第15話 はじめてのおつかい
モマクトタウンでの滞在も、一週間を越えようとしていたある日。
ここは、宿屋の一室。ベッドは4つ。少女たちが寝泊まりするための広い部屋。
俺たちは今日の方針を確認するために集まっていた。
「討伐依頼?」
ソルディが、先ほど言った単語をそのまま繰り返す。
「ああ。フリーの冒険者なら、基本的には、これが主な収入源になる」
ギルドの掲示板から剥いできた依頼書。受付嬢のスタンプ済みである。それを少女たちにヒラヒラとさせながら見せる。
「ふーん、まあ何でもいいけど……」
ソルディはあまり興味がないようだ。
前から思っていたことだが、こいつは冒険者の仕事を娯楽と思っている節がある。そんな気がする。
「それで、今日はそのモンスターたちを倒しにいくのかい?」
爽やかな声で確認してくるレグナ。今日も機嫌が良さそうだ。
「まあ、そうなんだが……今日は試してみたいことがある」
思わせ振りな態度をとる俺。そんな俺にラクアが不思議そうに質問してきた。
「試したいこと……ですか?」
「ああ、今日は二人ずつでダンジョンに潜ってみてくれ。前衛と後衛、一人ずつでな」
「二人ずつ? なんで?」
ソルディの問いを受けて、俺はこの提案の目的を少女たちに告げる。
「現段階で、中級モンスターにどれだけ対応できるか……それを確認したい。ダンジョンではぐれる可能性も0ではないしな」
ジャイアントアントは、特別硬いモンスターである。本来ならば、中級モンスター相手だとしても、前衛組の物理攻撃は通用するはずだ。
「なるほど。言いたいことは理解できたよ。討伐依頼はついで、ということだね」
「ああ」
レグナのしたり顔に、短く同意する。
「じゃあ早く行きましょう!」
ヤル気満々といったようすのソルディ。その証拠に、元気に腕を回している。
「まあ、待て。ここからは相談だ。同じダンジョンで別れるか、別のダンジョンに挑戦するか、どっちがいい?」
「それぞれの違いは?」
レグナの質問は端的だった。
「時間効率だな。今回も狭めの野良ダンジョンに向かう予定だから、二手に別れるなんてことは難しい。一方が戦っている間は、もう一方は見学になる」
「別のダンジョンなら、両方戦っていられるってことね!」
「ああ、そうだ」
「えへへーん」
正解を導き出せたのが嬉しかったのか、胸を張り、両手を腰にやるソルディ。
「別に急いでいる訳でもない。好きな方を選んでくれ。仮に別のダンジョンに行くとしても、俺は危なそうな方についていくしな」
「あたしはできるだけ早く強くなりたいの! だから別のダンジョンのほうがいいわ!」
「僕も同意見かな。毎日、毎日蟻の相手をするのか、と想像して、うんざりしていたんだよね」
「私はどちらでも……」
多数決の結果は明白であった。
「じゃあ別行動にするか。とりあえず今日は、レグナとラクア、ソルディとテラの組み合わせになってくれ」
「分かったわ!」
「任せてくれ」
「はいっ」
ちなみにこの会話中ずっと、ベッドで気持ち良さそうに寝ている狐耳の少女がいた。
******
今回、俺が付いていったのは、レグナとラクアのペアだった。理由は単純、こちらのダンジョンのほうが強いモンスターが出現するから。
「ふっ!」
「ぶぴゃっ!?」
レグナが長剣を横薙ぎし、灰に変えたのは、
「……斬れる、斬れるよ……っ!」
最近はジャイアントアントの相手ばかりさせていたからだろうか、レグナが歓喜に震えていた。
その気持ちは、理解できなくもない。攻撃が通用するというのは、確かに気持ちのいいものだから。
「【水よ、清めろ】」
ラクアの鈴の音のような詠唱が終わると、レグナの体を水が包む。
数秒後、水ははじけ、返り血や砂ぼこりなどが、レグナの鎧からきれいさっぱり消えている。
「ありがとう、ラクア。恩に着るよ」
「いえ、お役に立ててよかったです。レグナちゃん」
いつの間にか習得していた魔法。装備を水洗いする術のようである。
「すごいな……」
二人に聞こえないように小声でつぶやく俺は、感動すら覚えていた。
ほんの少し前までは、攻撃魔法一辺倒だった二人の少女が、真面目に前衛と後衛をやり、ラクアに至っては、自分の判断で新たな魔法を習得している。
めざましい進歩である。
「あははー!」
「わぐ……っ!?」
次にレグナが切り捨てたのは、
コボルトと同じように二足歩行の狼だが、背丈が大きくなっており、身体能力も上がっている。こいつも中級モンスター。
「はぁーっ!」
「べ……ぁっ!?」
長剣に魔力を込め、上段から鋭く振り下ろす。
レグナが真っ二つに切り裂いたのは、中級モンスターの中では、強敵と目されるモンスター。
レグナは自身の二倍はありそうな大きさを誇る相手も、造作なく切り裂いてみせた。
(武器に魔力を込めるなんてこと、教えてないんだが……)
レグナの手には、薄緑色で半透明な魔力が漂っている。それが、長剣にもまとわりついているのだ。
成長が早いと喜ぶべきなのだろうか、それとも、急速な進歩を危ぶむべきなのだろうか。
どちらにせよ、身を守る術は多い方がいい。魔力に頼りきりになるのは避けたいが、今は様子見の段階だろう。
「勇者殿? そこにいるのだろう? この宝箱はどうしたらいいんだ?」
「トラスさん……?」
深く考えすぎて、ぼーっとしていた。毅然としたレグナの声と不安そうなラクアの声に意識が引き戻される。
「……あ、ああ! これを使ってくれ」
俺は宝箱に魔法の護符をはる。
「これは?」
「ラクア、魔力を込めてみてくれ」
「はいっ」
護符が紫色に怪しくひかり、その光が宝箱をつつみこむ。
がちゃり、という音がなると、護符は燃えるように崩れ去っていった。
「使い捨ての【鍵開けの技法】か……」
「ああ、そうだ。テラがいないときだけな」
魔女商店で買い物をしたら、おまけでついてきた代物である。そこまで期待していなかったが、無事に解錠に成功したようだ。
「開けていいぞ」
「ふっ、ラクアどうぞ。こういうのはレディーファーストだ」
「ありがとうございます、レグナちゃん」
じゃあお前は何なんだ、とレグナにつっこみたくなる。だが、ラクアはこういう物言いに慣れているのだろう。素直に宝箱を開く。
「赤い……魔鉱石でしょうか?」
「そうだね」
茶色の宝箱から出てきたのは、リンゴと同程度の魔鉱石。色も大きさもよく似ている。多少、ゴツゴツとはしているが。
「スタンダードな色だな。効果は鑑定してもらわないとわからん」
「そうなんですね」
「ははっ、それじゃあ帰るとしようか。凱旋だ」
誇らしげなレグナと嬉しそうなラクア。そんな二人とともに、俺は今回の野良ダンジョンを去ったのだった。
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