第39話 いままでのこと
姉妹たちの魔法によって完成した新築。俺と師匠は初めてのお客様として、家の中に招かれていた。おんぼろ小屋に六人と一匹が入るのは、あまりにも窮屈だったから。
「……それで? どうして戻ってきたんじゃ?」
即席で造られた木製のイスとテーブル。俺は師匠と向かいあい、ここに来た理由をこれまでの経緯とともに話し始めた。
「【第二迷宮】を壊した後、しばらくサガナキに滞在していたんだ。
ちなみにその間、姉妹たちは買ってきた高級寝具などで理想の寝室を作りあげるのに躍起になっていた。
******
「―—あいつら四人が押しかけてきて、予定外だったけど
「―—そして、
「―—そのあと、探索制限が出されたから……ここに帰ってきたんだ」
「そうか……。大変だったのう」
「……うん」
今までのこと―—具体的には、姉妹たちとの出会いから赤い聖霊を討伐したあとのことまでを一気に話したため、少々疲れてしまった。だが、同時にどこか肩の荷が下りたような気もした。師匠が真剣にかみ砕くように話を聞いてくれたからだろうか。
「いくつか質問していいかのう?」
「うん」
師匠が真剣な眼差しで問いかけてきた。俺はそれに即答し、ちいさくうなずいた。
「赤い聖霊とやらには、貫撃も連結魔法も通用しなかったのかのう?」
貫撃とは、俺が魔力添加した矢での一撃のこと。そして、連結魔法とは―—。
「貫撃はほとんど効果がなかったと思う。穴開いたけど、ぴんぴんしてたし。連結魔法に関しては、たしか、あのとき……」
思い出すのは、赤い聖霊を前にして俺がとった行動。緊急時でも許されない違反行為。
「水のオーブと風のオーブをぶつけて、魔法を無理やり連結させた……けど、複製体を創りだされて逃げられたんだと思う。ある程度は効いてたんじゃないかな?」
はっきりとは覚えていないが、水と風の連結魔法によって赤い聖霊は苦しんでいたように見えた……気がする。
「そうか……“不知火”は?」
「使ってない。フォコの聖火が効いてなかったからリスクがありすぎると思ったんだ」
「まあ、そうじゃのう。懸命だったかもしれん」
思慮深い表情をうかがわせながら、師匠はうなずいてくれた。
「それで……どうせ半年間は『母なる迷宮』への出入りが禁止されるんなら、鍛えなおそうと思って」
ここに来た目的を、改めて簡潔に話す。
「いい心がけじゃが……。たまたま赤い聖霊と相性が悪かっただけじゃろ? 正直、技術や魔力でお前さんがこれ以上強くなるのは厳しかろうて」
師匠の眉間には深いしわ。言いにくいことを言うときは、いつもこの表情をしていたな、と懐かしくなる。
「……それは、分かっている。俺はひたすら体力作りでも構わないんだ。どちらかというとあいつらを見てほしいんだよ」
「お嬢ちゃんたちを?」
俺の唐突な依頼に、師匠は軽く驚いていた。
「うん。あいつらの言う聖女ってのは、ただの役目か何かかと思っていたけど、フォコの加護なしで聖なる力に耐えてたんだ」
「ほう」
興味深そうにあごひげを撫でる師匠。この反応も懐かしい。
「だから、ダメもとでもいい。聖なる力……俺には使いこなせなかったけど、扱い方を教えてやってほしい」
「うむ、構わんぞ。それは、そうと嬉しいのう」
「……何が?」
すんなりと了承をもらったことにほっとする。しかし、なぜだか急ににやつきだした師匠。ちょっと警戒してしまう。
「トラスが人類の仲間を連れてくるなんて、思ってもみておらんかった。しかも、お嬢さんがたとは」
「……あいつらとはそんなんじゃないからな」
からかうような、本当に心の底から喜んでいるような笑い声。いや、両方かもしれない。
「わかっておる。お前さんがいろいろと割り切れていないこともな。じゃが、男女の仲ではなくとも、信頼できる仲間とであえたんじゃろう?」
「……まぁ」
少々の気恥ずかしさで、師匠から顔をそらして横を向く。
「その証拠に、お前さん。お嬢ちゃんたちに里帰りを進めてはいたが、そのままパーティが解散するとは思っておらんかったのじゃろう?」
「……っ」
確かにそうである。あいつらが離れていくなんてことを想像できていなかった。それが、パーティでいることが自然なことだと思っていたから。
「くくくっ。顔、赤いぞ?」
「……ぅるさい」
今回ははっきりとからかいの声。ほほの部分が熱い。反撃の言葉も小さくなってしまった。俺は、うぬぼれていたのだろうか。
「トラス、何だかいつもと雰囲気違くない? どことなく、とげがないような」
「育ての親のようだとおっしゃっていましたし、むず痒いところがあるのでは?」
「まあ、確かに。僕もばあやの前では、いい子にしようと思うからね」
「はハー。旦那も人の子なんだナー。可愛いじゃないカ」
後ろから聞こえてくる明るい声と隠しきれていない興味の気配。気恥ずかしさや遠慮など無駄なことかもしれない。そう思った俺は師匠の方を向いて、小さく笑ったのだった。
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