第17話 魔力添加

「——魔力過多か……。そんなことになるまで、魔力を解放できるとは思っていなかった……」


 宿屋の一室。ダンジョン探索後の定期報告会にて。


 二人での探索の成果を聞いた俺は、呆れるような驚くような複雑な心境であった。


「あはハー、ウチもビックリしたヨー」

「無事でよかったです」

「一晩ぐっすり眠れば快復するんだろう? それはそれとして、魔力過多とは何なんだい?」


 ベッドの上で気持ち良さそうに寝ているソルディを一瞥してから、レグナが俺に尋ねてくる。


 姉妹の知識量には差があるようだ。ラクアも知らないといった顔をしている。


「魔力過多、別名……オーバーマナだったけかな。簡単に言えば、魔力の過剰摂取だな」

「過剰摂取……ですか?」


 確かめるようなラクアの控え目な確認。


「ああ。魔力に対する抵抗力、受け皿みたいなものは人によって違う。当たり前だが、自身の許容量を超えれば反動が来る。泡吹いて倒れるってのは、典型的な症状だな」


 ソルディは、魔法をバンバン打つことのできる人間だ。魔力が多い人間は、魔力抵抗も高いのが通説である。


 だけれども、ソルディの魔力は特別だ。こういう事態になっても何ら不思議じゃない。


「へぇ。その抵抗力は鍛えることはできないのかい?」


 顎に手を当てながら、興味深そうにレグナが尋ねてくる。


「できる。だけど、急激に上昇することはない。魔力を浴び続ければ、自然と少しずつ上昇していく」


「魔力を受けると蓄積するのですか? それとも、一度に大きな魔力を浴びてしまうと倒れてしまうのでしょうか?」


「俺もそこまで詳しくはないが、短い感覚で多く魔力を浴び続けると、魔力過多で倒れるらしい。ソルディは一撃だったようだが」


「『全身に魔力を込めて見れバ?』ってのが駄目だったネ。反省するヨー」


「いや、俺も言ってなかったのが悪い。お前らの魔力抵抗は高いものだと思っていたから、余程のことがない限り大丈夫だと腹をくくっていた」


「僕たちの魔力抵抗は高いのかい?」


「ああ、それは間違いないと思う。迷宮主の部屋で気持ち悪くなったやつはいるか?」


 沈黙。誰も反応しない。


「本来、迷宮主の発する高密度の魔力にあてられれて、酩酊時のような感覚になるんだ。魔力抵抗が普通程度ならな。でもお前たちは怪我はともかく最初はぴんぴんしていたと聞いている」


「そうですね。別に酔いしませんでした。馬車などは、苦手ですぐ酔ってしまうのですけど」


 乗り物酔いとは若干違うのだが、まあ気分が悪くなるという点では同じなため、特に否定はしない。


「だから、ソルディが魔力を腕に込めだしたのは知っていた……が、止めなかった」


 それどころか、魔力添加マナブーストの技術を覚えるのは、今後にとって有益だろう、と歓迎してしまっていた側面さえある。


「なるほどナー。じゃあ全身に魔力を込めるのはやめた方がいいのカー?」


「奥の手……かつ、テラやフォコが側にいれば問題ないけどな。すぐ運んで逃げられる。だが、ダンジョンの中、一人で倒れるなんて自殺行為だ。今後は控えてほしい。レグナも」

「了解した」


 レグナが俺の目をしっかりと見て返事をする。その表情は真剣そのものである。


「……俺が全身に魔力を込めても倒れないのは、俺の魔力が少ないからだ。考えてみれば、ソルディの魔力量を一気に全身へ込めれば、過剰摂取になってもしょうがない」

「ふーン」


 テラが明後日の方向を向きながら相槌をうつ。表情は見えない。異母姉妹だと言われて、すぐに納得できたのは、こういう違いが随所に見られるからである。


 どちらが良い悪いということではないが。

 

「だけど、ウォーキングウッドを跡形もなく消し去って、ダンジョンの床に大穴をあけたんだろ?」

「うン、すごかったヨ」


 気をとりなおして、テラに今日のことを確認する。


「うまく使いこなしさえすれば、ソルディの切り札になるかもしれない」


 可能性の話。あの魔力を使いこなせれば——。


「……私は反対です。ソルディちゃんが倒れるところは見たくありません」


 真剣な声に怒気と悲哀を少しだけブレンドしたような、ラクアの声が聞こえてくる。


「難しい話だな。僕もそういう意味では反対なのだけど、自分でも試してみたくなっている」


 俺が言い訳も謝罪もする暇なく、レグナが口を挟んできた。


「レグナちゃん……!?」


 ラクアは純粋に驚いた声をあげる。いつものように控えめではなく、大きな声で。


「誰も傷つかない、それはもちろん理想だ。けれども、理想論でもある。実際にそれしかない、という状況になれば、誰かが命を落とすような状況になれば、迷いなどなく僕は自分を傷つけるよ」

「……」


 本気の気迫。レグナから感じるその雰囲気にラクアは反論できないでいた。


「ソルディは言ったよね。無理を言って、迷宮主に挑ませてごめんなさい、と」

「……それは」


 初耳である。


「あの時は……ソルディの言葉が、契機になったのは確かだけど、僕もやれると思っていた。モンスターを簡単に倒せて、過信していた。そして、それは絶望に変わり、すごく後悔した」

「……」


 二人の表情からは落胆を読み取れる。あの日、こいつらと出会った日は、テラ以外の三人は自信や希望に満ちていた。はじめて会ったはずの俺が、はっきりと確認できるほどに。


「無茶をしても僕は強くなりたい。正直、僕は聖女として役割を重要だと思っていない。けれど、君たちのためになら、迷宮主にも挑みたいと思っている。もう誰も失わないような強さがほしい。あのときのような気持ちはもうしたくない」

「わ……私は……っ」


「よーシ! 今日は疲れたナー! お風呂に入って寝たいナー」


 自分なりの信念を貫き通すレグナに、ラクアははっきりと狼狽えていた。


 その張り詰めた空気を打ち破ったのは、遠慮のかけらも感じられないテラの言葉であった。


「テラ……」

「テラちゃん……」


 落ち着いたのか、小さく姉妹の名を呼ぶ二人。


「空気が重いヨ、二人とモ。大事な話なら、ソルディが起きてからにしようゼ。こういうときは四人で……って、決めただロ?」


 これも初耳である。まあ、別にいいけど。

 

「そうだね」

「そうですね」


 素直に返事をするレグナとラクア。満面のとは言えないが、二人に笑顔が戻ってきている。


「それじゃあ、旦那は自分の部屋に戻ってくれヨ。乙女の着替えを覗きたいのカ?」

「……ははっ、10年早えーよ」


 そう言って、俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。


「失礼だナー。けっこうあるゾ」


 テラが体の一部分を強調しだすが、言及しない。触れたら負けなような気がするから。


「じゃあ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすミー」


 就寝の挨拶を終えてから、姉妹たちの部屋を出て、廊下で考える。


 やはり、姉妹たちのことについて知らないことばかりだ。意外といったら失礼なのかもしれないが、話題によってはどちらが年上かもわからない。


 あの四人は、こういったことも散々経験してきたのだろう。


 どうしようもならないときだけ口出しすればいい。俺はそう考え直して、自分の部屋に歩いていった。

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