第14話 中級モンスター

 高級装備商店で、衝撃の事実を聞かされた日の翌日。 


 装備を整えた姉妹たちと俺は、モマクトタウンの都市部から少し離れた野良ダンジョンにやってきていた。


 お馴染みの洞窟型ダンジョン。そんな場所での、今回の目的は、中級モンスターとの実戦を経験することである。


 少女たちのキラキラした装備を見て、ふと昨日のことを思い出す。


「ナサンタファミリーのご令嬢って、他人はそう言うけど父親と会話したことすらないのよ」

「私たちは歳が同じだったので、同じ施設で育ったんです」

「たしか僕が102女だったかな……とにかく、お嬢様扱いとか特別扱いとかは無かったかな」

「娘だけでそれだもんナー。装備はタダでもらえるけど、資金援助とかは特に無いんだヨ」


 少女たちの話した内容は、俺にとっては、非現実的なものであった。


 世の中には俺の知らない世界がたくさんあるんだな、ということを久しぶりに思い知らされた気分である。


 そんなこんなで装備を一新することに成功した少女たち。値段は見ないようにした。戦闘中に無駄なことに意識を割きたくないからである。


 戦闘音で、意識が現実の光景に戻ってくる。


 視線の先には、大きい黒蟻ジャイアントアント。黒光りする外骨格が目立つ中級モンスターである。


「やあっ!」

「はっ!」


 ソルディのハンマーとレグナの長剣がジャイアントアントを捉える。


 どんっ! かきんっ! 


 良い音はなるが、傷は浅い。


「ちょっと! 硬すぎない!?」

「骨よりも硬いのは、さすがに予想外だね」


 かさ、かさ、かさ、かさ、かさ。


 根源的な恐怖をもたらす足音が近づいてくる。


 戦闘音に惹き付けられたのか、奥からジャイアントアントが追加で6匹やってきたのだ。


「うゲー、気持ち悪いナ」

「うっ……」


 大きな虫というのは、違和感と忌避感を覚えるものだ。年頃の少女なら尚更だろう。


「ソルディ、レグナ! 下がれ!」


 二人はジャイアントアントから素早く離れ、こちらに駆けよってくる。


 二人が俺の後ろまで下がってきたのを確認してから、俺はフォコの名前を呼ぶ。


「——フォコ」

「おっけ~」


 ぼうっ!


