第23話 迷宮破壊人のおしごと
今日はパーティ単位での活動日ではない。フォコを腹ポケットに抱えてはいるが、俺は一人で行動をしていた。
モマクトタウンで最も栄えている都市部。その中心に堂々たる様子でそびえ建つのは、迷宮管理を司る組織——ギルド。
目の前には、派手ではないが、高級そうな木造建築。その品のある木造建築は、風格ある黒い屋根が美しく輝き、深みのある茶色の木材で構築されている。
繊細な彫刻が施された玄関扉が冒険者たちを迎える。扉の上に飾られているのは、一対の楓。ギルドが権威を示す、国定紋章である。
扉を開け、建物の中を見渡す。そこに存在するのは、いくつかの椅子たち。普段は横柄な冒険者たちも、この場では、受付や手続きを待つ間、お行儀よくじっと座っている。
「ちっ、もっと稼げる依頼はねえのかよ?」
「ギルドの奴ら、優良冒険者限定の依頼を作りすぎじゃねえか?」
さまざまな依頼が張られた大きめの掲示板の前で、文句をたれる柄の悪い冒険者たち。
俺は、その場所をスルーして、受付へと直行する。今日の目的は、一般向けの依頼を受けることではない。
「お待ちしておりましたぁ! トラスさま! 今回お願いしたいのは、モマクト38番迷宮か49番迷宮なのです!」
出会ってから一ヶ月も経っていないにも関わらず、やけに馴れ馴れしいギルド職員。そんな犬系獣人の彼女から、ダンジョン名の記された地図をもらう。
「期間は?」
「どちらも一週間以内となっております」
「了解です。こっちは今日、こっちは明日行きます」
俺は、赤い丸で印をつけられた38という数字と49という数字を若い順に指差す。
「いつもありがとうございます! では、いつものように、人払いやっておきますね!」
「お願いします」
事務的なやりとりを終えて、地図を持った俺は立ち去ろうとしていた。
「お気をつけくださいねー!」
背後から聞こえる彼女の元気な声に、返事をすることはしなかった。
******
モマクトタウンの『母なる迷宮』近辺に存在する野良ダンジョン。ここは、モマクト38番迷宮。
この一本道だが、大きな洞窟型のダンジョンにやって来た理由は、迷宮破壊人としての仕事を全うするため。
ギルド認定の迷宮破壊人という国家資格。人気の無いダンジョンを処分する役割を与えられた冒険者のことである。
ギルドや国の犬になる決断は、正直言って吐き気がするほど気持ちの悪いものだったが、いろいろと恩恵を受けられる。数年前、断腸の思いで取得した資格だ。
そして、現在相対しているのは、下級モンスターである
不可視の矢で一撃必殺を狙う。それが、俺の基本戦闘スタイル。しかし、【透明にする魔法】を秘密にしている俺は、絶対に人がいない場所でしか、積極的には戦えない。
迷宮破壊の業務の合間、勘を忘れないために、こうやって弓矢に触れる機会を作っているのだ。
「ぶきゃっ!?」
頭に矢が突き刺さったレッドゴブリンが短い断末魔と共に灰になる。
「きゃばっ!?」
傍にいた二匹目も同様だ。
赤い小鬼は、熱耐性があるだけで、ゴブリンとの差はほとんどない。危険性の低い、いわゆる雑魚狩りというやつだ。
岩陰に身を隠し、弓を射る。何度も。何度も。
無感情に弓を引く。恐怖も怒りも悲しみも、今はしまっておかなければならない。
——冷徹に、冷静に、冷酷に。モンスターを倒すときには、心を機械へと置き換える必要がある。
******
この場所にたどり着いてから、30分程度が経過しただろうか。
周辺には、モンスターが絶命した際にドロップする魔石。些細な色の違いはあるかもしれないが、俺には全て同じに見える。
そして、俺は運が悪い。そのことを再確認する。レアドロップである赤い小鬼の耳飾りを、一つも確認できないからだ。
「……そろそろ終えるか」
モンスターを殺すことに集中していたため、いつの間にか、矢を使い果たしてしまった。
魔石を回収するためにカバンから取り出したのは、魔石磁石。魔女商店のセール品である。
磁石をケースから外すと、石が引きずられているような音が聞こえてくる。
ざざざざっ。
「おお……っ」
思わず小さくうなってしまった。
周辺の魔石がゆっくりと引きずられてきているのだ。効果範囲は半径10メートル程だろうか、目視可能な距離にある魔石がこちらへと向かってきている。
かちっ。
全ての魔石が磁石へと引っ付いたところで、魔石を取り払い、磁石にケースを装着する。
「見てる分には楽しいけどな……」
そこそこ楽ではあると思うが、魔石を拾う労力がそこまで大きいかと言われれば、疑問を持たざるを得ない。
それに、うちのパーティには今、テラがいる。普段からゴーレムによって魔石を回収しているため、人力を消費していないのだ。
「有っても無くても……むしろ荷物になる分、不採用かな……」
数少ない趣味のひとつである魔女商店での新商品発掘。当たりが引ける確率は、一割といったところだろうか。今回は外れだったかもしれない。
「フォコ、そろそろ頼む」
「あれぇ? もうおしまい?」
寝ぼけた返事をしながら、腹ポケットからフォコがとびだしてくる。まだ眠いのだろうか、あくびをしている。
しかしそれも、数秒のこと。
獅子のような体躯に変化し、優雅に純白な毛並みを震わせる様は、まさに聖なる獣といった表現がふさわしいだろう。
——ぼっ。ぼうっ!
聖犬の口から放たれるのは、聖火。破邪の炎。
穢れを知らない純粋な赤が、瞬く間に洞窟に広がっていく。
「……よし。帰るか」
フォコの炎により、全てが黒く焦げた迷宮を確認して、俺たちは帰路につく。
翌日も似たような業務をこなし、それなりの報酬をいただく。そうして、今月のノルマを終わらせたのだった。
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