第27話 魔法のレッスン

 少年のダンジョン引率をするためにやってきたのは、ガラの悪い冒険者やモンスター討伐の依頼を出しにきた人々で活気付いているギルド。


 今回は予約をしていないため、入り口付近の四角い機械のボタンを押す。ががーっという音が鳴り、番号が書かれた紙が出てくる。


「——158番のお客様。お待たせしました。三番窓口までお越しください」


 受付待ちの紙を持ち、しばらく椅子に座ってヴェントの話を聞きながら待っていたところ、紙に書かれた番号を呼び出された。


「お疲れさまです。本日はどのようなご用件で?」

「冒険者仮登録と……同伴者手続きをお願いします」


 今回の担当は、長い金髪をきっちりと整えてある人間族の女性。


「承知いたしました。じゃあこの書類にご記入お願いしますね」

「ありがとうございます」


 お礼をいって用紙を受けとる。一枚は手元に、もう一枚はヴェントに渡す。


 かきかきかき。無言でボールペンを動かす。


「お願いします」

「あっ、おれも書けたよ」

「そうか」


 同伴者手続きの書類とヴェントから受け取った冒険者仮登録の書類をギルド職員に手渡す。


「トラスさまの免許もお願いできますか」

「はい」


 そう言って、俺は鞄から財布をとりだし、さらに、その中から免許証を取り出して、受付のテーブルに置いた。


「確かに確認いたしました。それでは、これを」

「ヴェント、お前のだ。受けとれ」

「うん! うわーっ……」


 素材はチープであくまで一時的なものだが、冒険者免許証である。ヴェントは、自分のために与えられたそれを見て、感動している様子で目を輝かせていた。


「ふふっ……それにしても」

「?」


 ほほ笑みながら、受付の職員が急に話しかけてくる。緑の瞳からはからかいのようなものを感じる。


「お優しいのですね。トラスさま。たしか、他のパーティメンバーも幼い方ばかりだったような」

「……そんなことないですよ」


 きっぱりと否定する。全て成り行きである。


「うふふ。そうですか」

「そうです。俺は、優しくなんてないです」

「そうですか。それともうひとつ」


 受付の女性の表情が急に真剣なものへと変わる。


「……?」

「一応、お伝えしておこうと思いまして。……シゴカマタウンやザヤミキタウンで、原理主義者たちによる『母なる迷宮』への襲撃が確認されました」

「……そう、ですか」


 どう反応しようか、少しだけ迷った後、無難な言葉を選択した。


「他にも、イオオタタウンでは、隣国からの襲撃が確認されているようです」

「それは……大丈夫だったんですか?」


 隣国。海を隔ててはいるが、この国の近くには、いくつか友好的とは言えない国がある。


「はい。被害は最小限でございます。しかし、イオオタタウンの『母なる迷宮』、【第五迷宮】はただいま立ち入り禁止となっております」


 深刻そうに、その自体がどれだけ異常なことかが女性の声色から伝わってくる。


「……当然の処置だと思います。ギルドも大変ですね」

「ええ。本当に、迷惑な話です。モマクトタウンでは、どちらの勢力も確認されていませんが、頭の片隅に置いていていただけると……」

「分かりました。気をつけます」


 今ここで、この情報を聞けたのはありがたい。今後、どのように動くかを決定しやすいから。


「はい。あら、引き留めてしまい、申し訳ありません」


 退屈そうに手遊びをするヴェントを見て、ギルド職員が可笑しそうに言う。


「じゃあ……そろそろ」

「はい。トラスさま、ヴェントさま。お気をつけて」


 深くお辞儀する受付の職員に見送られ、俺たちはギルドを立ち去ったのだった。


 ******


 ギルドでの同伴許可申請を終えて、俺とヴェントは、炎の粘体フレアスライムに向き合っていた。


 フレアスライムは、【第四迷宮】で最弱のモンスター。モマクトの冒険者の間では、レッドゴブレンに次いで弱いと評判のモンスターである。


「【風よ、吹きすさべ!】」


 ヴェントの体を半透明な黄緑色が包む。魔力が発散しているのだ。


「……【風よ!】」

「ぷるぷるっ」

「…………」


 何も起こっていない。正確には、スライム特有のプルプルとした体が、上下左右に若干、揺れたように思える。


 ぽよんぽよんと跳ねながら、こちらに向かってきたため、俺はフレアスライムの核を矢で撃ち抜く。


「……魔法以外でモンスターを討伐したら——」

「——それじゃ……っ!」


 ダメ元の提案を言い終わる前に、ヴェントから睨まれてしまった。


 魔法学校の生徒が剣や金槌でモンスターを倒したと自慢しても、格好がつかないだろうことは想像に難くない。


「……ふーーっ。よし、ヴェント。詠唱はしなくていいから、魔力を練ることだけに集中してみてくれ」


「……? 何を……」

「いいから」

「……うん」


 疑心暗鬼。少年の表情からはその言葉が連想できる。だが、藁にもすがる気持ちなのだろう。ヴェントは、素直に魔力を練りだした。


 黄緑色のもやのような、オーラのようなものが、少年の小さな体に纏わりついていく。


「……そのまま、そのまま……」


 継続を指示する。


 魔力が練られるとともに、段々と黄緑色が濃くなっていく。数十秒前までは、はっきりと確認できたヴェントの顔立ちがあやふやなものになっている。


「よし。その状態で、一番弱い威力の魔法を放て」


「【風よ、吹け】」


 びゅーっと、いう音が響き、あたりにその風が舞う。


「……上出来だ」

「……っ! お世辞はいいよ! こんなんじゃ、モンスターは倒せない!」


 悔しそうに、少しだけ恥ずかしそうに、ヴェントは吐き捨てる。


「いや、あとはコツさえつかめば、通用すると思うぞ」

「えっ、」

「魔力の量も質も……練度——練る速度も申し分ないように見えた」


 モマクト魔法学校は、国内でも有数のエリート魔法使い輩出学校である。だから、入学が許されている時点で、目の前の少年にも何かしらの才覚があると思っていた。


「……お前に足りないのは、収束の技術だな」

「収束……」


 自分の中に落とし込むように、言葉をつぶやくヴェント。


「ああ、風という属性の性質上、一つの場所にとどめておく、一塊みたいなものをイメージすることが難しい。だから、その訓練が特に必要だと思う」

「収束の訓練ならやってるよ、授業で。でも、うまくいかないんだ」

「学校では、どんなことをやらされているんだ?」


 授業の中身を聞いてみる。少しだけ、興味もあるので。


「小さな箱の中で、風を循環させたり、透明な管の中に魔力を通したり……かな」

「うーん……それを続けていれば、問題なく収束のイメージをつかめると思うけどな」


 授業の内容は、問題ないように思う。昔見た魔法経典のような本にも、同じことが書いてあった。


「でも、風ってさ? 自由なものだろ!」

「……まあ、そうかもな」

「だから、まどろっこしいことを考えずにぶっぱなした方がいいだろ!」

「……」


 ヴェントがいい顔で言い放つ。困った。正直、本当に理解できない。属性系の魔法を持って生まれてきたらこういう思考になるのだろうか。


 少々ソルディに近しいところを感じるが、あいつは魔法に関して口を出す必要はなかったからなぁ……。


 やはりというか、何というか。同年代の中では、あいつらはぶっちぎりに優秀だったんだな、と改めて思う。


「ふぅ……。よし、ヴェント。今から言うことを試してくれ」


 このままでは、日が暮れるどころか、何日無駄になるか。そう考えた俺は、気は進まないが、とっておきを教えることにしたのだった。





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