番外編IF つかめるかもしれない未来

 たくさんの人で賑わう港町。あたりには潮風の匂いが漂い、行商人たちの商談がところどころで白熱している。


 俺たち5人と1匹はそんな町に訪れていた。


 『シイガキ島』行きの船に乗るためである。


 そして、目的の船が来るまでの暇つぶしとして、オープンテラスのあるカフェで海の景色を楽しんでいたのだ。


「……懐かしいな。若いね、皆」


 緑色の髪をした女性がしみじみとつぶやく。


 いつ撮ったかも分からない古い——少なくとも10年近く前であろう——集合写真を見つけて、俺たちは盛り上がっていた。


「この頃は大変だったナ〜」


 茶色の髪をした女性が昔を思い出し、懐かしい顔をしている。


「ずっと戦ってばかりでしたからね……」


 水色の髪の女性が苦い顔をしながら頷く。


「俺はお前らのお守りの方が大変だったけどな」


 なんとなく暗い雰囲気になってしまったため、俺は冗談を言う。


「ひっど—い! トラスの尻拭いも大変だったわよ!」


 金髪の女性が頬を膨らませながら怒る。


 思い出を語りながら騒ぐ俺たち。幸い周囲の席に客はいない。


 ふと、思う。俺たちの闘いは正しいものだったのだろうか。後悔は一切ない。だけど、本当に多くの人の幸福につながっていたのだろうか。


 そんな答えの出ない問答を頭の中で繰り返していると、水色の髪の女性が話しかけてきた。


「また、難しい顔をしていませんか? トラスさん。おでこのしわ、痕がついちゃいますよ」


「もう手遅れだと思うヨ。考えすぎで最近小じわが目立ってきてるかラ」


 やれやれといったジェスチャーをする茶髪の女性。


「はは。それなら次は勇者殿のしわを消すポーションでも探しに行こうか」


 軽く笑いながら緑髪の女性が話す。


「そんなの、トラスに使うのはもったいないわよ! そんな薬を見つけたのなら、私たちのために使いましょう!」


 金髪の女性がその提案に反発する。


「エ〜……。皆、しわなんて無いじゃないカ〜」


 茶髪の女性は少し呆れ気味だ。


「今後のためよ!」


 どやっ、とはっきりと言い切る金髪の女性。


「たしかに。必要かもしれんな」


 くすりと笑う緑髪の女性。


「しわが無い方が旦那は喜ぶかもナ〜」


 意地悪く笑う茶髪の女性。


「ト、トラスは関係ないでしょ!?」


 金髪の女性がわかりやすく焦りだす。


「ソルディちゃん。大丈夫ですか? お顔が赤いですよ。解熱魔法かけましょうか?」


 水色の女性が心配しながら、金髪の女性——ソルディの顔をのぞきこむ。


「ハッハー。ラクアは可愛いナ〜」


 茶髪の女性が慈愛のまなざしでほほ笑む。


「うむ。ずっとそのままでいてほしいものだ」


 緑髪の女性も同様だ。


「な、何で笑っているんですか? テラちゃん、レグナちゃん」


 水色髪の女性——ラクアは、茶髪の女性——テラと、緑髪の女性——レグナの反応に戸惑っている。


「力抜けるわね……」


 ソルディはすっかり毒気を抜かれている。


 仲のいいことだ。すっかり会話の輪からはじき出されてしまった。まあいい。こいつらは姦しいくらいでちょうどいいのだから。


「……昔からそんなに変わってねぇな」


 俺は誰にも聞こえないような声量で、独りつぶやく。


 ブゥッオォォォー!!!


 海から牛の魔物が鳴いたような重低音の音が響いてくる。船の汽笛が空気を割いているのだ。


「来たか……」


 俺はそう言って、立ち上がり。


「さあ。そろそろ行こうぜ」


 船に向かうことを提案した。


「ああ、万が一にも遅れたくないからな」


 レグナも立ち上がり、同意してくれる。


「『イゾラの大流星』……。本当に大きなお星様が落ちてくるのかナ」


 テラも立ち上がり、不思議そうにつぶやく。


「だから! それを確かめに行くんでしょ!」


 ソルディはやる気満々だ。


「楽しみですね! 久しぶりの冒険です!」


 ラクアがこちらを向いて、無邪気にほほ笑む。


「……そうだな。冒険っちゃ、冒険か」


 その言葉に、俺は少し認識を改める。その少しの間で、四姉妹はあっという間に紙コップを片付け、走り去っていく。


「ははっ。そんなに楽しみなのか……」


 こらえきれず笑ってしまう。


「フォコ、行くぞ。そろそろ起きてくれよ」


 俺は足元で寝ていた白い毛皮の愛犬——フォコに話しかける。


「うーん、もう朝ぁ?」


 完全に寝ぼけているようだ。


「もう昼だよ。さあ、早く行こうぜ。あいつら早くしろよ、って睨んできてるぜ」


 遠くからこちらを四姉妹が見つめている。


「ふふっ……。トラス、なんだか嬉しそうだねぇ」


 フォコはあくびをしながらようやく立ち上がる。


「……。それなりに、な」


 ゆっくりと歩き出すフォコ。俺もそれに続く。


「ちょっとぉー! 何してんのよぉ! 二人とも! 置いてくわよ!」


 しびれを切らしたのか、ソルディが俺たちに向かって叫びだした。


「ああ! すぐ行く!」


 俺も大きな声で返事をしてから、フォコを急かす。


「ほら、行こうぜ。話なら船の上でいくらでもできるだろ」


「うん、そうだね。でも、良かったよ。トラスが幸せそうで、普通に笑顔でいられるようになって。あの子たちのおかげかな」


 フォコが幸せそうにつぶやく。


「…………」


 返事はしない。というか、必要ないだろ。


 これからも旅は続くのだから。


 あの日のことを忘れるつもりはない。


 けれど、今までの旅路を、これからの人生を無価値だとも思わない。あいつらが大切なことを教えてくれたから。


 俺はフォコとともに駆け出して、今までのことを思い出していた。





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