第9話 ダンジョン挑戦【四姉妹】

 ここは、サガナキタウンに存在する野良ダンジョンのひとつ。出現するモンスターは全て下級モンスターの中では強いと評されるモンスターばかり。


 そして、強さの割には、碌な報酬が期待できないダンジョンと称されている場所である。あまり人気のないという理由から、長年放置されてしまっている洞窟。


『——この地図に書いてある16番迷宮。今日はここに挑んで見てくれ、4人だけで』


 そのため、トラスはこの場所を、少女たちの挑戦の場に選んだ。


 一本道の洞窟の中には、じめじめとした空気が漂っており、肌に不快感をまとわりつかせる。かろうじて壁に残されている古びた魔石灯が、あたりにほのかな明るさを保ってくれていた。


「ぺた、ぺた、ぺた」

「うゲー……あれ絶対腐ってるよネ」


 鼻をつまみ、渋い顔をしているテラとゴーレムの目の前には、腐った人形オウダドール。アンデット系の下級モンスターである。


「はああぁぁ!」

「ぴぎゃぎゃぎゃっ!?」


 ソルディがハンマーを振り回し、逆さコウモリミステリバットの群れを吹き飛ばす。吹き飛ばされたコウモリたちは、勢いそのままに壁や地面、岩などにぶつかり意識を飛ばす。


「ふっ!」

「ぐしゃっ、べどっ」


 レグナが長剣を一閃し、泥なめくじマドスラグを切り裂く。二つに切り裂かれた泥色の軟体が、地面にぶつかり、独特な音を出す。


「がんばってください、みんな!」


 ラクアは岩の陰で応援に徹している。


 低級モンスターしか湧かない野良ダンジョン。ここで四姉妹に課された条件は、魔法を使わないこと。ちなみに、ゴーレム操作と回復魔法は例外である。

 

(……思ってたより楽勝じゃないカ? 危ないと感じたら、ウチの判断で即撤退していいいって……旦那に言われてるけド。これなら心配なさそうだナ)


 周辺を警戒しつつ、トラスから判断を任せられているテラは、そんなことを考えていた。


 少女たちはゆっくりと、しかし、着実に歩を進めている。


 野良ダンジョンには、『母なる迷宮』と異なり、迷宮主が存在しない。代わりに最深部に存在するのは、ダンジョンコアと呼ばれる宝箱である。


 宝箱の中身を回収すると、野良ダンジョンは機能を失い、新しくモンスターが湧くことがなくなる。


「大したことないわね! ガンガン行きましょう!」

「ははっ、そうだね。僕らは前衛でも輝いてしまうらしい」


 ソルディが自信に満ちた声で、パーティを先導する。すぐ後につけるレグナも同意を示し、手応えを感じている様子を見せる。


「走っちゃダメですよっ。ソルディちゃん、レグナちゃん」

「うーン。出来れば大声もやめておくれヨ」


「ピギュッ!」


 ラクアが勇み足の前衛組をたしなめ、テラは横穴から飛び出してきた逆さコウモリたちに対処する。


 2mを超える土のゴーレムに殴り飛ばされ、コウモリが断末魔を洞窟内に響かせる。

 

 今回の探索では、四姉妹だけで宝箱を解錠し、中身を持ち帰ることを目的としていた。


『ソルディとレグナが前衛をつとめ、テラは周囲の警戒、ラクアはもしものときの回復担当。この役割でのパーティー練度を高めてほしい』


 これも、今朝のトラスのセリフである。


 順調にダンジョンを攻略していったソルディら少女たち。


 最深部付近までやって来た彼女たちは、とあるモンスターと対峙していた。


「すこーっ、すこーっ」


 がいこつ隊長スケルトンリーダー。低級モンスターではあるが、稀有レアモンスターである。


 剣と盾を用いて、戦うこのモンスターは、接近戦の技術や経験だけなら、彼女たちよりも優れている。


 実際に、彼女たちは苦戦を強いられていた。


「レグナ! 後ろに回って!」

「了解したっ!」


 ソルディがハンマーを大きく振り上げ、仕掛ける。


 どんっ! 


 盾で防がれはしたが、打撃武器で力強い衝撃を加えたことで、これまで隙を見せなかった骸骨がいこつの戦士の体勢が崩れる。


「しっ!」


 がいこつ隊長の首の骨に、長剣がぶつかる。きんっ、という音が部屋全体に響きわたり、がいこつ隊長が片膝をつく。


「とどめよ!」


 ソルディのハンマーが、がいこつ隊長の頭蓋骨をとらえた。ごんっ、という破砕音が流れて、がいこつ隊長が動かなくなる。


 モンスターが跡形もなく、白い灰のようなものに変わる。


「やったわ!」

「よし」

「すごいです!」

「おめでトー」


 強敵との戦闘を終え、少女たちはそれぞれの言葉で喜びを表現していた。


「あれ? これは……」

「ドロップアイテムか……これは、尾てい骨かな?」


 灰の山に埋まっていたのは、モンスターのレアドロップ。がいこつ隊長の尾てい骨である。売ればそこそこの金が手に入る。


「おォー、運がいいナ」


 テラがそれを拾い上げ、ゴーレムに備え付けられたリュックサックに収納する。


「じゃあ、行きましょうか」

「そうだね」

「はい!」

「オー」


 ソルディの言葉に、残りの少女たちが反応し、最深部へと歩き出す。


 数分後、少女たち視線の先に現れたのは、木製の宝箱。盛り上がった岩が台座のようになっている。色は緑で、レア度は普通。


「それじゃあ試してみるカー」 


 鍵穴に右手をかざし、魔力をこめるテラ。数秒すると、がちゃん、と音がする。


「やったわね、テラ!」

「見事だね、テラ」

「すごいです! テラちゃん」


「ふふフ。さて、中身は何かナー」


 姉妹たちに褒められ、テラは得意げである。


 そのまま、テラが宝箱の蓋を持ち上げる。


「……これは」


 のぞきこんだレグナが、愉快そうにつぶやく。ソルディは、固まってしまっている。


「なんでしょう……?」


 ラクアは見当がついていないようだ。


 中に入っていたのは、酒ブドウの葉だった。ドワーフが禁酒中によく噛んでいる植物だ。


「なんでこんなものが……」

「ははっ、まあいいじゃないか」

「あはハ」


 顔を見合わせ、楽しそうに笑う姉妹たち。

 

「噛んだらお酒の味がするんですか?」

「知らないわ。あたし、そもそもお酒のんだことないもの」

「確かに……そうですよね」


 酒ぶどうの葉について、説明を受けたラクアがソルディに尋ねる。しかし、ドワーフの血が流れているとは言え、ソルディに飲酒の経験は無い。


「まア……無事に攻略完了ってことデ。旦那に自慢してやろうヨ」

「そうだね。僕らの輝かしい戦果を記録しなくては」

「宝石とかを期待してたのに……」

「ふふっ、次回に持ち越しですね」


 小さな冒険を終えた小さな冒険者たち。彼女たちは、帰りの道中ずっと今日の感想を語り合っていたのだった。

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