第37話 帰省
「むフー。楽にお金が稼げるのは素晴らしいナー」
テラはルーレットで荒稼ぎしたチップを全て換金し、ほくほく顏である。カジノの前ということもあり、誰がどう見ても勝利の余韻に浸っていた。とても満足気である。
「テラのこんな表情見たことないんだけど……」
ソルディは顔を引きつらせ、若干引いていた。
「テラ、ここでずっと宿代を稼ぎ続けるつもりかい?」
冷静を装っているが、遊びたかったのだろう、どことなくそわそわしているレグナが口を開く。
「ちっちっチッ。そんな目立つことしないゾ」
「そうなんですか?」
「どうせ修行するなラ、楽しくやりたいからナ」
「……?」
ラクアの言葉に反応したテラの企み顏は健在であったが、今度は悪い予感がさほどしない。むしろ、普段だらけがちなテラが積極的に修行という言葉を口にした時点で、感動すらしたほどである。
「とりあえず買い物行こうヨ」
オクフカの中心街。大体何でも揃っているが、他の地域に比べて二から三割ほど物価が高い。向かった先は雑貨屋など。結局、テラが主導して実行された買い物において、寝場所の確保はしなかった。
「着いてからのお楽しみってことデ」
テラはそう言って、俺どころか姉妹たちにも思惑の内容を話さなかった。
消費した金は全てテラが稼いだもの。それゆえ、文句はないのだが、購入品のほとんどが良質な枕やクッション、大きめの布、そして裁縫道具だということから推測できることはある。
(……おんぼろ小屋に寝る場所でもつくるつもりか?)
師匠が普段寝泊まりしている小屋には、十分なスペースはないと説明したつもりなのだが……。
******
中心街の南門を抜けて、マツ科の樹木が道路傍に生い茂っている緑が豊かな道をまっすぐに進む。太陽の光が木漏れ日をつくりだし、木々の匂いがする大きな道路には爽やかな風が舞っていた。
イオオタの温泉が気持ちよかっただの、オクフカのカジノは騒がしかっただの、そういう雑談をしながら歩いていると、緑道が次第に広がりを見せ、目の前には大きな深い森が広がっていた。あっという間に目的の場所——その入り口に着いてしまった。
「こんなところにトラスの師匠が住んでるわけ?」
「いや、住んでいる場所は別だ。森の中に修行のための小屋があって、そこに荷物を置くつもりだったんだが……」
ちらりと視線をやるのは、大荷物を両手に抱える人型ゴーレム。使役者はもちろん、テラ。
「このまま進んでいいのか?」
「いーヨー」
「そうか……」
何か考えがあるんだろう。そう信じて、俺は久々に森へと足を踏み入れる。
森の中を進むと、小道は次第に狭まり、樹木の間から差し込む陽光が少しずつ遮られていく。地面は柔らかな苔と落ち葉で覆われ、歩くたびに微かな音があがる。風がそよぐたび、木々の葉たちはさざめき、不気味でありながらもどこか懐かしい自然の音が奏でられているようだ。
葉が体に当たるのを気にせずに小道を進んでいくと、周りには立ち枯れた木々や巨大な木の根が立ち並び、それらが自然の積み重ねを伝えてくる。樹木の間から覗く空は、深い緑と青が交じり合い、まるで絵画のような自由さを感じさせてくれた。
「もうすぐだ。大丈夫か?」
「平気さ! むしろ楽しいね!」
エルフの血を引き、植物属性の魔法を持つレグナはうきうきであったが、残りの三人は違いそうだ。足の多い虫や森特有の湿気におびえる場面や落ち葉で隠された根っこやぬかるみに足をとられることが多々あった。そのため、状況を確認する。
「だ、大丈夫よ! へっちゃら!」
「問題ありませ……ん」
「……」
空元気が二人。いつの間にか増えたゴーレムに抱えられているのが一人。まあ、体力面では問題なさそうだ。
そのまま、森の奥深くに進むと、枝と枝との間に光が差し込む隙間がある。それを無理やり広げると待っていたのは――。
小さな花々が一面に咲き誇り、その豊かな香りが空気を満たしている光あふれる場所。彩り豊かな蝶が舞い、鳥たちが木々の上でさえずり合う、うっそうとした森の憩いの地。
「美しいね……」
「わあ……」
「きれいですね」
「……」
その中心部に、小屋らしい建物。周囲の花畑とはアンバランスな人工物感がばりばりの小屋。赤いレンガによって構成された建物。思っていたよりも、きれいなまま残っていた。
(変わらないな。まだ使っているのか?)
小道がレンガの小屋に続いていき、それに素直に従って俺たちは歩いていく。
小屋の前で足を止め、姉妹たちに話しかける。
「これが師匠の……昔、使っていた修行時の寝る場所だ」
俺は扉を軽くノックし、中に入る前に反応を確かめる。返事はない。気配もない。
ドアノブに手をかけ、魔力を込める。魔力認識の開錠方式は変わっていないようだ。施錠が解除された音が鳴ったため、扉をゆっくりと開く。
中からは、ほんの少し埃の香り。内装に関して、記憶と違う場所はない。小さな水回りと、気持ち大きめのベッド。あとは、魔法関連の本がぎっしりと並べられている本棚のみ。小さな窓からは温かい光が差し込んでいる。
この場所で寝泊まりし、この森で強くなった思い出の場所。
「トラスの師匠はいないの?」
ソルディの声に現実に引き戻される。
「ああ。そうらしい。まあいい。あとで、家のほうに挨拶に行くだけだ」
「そうなんだね……うーん……」
レグナが部屋の中を覗きこみ、考え事をするように唸っている。おそらく……。
「狭いだろ? 足の踏み場もほとんどない」
「そうね!」
気持ちがいいほどはっきりと言い切るソルディ。事実そうだから仕方がない。セミダブルサイズのベッドは、四人が詰めたらぎりぎりだろうか。
「問題ないヨ~」
ゴーレムの上からテラのおっとりとした声。
「結局どうするんだ? さっき買った寝具やらは入りきらないぞ」
「大丈夫。やってみたかったんだよネ。魔法で家を建てるっテ」
「ええっ!? 出来るんですかそんなこと!?」
テラの家を建築する発言に、大きく驚くラクア。かくいう俺も、黙っていたがすごく驚いていたのであった。
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