第3章 オクフカタウンⅡ

第36話 オクフカ到着

「……この度は、どのような御用で?」


 厳格という言葉がよく似合う門番に冒険者免許を見せる。


「里帰りのつもりだったんですけどね。しばらく、滞在しようと思います。最近、物騒なもんで」

「そうですか……」


 そんな風なやりとりをいくつかした後、都市への進入許可を受けることに成功し、俺とフォコと姉妹たちは、オクフカタウンの中心街へと入ってきていた。


 並び立つ摩天楼の目立つ都市——オクフカタウン。


 良い思い出も悪い思い出もたくさんある場所。煌びやかな電飾や賑やかな街の喧噪、それらはいつも成長の隅で息づいてきた。喜びに満ちた瞬間も、悲しみに暗い影を落とす瞬間も、全てがこの街の一部となっている。時折、摩天楼の影が過去の出来事を連れてくるかのように感じられる。あるいは、その影が未来の可能性を予感させることもある。だが、どんなに変わろうとも、オクフカタウンは俺にとって特別な場所であり、その中に詰まった思い出が俺を旅立たせた――。


「——ここは、いつも変わらないな……」


 目の前の高層ビルを眺めながら、俺はそうつぶやいていた。


「ちょっと! こんなところで立ち止まらないでよ!」

「何だい? ちょっとかっこいいねそれ。僕もやろうかな」

「大丈夫ですか? 立ち眩みだったり……?」

「あはハー。ある意味では病気かもナ。回復魔法が効かない類ノ」

「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」

「命に別状はないゾ」


 文句、同調、心配、嘲笑。金色、緑色、水色、茶色の少女たちの四者四様の反応。


「…………」


 やかましい。こいつらといると、ゆっくりと感傷にも浸れない。


「ここにトラスの師匠がいるの?」


 歩くのを再開すると、ソルディが尋ねてきた。


「いや、あの人はこの場所にはいない」

「……? そうなのかい? 僕はてっきり勇者殿のお師匠さまに会いにいくのだと思っていたのだけど」


 きょとんとした顔のレグナ。


「師匠はここから離れた、森の近くで住んでるんだ。とりあえず、お前らの宿をとってきてくれ」

「トラスさんは?」


 ラクアが上目遣いでこちらを見上げる。


「俺は師匠のところに……多分、まだ部屋が残っているはずだ」

「断定は出来ないのカー」


 無気力に面白がるテラ。


「まあ、野宿でも問題ない。昔は結構、そんな風に過ごしていたしな」

「ええ……。そうなったら、普通に宿に来なさいよ」


 ソルディにちょっと引かれてしまった。


「……長ければ、三年ちかくはこの場所にいるんだよね?」

「ああ、そのつもりだが」


 レグナの問いに簡潔に答える。


「流石にお金が足りないと思うよ。オクフカタウンにダンジョンは無いのだろう?」


 オクフカのダンジョン。残っているには残っているのだが、探索が許可されているダンジョンは無いと言ってもいい。


「……? お前ら実家からの援助は?」

「そんなのないわよ」

「は……?」


 ソルディにはっきりと言い切られ、困惑してしまう。


「……冒険者として生きるなら、サポートは装備だけ。そう約束して、私たちは家を出てきたんです」

「……そうか」


 想定外。【ナサンタファミリー】から、宿代くらいは支援してもらえると思っていた。


「……? なら、お前らモマクトにいたときも、自分の小遣いから出していたのか?」

「小遣いって……。働いた分は、しっかりくれたじゃない。宿代くらい余裕だったわよ!」

「買いたいものを我慢していたとか、無理は……」

「してない!」


 即答するソルディに一安心する。


「お前らは?」


「してないよ」

「してませんよ」

「してないナー」


 残りの三者も即答。


「そうか、それなら良いんだが……。だけど、参ったな。師匠のボロ小屋に、全員詰め込む訳にはいかないし……」


「雑魚寝でも大丈夫ですよ?」

「一応、女子だろ。あんながばがばセキュリティの場所には住ませておけない」

「一応って、どういう意味!?」


 ソルディの噛みつきを無視した俺は、少し唸ってしまう。


「うーん……」

「あっ、旦那ー。それなら、いいこと思いついたゾ」


 何かを思いついたのか、少しだけ楽しそうな様子のテラ。


「……何だ?」


 なぜだか、俺の直感が働いている。にやけているテラの作戦はろ、くでもないことだと。


「あそこ、行こうヨ」


 テラが指差したのは、この国一番のカジノ。遠くからでもよく見える、ピカピカと電飾がうるさい『ハヤタカジノ』の看板であった。


 ******


「……黒の13——」

「——赤の23に100枚ダ!」


 ぼそりとつぶやく俺の小声。それを椅子に座り、堂々とした様子のテラが大声でかき消す。積み上げられたチップの行く先は、赤く染められ23という番号が割り振られたエリア。


「おれは黒の……ハイに20!」

「おれは黒のロウに30!」


 男たちはそれぞれの夢を託し、チップを叫んだ場所に叩きつける。


「赤の23!」


 黒いベストを身につけたディーラーが勢いよくルーレットを回し、結果を示す色と番号を宣言する。


「くそぉっ!」

「何でだ! 10回連続赤なんてありえないだろ!」


 夢破れた男たちが、怨嗟の声をあげながら顔を歪ませ嘆く。


「むフー! たくさん稼げたナー!」


 敗者たちと対照的なのはテラ。幸せそうかつ満足そうな顔をしている。俺の知る限り、今までに見たことがないくらいに。


「旦那の不幸の法則性を見つけてからハ、楽勝だったナ!」

「……」


 ことごとく予想を外し、対極の色と数字を出し続けた俺。後ろでつぶやいていただけだというのに、なぜだか、侘しく惨めな気持ちになってしまっていた。

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