第41話 聖なる力


 静寂がただよう深い森の奥深くに、開けた場所が広がっていた。木々に囲まれた広場のような空間で、穏やかな自然の響きが木立を抜けて耳に響く。光が葉っぱの間から差し込み、地面には柔らかな日差しが模様を描いていた。


 この場所はかつて、聖なる力を持つ修行僧たちが日々の騒がしさから離れ、心を整えるための特別な場所だった。トラスの師匠、そして、トラスとフォコも。昔は、この広場で修行していたのだ。木々の間から漏れる風が、この場所に穏やかな気配を届けている。


 広場の中央には、陽光を浴びて真っ白な輝きを放つ岩が鎮座していた。その岩は、この場所で修練する修行僧たちに静けさと集中力をもたらす象徴となっていた。周囲の木々は、それぞれが年月を重ね、独自の姿勢でこの場所を取り囲んでいる。


 鳥たちのささやきが風に乗って響き、小さな動物たちが気ままに広場を行き交っている。トラスの師匠がこの場所を選んだ理由は、ここに流れる特別なエネルギーにある。大昔の修行僧たちは、この場所で大自然と一体化し、内なる平穏を見いだして聖なる力のコントロールに成功した―—という言い伝えがある。


 要するに、気分の問題である。


「ほいじゃあ、まずは自己紹介からしようかのう。儂はルーチェ。まあ、トラスのじいちゃんみたいなもんじゃから、じいちゃんとでも呼んでくれ」


 右手で白いひげを触りながら、姉妹たちに対して適当な自己紹介をするルーチェ。その姿からは、緊張感といったものが一切、醸しだされていない。


「あたしはソルディ! よろしくね!」

「僕はレグナ。よろしく頼むよ」

「わ、私はラクアと申します。よろしくお願いします!」

「ウチは、テラ~。よろしくナー。そういえバ——」


 四者四様の自己紹介。全員友好的ではあるが、その態度は姉妹それぞれの性格をよく表している。


「―—じいちゃんが旦那に弓を教えたのカ?」

「そうじゃよ。弓の技術だけでなく、魔力の使い方も含めての」

「へぇ」


 自己紹介に繋げて紡がれたテラの問いかけ。それに対するルーチェの回答は、レグナの興味を引いたようである。


「まあ、今回はトラスに『聖なる力の扱い方について教えてほしい』と頼まれとるからのう。体術やらは教えんが……」

「聖なる力……」


 聖なる力という言葉に小声で反応したのは、少々緊張気味なラクアであった。


「聖なる力は燃費が悪い。魔力も体力も大きく消費するんじゃ」

「そうなの?」


 ルーチェの説明に、ソルディが初めて聞いたという風に反応する。


「フォコはトラスと魔力を共有しとるんじゃが、よく寝とるじゃろ。トラスは魔力が少ないからのう。聖なる火を連発できれば、もっと簡単に迷宮を攻略できるんじゃが……」


 ほんの少しだけ眼差しに陰りを見せながら、ルーチェはそうつぶやいた。


「たしかに。聖犬さまは大抵、勇者殿のポケットの中にいるね」

「勇者? トラスのことかのう?」


 レグナの納得を示す言葉の中に、ルーチェにとって気になる文言があったのだ。


「ああ。彼は聖犬の勇者だからね」

「……なるほどのう。たしかに、初見でこう言われたら怪しむ気持ちも分かるのう……」


 レグナの即答を受けて、ルーチェはこっそりとつぶやく。出会いの経緯をトラスから聞いていたのだ。勇者とは、おとぎ話の中の存在であるため、簡単に信じることは出来ないだろう。


