第26話 ベレー帽の少年と出会った

 もう何度目かも分からないモマクトの『母なる迷宮』の探索。一向にレアモンスターに出会えない——そんな日々が続いていた頃。


「はぁ……。いいから帰れ」

「だーかーらー! 放っといてくれよ! おれの勝手だろ!」


 不幸なことに、無謀にも独りでダンジョンに挑もうとしている少年と出会ってしまった。


 ここは、モマクトの『母なる迷宮』。通称【第四迷宮】の一階層。


 そして、少年と口論になっているこの場所は、ほとんど入口と言ってもいい場所である。ダンジョンに挑もうと、ときどきすれ違う冒険者による好奇の視線が辛い。


「この場所の、『母なる迷宮』のモンスターを倒せば、全員おれを認めざるを得ないんだ!」


 テラが造りだした180cm程の土人形ゴーレムに羽交い締めされながらも、威勢の良い声で無謀とも言える野望を叫ぶ少年。散々暴れて疲れたのか、抵抗は諦めたようだが、心が折れていない。


 背丈は、姉妹の中でも一番身長の低いソルディと同程度。おそらく、姉妹たちよりも年下だろあ。


 紺色の学生服にベレー帽。ベレー帽には、ひのきの杖の校章が刺繍されている。


 モマクト魔法学校の生徒であろうその少年は、赤色の瞳を輝かせながら、いまだに不平不満を口にしていた。


「はーなーせー! じどうぎゃくたいだー! おうぼうだー! たいばつだー! うったえてやるー!」

「人聞きの悪い……。はぁ……。無免許の冒険者を見逃すのは、人としてアウトなんだよ……」


思わずため息が漏れてしまう。それほど面倒な案件なのだ。


「知らないよ! そんなこと! それに、お前の後ろの奴らも子供じゃないか! 何が違うんだよ!」

「……あいつらは新人だが、きちんと冒険者免許を取得済みだ。免許証も持ってる」

「……っ! じゃあ俺も取ればいいんだろ! めんきょ!」

「ああ、それなら文句ない」

「じゃあ取りにいくから、はなせよ!」


 こちらを睨みながら、叫ぶ少年。


「……テラ」

「あーイ。【土ヨ、離しテー】」


 ゴーレムによる拘束が解かれ、少年が自由になる。


 少年は解放された途端に一目散に走りだし、迷宮の奥へ向かおうとしだした。


「……テラ」

「あーイ。【土ヨ、掴んデー】」


 少年の目の前にゴーレムが構築され、再度少年を羽交い締めにする。


「ぎゃああ! 油断させておいて、ひきょうだぞ!」

「どっちがだよ……」


 このようなやりとりを三度繰り返して、今に至る。ちなみに、途中でソルディは少年と口喧嘩を始めたので、今は黙ってもらっている。


「はぁ……。お前、名前は?」

「なんで名乗る必要があるんだよ!」

「いいから教えろ。そしたら、少しだけ自由にしてやる」

「……本当だな?」

「ああ、本当だ」


 このやりとりに疲れてしまった俺は、ある提案をしようと少年の名前を尋ねる。


「ヴェント……ヴェント・ブリーズ」

「ヴェント。とりあえず一緒にギルドに来い。同伴許可をもらってやる」

「どうはんきょか?」


 聞きなれない言葉を聞いた。そう顔に書いてある。


「俺が見てさえいれば、お前がモンスターと戦ってもいいという許可だよ」

「本当か!?」

「本当だから、もう逃げるなよ」

「逃げないよ! やった!」


 心から嬉しそうな様子のベレー帽をかぶった少年。


「テラ、頼む」

「あーイ。【土よ、離して】」


「悪い、お前ら。今日は、三階層周辺で自主トレしててもらっていいか?」

「私たちもギルドに行っても構いませんよ」


 ラクアの申し出は、優しさに満ち溢れているものだが、今回は遠慮する。


「シンプルに時間が惜しい。あと、こいつが害を為すとは思えないが、魔法やらの戦闘方法ってのは基本的に隠すものなんだ」


「なるほどね。承知した。それじゃあ行こうか」

「もごもごもご!」


 ソルディが騒いでいる。口がふさがれているので、言っている内容は理解できない。


「……もう外していいぞ」

「そうだね。【葉よ、剥がれろ】」


レグナが詠唱を終えると、ソルディの口が解放される。


「何で、そんなガキに時間割くのよ! それこそ時間の無駄よ!」

「なんだと! おまえだってガキだろ!」

「何ですって!?」


 自由になったソルディは荒ぶっていた。レグナの魔法によって物理的に口を塞がれていたから。


「……はぁ」


 ここでソルディに年上なら我慢しろとか、どちらも子供だろとか言っても意味のないことをこれまでの経験で理解している。


 なので。


「今日だけ、俺はこいつの面倒を見る。ソルディ、その間リーダーはお前に頼む」

「リーダー!? あたしが……リーダー!?」

「ああ、お前にしか頼めない」

「そこまで言われたらしょうがないわね! ほら、皆行きましょう!」


 一気に上機嫌になったソルディは、ずんずんと歩いていく。今にもスキップしそうな勢いで。


「ま、待ってください。ソルディちゃん」

「ふふっ。やる気だね」


 ソルディにつられるように、ラクアとレグナも慌てて歩きだしていた。


「旦那~。ソルディの扱い上手くなったナー」


 けたけたと笑いながらこちらを見つめるテラ。


「……まあな。すまん、テラ。無茶しないか、監視を頼む」


 言い意味で冷静なテラに、安全の確保を頼む。他の姉妹には頼めないことである。


「おっケー」


 そう言い残して、テラも狐の尻尾を揺らしながら、ぱたぱたと歩いていった。


「待たせたな、ヴェント。行こうか」

「うん!」


 年相応に無邪気な笑顔を見せるヴェント。一人だけなら、前よりは楽な子守りになるだろう。そう考えて、俺はヴェントを連れてギルドに向かったのだった。



〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


 身長

 トラス>レグナ>ラクア>テラ>ソルディ


 トラスからの信頼度

 フォコ>テラ>ラクア>レグナ>ソルディ

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