 フォコの放った火炎弾が大蟻の群れを包みこむ。


「ぎっ、ぎっ、ぎっ……」


 うめき声のようなものをあげながら、ジャイアントアントたちが灰に変わる。白い灰の中には、蠱惑的な紫を醸しだす魔石。


「……すごいナー」

「聖なる力はここまで効果的なんだね。瞬殺じゃないか」


 テラがため息のような言葉をつぶやき、レグナが炎に感嘆する。


「過信は禁物だけどな。昔、上級モンスターと戦ったときもフォコの炎は通用した。次はお前らの魔法を試そう」


「ええ! 任せといて!」

「腕がなるね」


 接近戦闘より魔法戦闘のほうが好みなのだろう。ソルディとレグナは乗り気であるように見えた。ずんずんと前に進んでいく。


「というカ、後衛は必要ないって言ってたけド……聖犬サマがいれば、旦那も必要ないんじゃないカ?」


「ぐっ……」


 痛いとこをついてくる。たしかに通常モンスターとの戦闘において、俺の弓矢がフォコの炎に勝っているところはほとんどない。


「……俺が本気を出したら、すごいんだぞ」


 精一杯の負け惜しみ。


「ソルディみたいなこというナー」


 ぐさっ。棘のような何かが俺の心に刺さった。


「本当だぞ。まだ奥の手があるんだからな?」


「分かっタ、分かっタ」


 乾いた笑いを見せるテラ。その狐耳は微動だにしていない。まるで子供をさとすときの母親の表情をしている。


「ぐっ……」


「……トラスさんもすごいですよ!」


 ありがたくはあるが、今回に限っては、ラクアの慰めが逆に惨めであると感じてしまった。


「……前衛組の魔法を試しおわったら、お前らの魔法も試すからな。準備しておいてくれ」


「はい!」

「あいサー」


 無理やり話題を変えることにした。何だかんだ、この二人も魔法で戦うことのほうが好きなのだろう。見学よりは楽しそうだ。


「ふぅ……」


 疲れていないはずなのに、妙な汗がでている。


 パーティを組んだことなどほとんどないため、ダンジョンの中で他人と会話することに慣れていない。これは、余計な心労な気がする。


「緊張感は持たないと駄目だよな……」


 そうつぶやいて、気を引き締めた俺だった。


 ******


 ジャイアントアントが灰になった場所から、かなり進んだ場所。


 奥には、この場所こそが、野良ダンジョンの最新部である証拠——宝箱が見えている。


 そして、その宝箱の前に立ちふさがっていたのは、大きな紫色の蛙であった。


 ジャイアントトードの変異種でポイズントード。中級モンスターかつ希有魔物である。


「ごぽっ!」


「きゃっ!」


 ポイズントードが発射した粘性の液体をソルディがよける。じゅわー、という音を奏でながら、ゆっくりと地面が溶けている。


「これは……当たっても、平気なものなのかい?」

「死にはせんが、肌がぼろぼろになる」

「そんなの嫌よ!」


 不安そうなレグナに俺は本で得た知識を授ける。ソルディは喚きながら、逃げ惑っている。


 道中で中級モンスター相手だとしても、問題なく少女たちの魔法が通じることは確認できた。


 途中からまた魔法を制限して戦っていたのだ。


「……俺も試すか」


 そうつぶやきながら、俺は弓を構える。そして、片目を閉じて、ポイズントードに照準をあわせる。


「げこっ!?」


 命中。ポイズントードの脳天を貫いた矢は、しっかりと効果を発揮した。


「見えないですね……」

「透明にしてるからな」

「フレンドリーファイアとか気にしなくていいのカ?」

「……そんなへまは……多分しない」

「ちょっと考えこむのこわいナー」


 薄ら笑いを浮かべるテラの言葉に、俺は確信を持って答えることはできなかった。

 だが、余程焦っている状況でもない限り、手がぶれることは無い。そもそもそんな状況では、弓を選択しないと思う。


「前衛がいる状態で戦ったことほとんどないんだよ。隠れて、狙撃が基本戦術だったからな」

「そうなんですね……。でも大丈夫ですよ! もしもそういうことがあっても私が治しますから!」

「……頼む」


 ラクアに頼ることが無いように気を付けよう。


「ちょっとー! テラ! 早く来てよ!?」

「今回はサビ色の箱なんだね」

「アイアイー」


 後衛組のことなど気にもとめずに、宝箱を開けたがる前衛組。テラはゆっくりとそちらへ向かっていく。


 俺とラクアもゆっくりとそこへ歩いていく。


「ガチャ、ガチャ、ガッチャン、ト」


 開錠の際にこんなセリフは必要ない。だが、テラは心なしか楽しそうだから特に言及はしない。


「開いたヨ」


「なにこれ?」

「ガラスのように透き通っているね」

「オーブ……でしょうか?」


 手のひらサイズのビー玉。初見の感想はそんなものだった。透き通ってはいるが、ほんの少しだけ、黄色く光る球体。


「イエローオーブだろうな」


「これが……」

「ラクア、オーブって何?」

「ええと……」


 こちらを振りかえるラクア。気を使ったのだろうか。俺は促すように無言でうなずく。


「オーブとは、魔法を再現できるアイテムで、何度か使うと壊れてしまうものだっと記憶しています……」


「そうだな。これがどんな魔法を再現できるのかは、鑑識してもらわないと分からない」


「ふーん……」


 自分で聞いておきながら、ソルディはそこまで興味がないようだった。


「まあ、俺たちにはそこまで必要ないだろ。支援系統の魔法じゃなければ、換金しよう」

「そうだね」


 現実的な提案にレグナが賛同する。


「鑑識カー……。【鑑定の技法】とかはないのカ?」


 ゆったりとテラが尋ねてくる。


「あるかもしれないが……聞いたことはないな」

「そっカー」


 普段よりテラが積極的なように感じる。【鍵開けの技法】が役に立っているのが、嬉しいのだろうか。


「とにかく今日は帰ろう。疲れただろ?」 

 

 オーブを持ち上げて、俺は帰宅を提案する。


「まだまだ余裕よ!」

「そうだね、鎧を拭きたいかな」

「かえロー」

「……そうですね」


 四者四様の反応を見せる少女たち。


 おおむね賛成のようである。少なくとも俺はそう受け取った。


 俺たちは、戦利品を回収してから帰途についたのだった。



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