「何か言ったかい?」

「んにゃ、何も言うとらんよ。さてと、じゃあ始めようかのう」


 ごまかすように話題を元に戻すルーチェ。だが、姉妹たちはその言葉に大いに沸く。


「聖なる力……よくわからないけど、もっと強くなれるはずよね!」

「ああ、楽しみだね。僕たちなら問題なく習得できるよね」

「よ、よろしくお願いします!」

「ラクア、気合入ってるナー。聖獣の勇者と聖女の絵本、好きだったもんナー」


 再び、四者四様の反応。四人の少女たちに共通しているものは、期待に満ちた眼差し。


 ルーチェの手招きを受けて、姉妹たちは広場の中央に鎮座する岩の周りに集まり、自由な姿勢で座りこむ。聖なる力の全貌を知るために、ルーチェの一言一句に、心を込めて耳を傾けていた。


「聖なる力は、内なる平穏と調和から生まれるもの。まずは、心を穏やかに整え、大自然の息吹と一体化することが重要なのじゃよ」


「一体化? そうするためにはどうしたらいいの?」

「まずは、目を閉じてあたりの気配を感じてみることじゃな」

「わかったわ……」


 姉妹たちは目を閉じ、心の中で自分たちを森に溶け込ませるように意識を集中させた。そこで初めて、森の生命力が彼女たちを包み込む感覚に気づいた。


「ざわめき? 何かが動いているような感じがするわ」

「これは……自然が躍動しているのかな」

「何か、大きなエネルギーのようなものを感じます……」

「うーン。魔力の流れじゃないよナー。不思議な感ジー」


 姉妹たちはそれぞれの感覚を各々の感性で言葉にする。


「よし。上出来じゃろ。目を開けて構わんぞ」


 姉妹たちが一斉に目を開けて、深く息を吸う。


「あんな感覚初めて! でも、いつもは目をつぶってもこんな風にはならないわよね?」


 ソルディは自然の雄大さにあてられて、興奮気味であった。


「それは、こいつのおかげじゃろうな」


 ルーチェが指を指したのは、姉妹たちの近くにある白い岩。


「儂もよく知らんのじゃが、不思議なエネルギーを持っておるらしい」

「へぇ」

「そうなんですね……」


 レグナとラクアが真剣な表情で白い岩を見つめる。鏡のような岩の表面に、二人の輪郭がうっすらと浮かぶ。


「さてと、じゃあそのまま。座ったままでよいから、魔力を練ってくれるかのう?」


 ルーチェは次に、手に集めたエネルギーを放出する方法を話し始めた。


 ソルディは真剣な表情で試し、小さな金色の粒子を手のひらに集めた。レグナは自分の手先から緑色に光る微かな輝きを放ち、その光を楽しむように見つめていた。テラは水をすくうように手をあわせ、その中に栗色の魔力を発現させる。


 一方で、ラクアはまだ慣れない様子で手を前後に振り、光の粒子を無造作に飛ばしてしまった。


「ご、ごめんなさい」


 ラクアがしゅんとした様子で謝る。ラクアは杖無しで魔力を制御することが苦手なのだ。


「これからじっくりと練習していくと良い。聖なる力にせよ魔力にせよ、修行と忍耐の積み重ねからしか成長はないからの」

「は、はい!」


 責める様子もなく、ルーチェはにっこりとほほ笑みながら言った。その言葉に安心したのか、ラクアは再度魔力を練ろうとした。それを、ルーチェが優しく制止する。


「片手ではなく、祈るように両手を重ねてみてくれんか」

「は、はい!」


 ラクアの小さな手が重ねられ、できあがった一塊に水色の魔力が集まっていく。それは、ゆっくりと、だが、着実に輝きを増していく。


「わ! 出来ました!」


 ルーチェの方を向き、幼子のように無邪気に笑うラクア。その様子を見て、ルーチェは小さくうなずいた。


 夕日が森を染め、広場には穏やかな空気が漂っていた。姉妹たちは新たな力に胸を躍らせ、未知なる世界への期待が募っていた。


 この先も続く修行の日々。それは、姉妹たちをどのような冒険へと導くのか。それはまだ見えぬ未来。

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