第34話 決着と……

 痛い。

 意識が戻って最初の感想。


 ラクアの回復魔法だろうか、優しい水色の魔力。それによって、体の感覚が戻ってきた。そして、嫌でも痛みが戻ってくる。


 人間としては正常な感覚。喜ばしいことなのだろうが、脳みそがうまく働かない。思考をまとめようとすると、強烈な痛みが邪魔をする。


 それでも。


 不思議な感覚でソルディの危機を感じとった俺は、自然と走り出していた。


「——だめですよ!」


 ラクアの叫ぶような声が聞こえるが、今は無視する。生き残れたら、あとでいくらでも謝ってやる。


 ——魔力添加。

 両足に残りの魔力を全てこめる。地面を思いきり強く蹴り、駆ける。


「トラ……ス!?」


 間に合った。赤い突撃がソルディにたどり着く前に、俺は聖霊の前に立ちふさがる。


「ダメ——!?」


(安心しろよ)


 ソルディに声をかけようとするが、うまく言葉を出せない。


(まあいいか。あとで)


 赤い聖霊がものすごい速度でこちらに向かってきているようだが、周りの景色がすごくゆっくりと動くように見える。


 フォコが、ラクアが、テラが、レグナが。それぞれ、見たこともない表情で心配してくれているのがはっきりと分かる。


(大丈夫)


 声を出すかわりに、笑顔を作る。


「え……っ……」


 ソルディの困惑顔。無理もない。俺自身もここまで冷静でいられることに、内心では驚いているのだ。


「あはははははははははは!」


 右の手には、透明なオーブ。運悪く手の接触を避けられたことで、壊されずに残っていたオーブ。使いきれずに、放置していたもの。


(貧乏性に感謝しないとな)


 赤い聖霊の軌道に右手を置く。


(【複製体】……つまり、お前も魔法だろ?)


 空のオーブ。魔法を吸収し、保存するオーブ。


「きぃ? やああああぁぁぁぁっっっ——」


 赤い聖霊の分身が、ゆっくりと、だけど、確実に透明なオーブに吸いこまれていく。


 ごとんっ。


 空のオーブが、禍々しい深紅へと染めあげられ、ゆるやかに地面へと落ちていった。


 それが、俺の覚えている最後の光景だった。


 ******


 いつも俺とフォコが寝ている方の部屋。ふかふかとは言えないが、ごわごわでもない布団を布団をかけられ、俺はベッドに寝かされていた。


「消臭スプレーはちゃんと使ったか? あと……ギルドへのアリバイ報告、それと……門番の解放は——」


 魔力の残滓を消すスプレーを筆頭にギルド対策をきちんとやっているか、心配なことがたくさんある。


「全部、事前に決めていた通りにやっています! いいから、しっかり休んでください! まだ起きちゃダメですよ!」


 怒られた。わがままを言う子供を叱るようなラクアの姿に、ちょっと凹む。


「ダメですからね? 起きちゃ」

「……はい」


 赤いリンゴの皮を果物ナイフでむきながら、こちらに笑顔を見せるラクア。


 少し、怖い。姉妹たち抜きで戦う選択をしたことに後悔はない。けれど、泣きながら怒られたため、少々、いや、かなり反省はした。


 意識を取り戻してから見た最初の光景が、涙と怒りでぐちゃぐちゃなラクアの顔だった。見たこともない顔とものすごい気迫は、深く記憶に刻まれてしまった。他の姉妹たちも若干引いてしまっていたくらいだ。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう」


 皮がむかれ、食べやすいように種が取り除かれたリンゴ。皿に乗せられたリンゴには、つまようじが刺さっている。だから。


「……自分で食べられるんだけど」

「だめですよ」


 つまようじを持ち、リンゴを俺の口へと持っていくラクア。また、笑顔で制してきたため、反論の気力が奪われる。


「……はい」


 しゃくり。瑞々さを証明するような、果実を噛んだときの快音。


「うまい」

「良かったです」


 正直、小恥ずかしいが、まあ、悪くない。


「お邪魔だっタ?」


「ぶっ!」

「テ、テラちゃん!」


 突然の来訪に飲みこめていなかった分を少し吐き出してしまった。


「あはハー」


 にへら、と笑うテラ。


「わ、私。お水をとってきますね!」


 頬を薄く染めながら、緊急脱出を図るラクア。俺もそれに続いて逃げ出したいが、いかんせん体が動かない。


「傷残りそうだナー。ウチらの誰かが、責任とってあげようカ?」


 からかうように笑うテラ。治療の途中だったため、上半身が裸だったのだ。


「これは……別にお前らをかばってできたもんじゃない。だから、気にしなくていい」


「エー。そこは、素直に受け取っておくもんじゃないノ? こんなに可愛い子、この先現れないヨ?」


 なんでそこまで自信に満ち溢れているのか分からない。あと、何故か未来の出会いを否定されたのだが。


「……ありがたいが、俺は失恋中でな。この先、誰ともそういう関係になることはない。だから、安心していい」


 からかい半分。本心半分。


 心の傷が癒えることのないというのは、どうも本当らしい。ラクアの甲斐性に全くドキドキしなかったというと嘘になるが、どうしてもあの人の顔がちらついてしまう。


「ふーーーーン。まあ、いいカー。まだネ」

「……?」


 意図のわからない言葉を残し、ゆったりとしたいつもの表情に戻るテラ。


「ありがとうネー。旦那」

「……ああ。いや、俺も色々と助けられた。ありがとう」

「あはハー。どういたしましテー」


 テラのこういった後腐れのない感じは、居心地がいい。


 ちらりと頭によぎったセリフ——『俺たちはパーティなんだから、お礼なんていい』と言おうかとも思ったが、感謝を伝え合うことは、悪いことじゃないだろう。


 それに、そんなきざな言葉は、俺には似合わないような気がする。

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