路についていた。

 目的地は、森の中の小さなおんぼろ小屋。


 器用なルーチェが調理した質素ながら温かな料理が、木のテーブルの上に並べられている。

 木製の器には、山菜と野菜の炒め物、ご飯、そして小さな魚の塩焼きが並んでいる。

 香り豊かなスープも置かれている。

 夕日が窓から柔らかな光を注いでくれる中、師匠とトラスは座っている。

 フォコは床で骨付き肉をもらい、かじっていた。


「「いただきます」」


 食べ始めの挨拶を契機に、トラスとルーチェは食事を始める。


「美味いかのう……?」

「うん。すごく」

「そうか……」

「うん」


 どこかぎこちない会話が繰り広げられる。

 ルーチェに伴侶はいない。

 子供を育てるのは初めての経験であった。


「この森の野菜は、力を引き出すのに最適だからの」


 ルーチェがそう言うと、トラスは控えめに料理を頬張る。

 味わい深い森の野菜がトラスの口いっぱいに広がり、力強さを感じさせる。


「美味しいよ」

「それは良かった」


 不器用ながらも、二人は絆を深めていった。

 

 この国で初めて『母なる迷宮』を崩壊させた【光の英雄】。

 オクフカタウンの【第一迷宮】、そこに鎮座した不死の迷宮主を倒したのは、聖なる光の一撃。

 トラスに聖なる力は扱えないが、隣にフォコがいる。

 そして、英雄から直々に教わっている戦闘技術。


 いずれ、トラスの一撃も強大な迷宮主にも届くことになる。

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