第40話 気配感知
深い森の深部。人の目が全くない場所。ここにいるのは、俺と大きな木の根で寝ているフォコだけ。
姉妹たちは師匠と聖なる力関連の訓練に励んでいるはずだ。俺はというと、師匠に試したいことがあると言って離れてきた。そして、それを今、実行する。
(後ろから気配……)
がさがさ、ばさっ、ばさっ、ばさっ。
葉の生い茂った木から、鳥が飛び出してきた。
赤い聖霊に腹を貫かれたあと、ラクアの回復魔法によって一時的に意識が戻ってからのこと。俺は、周りの気配に敏感になっていた。
(死線をくぐり抜けることで新たな能力に目覚めるなんて、信じていなかったんだけどな……)
まるで空から自分自身を俯瞰しているように、周囲の状況が伝わってくるのだ。魔力で感知しているわけではなく、生き物の動きや輪郭がはっきりとわかる。
そもそも、感知の才能が全くないため、この感覚が魔力感知とどのように違うかは知りようもないが。魔力を感知することに長けているレグナは「魔力の流れが伝わってくるんだよ」と言っていた。うん、何もわからない。
とにもかくにも、新しい力を手に入れたのだ。有効活用できるように全貌をできるだけ把握しておきたい。透明化や弓矢とのシナジーがあるかどうかも確認したい。
俺は新たに手に入れたこの能力を試すため、森の中を歩きながら周囲の生態系を感じ取っていった。集中するためにできるだけ静かに歩いていると、足元の小さな生き物から大木の奥深くのウサギまで、すべてがクリアになっていく。
(……集中すればするほど、あたりの生体反応がつかめそうだな)
枝の間から光が差し込み、そこにいる小さな昆虫たち―—テントウムシのような生き物の輝きが感じられた。そして、俺の視線はさらに高く、遠くの動物の存在まで把握できた。はるか遠くに見える上空で羽ばたいているのは、大きなワシかトンビだろうか。
「これはなかなかすごいな…」
心の中でつぶやいたつもりだったが、声に出してしまった。それと同時に、目の前に立ちはだかる大木の根元に異変を感じた。その根元に、何かが潜んでいるような気配があった。
「【透き通れ】」
異質な気配を警戒し、念のため透明になっておく。
俺は透明なまま、慎重にその場に近づくと、地面から浮き上がるような不思議な存在がそこにいた。それは、魔法のようなエネルギーで満たされた存在で、俺の新しい感知能力がそれを見逃すことはなかった。
(……聖霊じゃないよな? あれよりも、微弱な気がする)
その存在は、なにやら特別な力を秘めているように感じられた。俺は慎重に近づき、そのエネルギーを手で触れてみる。その瞬間、未知の情報が俺の脳に流れ込んできた。
(これは……昔の、こいつの記憶か?)
そのエネルギーが過去の出来事や古代の秘密を保持していることがわかった。俺はその知識を取り入れ、感知の能力を使ってこれまで知りえなかった深部にいる動植物の生態や変遷を学び始めた。
ウサギ、タヌキ、キツネ、イノシシ、シカなどの動物やカブトムシ、クワガタ、ハチなどの姿がうつろい、流れゆく。その中には見たこともない美しい鳥類もいた。そして、時折ではあるが、醜悪なモンスターの姿も。
(……体験としてはかなり興味深いし、面白い)
だが、戦闘能力の向上には役立たないだろう。俺はそう判断して、この場を離れる決断をした。
帰り道も、木々の間を飛ぶ小鳥たちのさえずりや、地面の下で暮らす小さな生き物たちの会話のようなものが聞こえてくる。これまで無視してしまっていた微細な生態系が、俺の新しい力によって知覚できるようになっていたのだ。
そして、透明なまま慎重に進むうちに、遠くに別の気配が感じられた。それはまるで敵対的なエネルギーを放っているようだった。おそらく、一体のモンスター。
(いったんフォコの元に戻るか? いや……)
気配感知を駆使して、その方向に向かって進むために正確な位置を探る。この場所に迷い込んでくるモンスターに強力なやつはいない。十中八九、近辺の野良ダンジョンからはぐれた低級モンスターだろう。
透明な状態を保ちながら、俺は慎重に進み、その方向へ向かっていった。周囲の生態系の情報を感知しているため、モンスターの邪悪な存在感が増していくことがわかった。
何者かによる枝がこすれる音や、地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。気配感知の能力が高まるにつれ、その存在はますます鮮明になっていく。やがて、俺の視界には森の中を歩く姿勢を崩さない一体のモンスターが現れた。
何の変哲もない低級モンスター。ゴブリンである。
(……ゴブリンなら問題ないか)
俺は弓を手に取り、矢を引っ張って狙いを定める。鋭い矢が空を切り裂き、ゴブリンに命中した。
「ぎゃっ!」
ばたり、とゴブリンが倒れる。想定通り、あっさりと討伐に成功する。ゴブリンはさらさらとした灰になり、魔石へと姿を変える。
そのとき、俺はゴブリンの周りから発散したエネルギーを感じとった。
「……何だ? これ?」
躍動していた生命が終わりをつげたようなものかと思ったが、そうではないようだ。発散したモンスターの気配が魔石へと集約したように感じる。
(考えてもしかたないか)
情報が少なすぎる。それに、深く考えたところで、俺の頭で理解できるような内容である可能性が高い。何となくではあるが、俺はそう直感していた。
少なからず心に残る消化不良のせいで、勝利の余韻に浸る暇もない。ゴブリンの魔石を拾い上げた俺は森の中を歩きながら、気配感知の新たな可能性に思いを馳せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます