第18話 再挑戦

「うりゃー! そいやー! よいさー!」

「ばぎゃっ!? きぎっ!? きあっ!?」


 目の前で金属質のハンマーを振るい、ウォーキングウッドたちを木っ端微塵に粉砕するソルディ。


 昨日倒れていたとは思えないほどに元気である。少女の暴れっぷりを見て、俺はそう思った。


 今回、俺が同行したペアは、ソルディとテラのペア。人気ひとけのないダンジョンなので透明にならずに、テラと後方で観察中である。


 前回のダンジョン探索では、宝箱を開ける前に撤退したらしいので、同じダンジョンに挑戦しているのだ。


 レグナとラクアには、別の野良ダンジョンに向かってもらっている。二人でも十分に攻略可能だと判断したダンジョンに。


「調子いいわ! 無敵の気分よ!」


 そう言って、怪木のモンスターに突っ込むソルディ。


 実際に体が軽いのだろう。数日前より、ハンマーを振りまわすスピードが、明らかに上がっているように思える。


「ここには、あの木偶の坊しかでないのカ? もう試すことはなさそうだけド」

「……レアが出るかは運次第だからな」


 この野良ダンジョンに出現するモンスターは、大木の中級モンスターであるウォーキングウッドとその変異種の希有個体レアモンスターだけ。


 今のところ、そのレアモンスターの姿は確認できていない。積極的に出現を願うものでもないが、単調な作業に飽きはつきものである。


「そういえば、ダンジョンを放っておいたら、モンスターが溢れ出すんだよナ」

「ああ……」


 手持ちぶたさに見えるテラが口に出したのは、ダンジョンについて。


「でも野良ダンジョンって、こんなにたくさんあるなら、もっとモンスターで溢れてもおかしくないんじゃないノ?」

「……野良の方が自由に振る舞えるから、冒険者が積極的に壊しにくる。宝箱もあるしな」


 たしかに、稼ぎが期待できない——人気にんきのない野良ダンジョンというのは、各地に多く点在している。


 それでも、宝箱というものは、人を惹きつける魔力のような魅力を備えている。そのランダム性は、ギャンブルと似ている……らしい。


「それでモ……」

「あとはモンスターの寿命だな。ダンジョンの床やら壁から産まれるモンスターは凶悪な力を持っている代わりに、短命なんだ。大部分は、外に出る前に死ぬ」


 生まれながらにして強力なモンスターの命の輝きは短い。まるで灯火の最後のように。


「へェ。なら迷宮主ハ?」

「俗説だがな。『母なる迷宮』と迷宮主は、繋がっているらしい。だから、『母なる迷宮』が存在する限り、迷宮主は死なない」


 一度は納得したような表情をしたテラの質問に答える。実際に、迷宮主が寿命を迎えたという報告は他国にも存在しない。


「……ダンジョンが生きているんなら、どうやって栄養補給してるんダ?」

「光合成説が一番有力だったな。だけど、ダンジョン研究が一番盛んだったころ、ダンジョンを完全に暗幕で覆う実験もされた」

「結果ハ?」

「ダンジョンは変わらず活動を続けた。少なくとも実験期間の一ヶ月間は、太陽光がなくても問題ないようだな」

「ふーン……」


 そもそもダンジョンが生きているという情報さえ俗説に過ぎないが、生きているとしか考えられない報告がいくつもあるのだ。


「記録が閲覧できれば、モンスターの行動がどれだけ変わったかとか確認できるんだけどな……」

「見られないノ?」


 含みをもたせた俺の言葉に、テラが狐耳をピクピクと動かしながら反応する。


「……ギルドに記録が残っているらしい、けど、閲覧権限がない。たとえギルド職員であるとしても、それなりの地位が必要らしい」

「なるほド。それはめんどいナー」

「そうだな」


 透明になってギルドに忍び込もうかと考えたこともあるが、リスクとリターンが見合うかが不確実すぎるのでやめた。


「それに、師匠から聞いたことがある。暗幕を張っても意味がない。ダンジョンには根があるから、ってな」

「根っコ?」


 今日いちの反応を見せるテラ。そこまで意外だったのだろうか。


「ああ。『母なる迷宮』なら迷宮主を倒せば、野良ダンジョンなら宝箱を開けたら、根が腐り落ちるらしい」

「えっト……師匠なんているノ?」

「ああ、何人か——」


 長い問答。それが、ソルディの言葉で遮られる。


「——ちょっと! テラ! 宝箱開けてよ!」


 話ながら歩いていると、いつの間にかダンジョンの最深部までたどり着いていたようである。


 テラの足元にはたくさんの魔石。そして、面前には、木製で茶色の宝箱。


「あいあーイ」


 テラは、ソルディに呼ばれて、ゆっくりと宝箱に向かって歩いていった。


「無茶さえしなきゃ、どちらのペアも問題なさそうだな……」


(明日か明後日、『母なる迷宮』に、下見しに行くか……)


 独り言のあと、そんなことを考えているとソルディから声をかけられる。


「トラスー! 何この石ー!?」

「黄緑色だナー」


 このところ、魔鉱石について聞かれることが多い。いつもは何も考えずに、換金していたからか、感動などなかった。


 しかし、少女たちは、一つ一つの成果に一喜一憂する彼女たちを見ていると初心者の頃の自分を思い出す。


「分からん。ギルドで鑑定してもらおう」

「そうね!」

「だナー」


 今度、魔女商店に立ち寄ったとき、魔鉱石の図鑑を買ってみよう。


 こういった気分も、悪くないだろう。



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