第38話 一番大事なもの
魔法は時間経過によって消える。それは、この世界の理であり、子供でも知っている常識である。だから。
「具体的にはどうするつもりだ?」
テラが常識の無い人間でないことは判っている。知りたいのは、具体案。
「よいしょオ……おっとっト。魔法で作りだしたものは消えちゃうけド、魔法を使って組み立てれバ、結果は消えないでショ?」
「なるほどな……」
ゴーレムから飛び降りたテラの思案に納得する。たしかに、不可能ではないし、訓練にも繋がるだろう。
「ちょ、ちょっと! 全然具体的には聞こえなかったんだけど!?」
ソルディの叫びに、小さく頷くラクアと大きく頷くレグナ。たしかに、具体的ではなかったかもしれない。
「ここは木材や、土、それに金属も大量に転がっているだろう?」
俺はそう言って、地面を指さす。
「ここって……森の中にある素材を使うってこと?」
「だよな?」
「そうそウ」
テラの方を向いて確認し、同意を得たのだった。
******
花畑の中央に佇む少女たち。今、この場所で輝いている魔力は深緑色、金色、黄土色。
「【木よ、重なれ】」
深い緑の輝きを放つレグナは、両手を振りかざし、【木の魔法】を使用することで森の生命と共鳴する。地面という靴を脱ぎ捨てるために木々が揺れ、柔らかな光を放ちながらその場所に集まってくる。木々がしなやかに積み重なり、かたちを成していく。
魔法に導かれるように、優雅に舞う葉たち。木々は次第に形を変え、まるで生命の息吹がその身に満ちるかのよう絡み合う。自然の雄大さを感じられる美しい構造の家が花畑の中に浮かび上がっていく。
「【金属よ、支えろ】」
次に、詠唱を紡いだのは金色の光を纏うソルディだ。【金属の魔法】を使って、地面から金属を出現させる。様々な色や形の金属たちが、家の骨組みを強固にしていく。木の柱に金属たちが絡みつくようにして堅固な構造を築いていった。その中には、花畑の美しさと金属の強さが調和した住まいの姿が見え隠れする。
「【土よ、整備して】」
最後に、【土の魔法】によるゴーレムが呼び寄せられた。黄土色にきらめくテラは手を地面に触れる。三体の大型
「すごいな……」
完成品を前にして、俺は思わずつぶやいてしまっていた。
新築の家は花畑の中央——小道を挟んでおんぼろ小屋の隣に優雅に佇んでおり、その美しさは自然と一体化しているようだった。木々が蔓延り、柔らかな緑の葉たちが家を取り囲み、優雅な蔦が壁を覆っている。
金属が添えられた部分では、家の外観には鉄色の輝きがあり、太陽の光を受けて微かに輝いていた。金属で支えられた柱と絡み合った葉たちが、しっかりとした構造を象徴しているようだ。
一方で、ゴーレムが影響を与えた部分。家の周りに広がる通路には、花々が生き生きとした色彩の傍で石畳の小道がこの場所を彩っていた。家自体に不自然さはなく、自然の美と魔法技術が調和するこの光景は、森や花畑の一部として完全に溶け込んでいた。
「すごいですね……」
今回は見守る役目に徹していたラクアも感嘆の言葉を口にする。
卓越した魔法を扱う技術。出会ったときは単純な攻撃魔法しか使っていなかった三人が、今では立派な一軒家を建築するまでに至っている。魔法学校が存在するほど魔法の研究が盛んなモマクト。そんなモマクトの提供する環境と訓練が、少女たちの進化に大きな影響を与えたのだろうか。
単なる攻撃魔法を超え、木や金属、土といった自然の要素を操り、その魔法を組み合わせて一軒家を築き上げるまでに至ったのだ。
訓練やダンジョン探索も忘れずに行っていた。しかし、その中でも彼女たちは大きな成長を遂げたのだ。今、この大地に咲く花畑の中に立つ家は、その成果の証であり、卓越した魔法の造形が生み出したものなのだ。
じーん、とすごく感動していた。言葉も出ないほどに。その静寂が、他ならぬ当事者の声で破られる。
「……今思ったんだけど、トイレはどうするの?」
そう言ったソルディの表情はひきつっていた。
「……えート」
テラは言葉に詰まる中、他の姉妹たちは少し戸惑いながらもほほ笑んでいた。魔法で家を建てることに夢中になり、基本的な生活の必需品を見落としていたようだ。
「そっちの家のを借りるとカ?」
「本気で言ってるの? 二人もトイレやお風呂は別じゃないと嫌でしょ?」
「まあ……」
「えっ……と。トラスさんと一緒が嫌なのではなくて……」
ソルディがレグナとラクアに問いかけるが、二人の反応は控えめなものであった。
「女子にはいろいろあるんだろ。気を使わなくていい。仮設トイレを買ってきてもいいが……」
魔女商店にある仮設トイレ。魔力を込める必要はあるが、水洗かつ浄化機能付きである。ただし、ものすごく高い。
「いヤー。じゃあ作るカァ」
再び魔法による建設が始められた。今度は四人がそれぞれの色の魔力を練る。
花畑に建設された住処の傍で、幼い冒険者たちは、【木の魔法】、【土の魔法】、【金属の魔法】を駆使して美しい住まいを建て上げようとした。しかし、水回りの問題が浮上し、そこに【水の魔法】を扱える最後の少女が加わったのだ。
少女は優雅に杖を振り、【水の魔法】を操ると、美しい泉が花畑の一角に湧き上がる。
「【水よ、調和せよ】」
少女の言葉とともに、水は柔らかな光を放ちながら家の周りに広がり、美しい水が住まいに溶け込んでいく。ラクアが魔法によって操る水が水の流れをつくり、家の周りに小川や池が形成される。
その後、姉妹たちはほかの魔法も組み合わせて、室内に清らかな水を供給する仕組みを築き上げたらしい。少女たちの指示のもと、竹などで作られた管を伝ってキッチンやバスルームへ水が導かれ、住まいの中に十分な水の流れが行き交った。
最終的には、新築の家付近には小さな噴水が設けられ、魔法によって花畑が水しぶきで彩られる仕組みを作りあげた。涼やかで穏やかな雰囲気がこの場所を包みこんだのであった。
「やったわね! これ、すごく良いんじゃない!?」
「ふふ、そうですね。立派でかわいいと思います」
「これも全部、皆のおかげさ。僕が操った木も含めてね」
「うーン。楽しかったけド、思ったより疲れたナー」
姉妹たちは多種多様なの魔法を組み合わせ、理想の家を造り上げることに成功し、その成果を大いに喜びあっていた。
「何やら騒がしいのう」
後ろからしゃがれた声。その声に見覚えのある俺は、ばっと声の方向に振り返る。
「師匠……。ただいま」
「おう、おかえり」
現れたのは隻腕で、白い長髪が特徴的な老人。俺の師匠である。
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