第43話 湖畔での小戦闘

 オクフカに到着し、森を拠点にしてからはやくも二週間ほどが経過していた。

 今は日課となっている朝のトレーニング中。

 おんぼろ小屋の周辺、ひなたぼっこのために寝そべっているフォコ。

 その傍で俺は、薪割りに精を出している最中である。


 俺は気配感知に関しての理解を深め、四姉妹たちは日々の修行を通じて聖なる力の理解を着実に深めている様子である。

 彼女たちは白い岩の広場での修行を毎日こなしており、聖なる力を引き出す技術をだんだんとマスターしている。

 最近は修行中にもかかわらず、広場には笑顔や笑い声があふれている。

 彼女たちの余裕や成長、自信が感じられる。


(負けていられないな……)


 気配感知はともかく、筋力トレーニングや魔力トレーニングの成果は得られているとは言い難い。

 元々、死ぬ気で鍛えていたのだ。

 短期間で目に見えるかたちでの成果が得られるとは思っていないが、少しだけ焦燥感が俺の中でうごめいている。


「トラス、何にやにやしてるのさ~」

「にやにや……? 俺がしていたのか?」


 フォコの言葉を受け、斧を片手に持ち直し、空いている方の手で頬を触る。


「にやけてたよ~。さっきまで」

「そうか……」 


 自覚は無いが、今の生活を楽しんでいるということだろうか。

 今日の予定は、姉妹たちの修行の成果を試すための遠征。

 師匠は野暮用で来られないらしいので、俺が同行予定である。


「天気は問題なさそうだな」


 俺はさんさんと輝く太陽を見上げながら、そうつぶやいた。


 ******


「思ってたより普通なのね」

「確かに……すごく静かだね」


 ソルディとレグナの声が、静寂の中によく響く。

 ここは、森の奥深くに広がる直径20メートルほどの湖。

 何の変哲もないように見えるが、一般人は近寄ることすら許されていない危険地帯である。

 魔物が住み着いている場所である。

 湖面に映る青い空と緑の木々は美しいものではあるが、殊更特別なものではない。


「……油断するな―—」

「——ぎゃぎゃぎゅあっ!」


「……っ!」


 湖からモンスターの群れが跳ね上がってくる。

 魚型の低級モンスター飛び魚フライングフィッシュの大群だ。

 水しぶきが上がる中、ソルディがパーティの先頭に立ちふさがる。

 金色に輝く魔力―—聖なる力を含んだ魔力を大金槌に纏わせて、モンスターの群れを迎撃する。


「【水よ、乱れろ】」


 ソルディがフライングフィッシュの猛攻を打ち落とす中、ラクアが杖を高く掲げ、詠唱する。

 聖なる力を含んだ水色の魔力が向かう先は湖面。


「ぎゃぎゅあーーー!?」


 湖の水面が光り輝き、うねりだす。

 モンスターたちは緩やかに暴れる水に威圧されて動きを止めた。


「さすが!」


 次に動きだしたのはレグナ。


「【木々よ、縛れ】」


 レグナを聖なる魔力が包み、周辺の木々が深緑色に色づく。


「ぎゃぎょっ?」

「ぎゃぎゃぎゅ!?」


 湖から飛び出し、ソルディから攻撃されていない数匹。

 森に潜伏していた個体がレグナの操る木の枝にからめとられる。


(……そろそろか?)


 魔力の感知に優れているレグナだけではない。

 フライングフィッシュの迎撃に成功したにもかかわらず、修行の成果により感知能力も向上した四姉妹全員が湖の中を警戒している。


「ぎょぎょぎょぉっ!!!」


 湖の中央から飛び跳ねるようにして出てきたのは、巨大な魚型モンスター。

 フライングフィッシュの変異個体である王様飛び魚フライングフィッシュキング

 5メートルを優に超えるほど大型なモンスター、ゆえに自由に飛翔することはできないが、通常個体とは比べものにならないほどの質量と頑丈さを誇る。

 今までの姉妹たちなら、この大型モンスターに致命傷を与えることができる攻撃はソルディの“魔力添加”による一撃くらいであっただろう。


 だが、今回の主役フィニッシャーはテラである。

 

「【土ヨ、ぶん殴レー!】」 


 間抜けな詠唱から生まれたのは、聖なる栗色の魔力を全身から放つゴーレム。


「ぎょぎょぎょ……?」


 テラのつくりだしたゴーレムの大きさは、フライングフィッシュキングよりも一回り大きかった。


どんっっっ!!!


「ぎょぎょぎょおぉっっ—――—!!!」


 ばしゃっっっん!!!


 ゴーレムのパンチによって、腹に大穴が開いたフライングフィッシュキングが再び湖に沈んでいく。


「あー! 魔石は!?」

「そこまでは考えてなかったナー」


ソルディの叫び声が静寂を取り戻した湖畔に響き渡る。

その様子を見て、テラはたははと笑っている。


「……確かに……」

「ま、任せてください」


 一拍おいて、レグナとラクアが反応する。


「【水よ、運べ】」


 ラクアの水を操る魔法によって、大きな青紫の魔石を回収することにした姉妹たちは、悠々と湖を後にするのだった。


(俺とフォコの出番は無かったな……)


 寂しいやら、頼もしいやら、複雑な心境ではあったが、ひとまず少女たちの勝利を祝福しよう。

 そう考えた俺は、高級な肉や野菜を買って夕食を豪華なものにしたのだった。


 繰り返され、積み重なる修練と平穏な日常。

 ―—そして、オクフカを訪れてから一年の月日が流れたのである。

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