第7話 宿屋での宣言
俺が『母なる迷宮』から帰ってくると、ソルディは他の少女たちをベッドに寝かせていた。全員、ちゃんと呼吸をしていることを確認する。
フォコは無事に任務を果たしてくれたようである。
「ドラァズゥーヴッ! ヴィンダァガッァーア!」
ぎゃあぎゃあと泣きながら、翻訳不可能な言葉をぶちまけるソルディ。そんな少女を何とか落ち着かせ、壁を背もたれにして座り込む。精神的にも、肉体的にも疲労が限界に近い。
「ふぅ……」
もう一度、少女たちの方に視線を向ける。ポーションによって、生傷と呼べそうな外傷はなくなっている。それでも、衣服にこびりついた赤い血が痛々しい。
狭い宿屋の一室に、五人と一匹。かなり不自然な状態ではあるが、それを気にする余裕は今の俺にはなかった。
******
「——うーん……。……ここは?」
少女たちの中で最後に目を覚ましたのは、ラクアだった。ベールを外しているため、長く美しい水色髪が露わになっている。
「ラクア! ラクア……! 良かったぁ……。ごめん、ごめんねぇ」
ソルディが涙目で謝りながら、ラクアに抱きつく。
「……? 痛いですよ……。ソルディちゃん」
いくらハーフとはいえ、ドワーフの腕力で抱きしめられれば、体がぎしぎしと軋むはずだ……はずなのだが、ラクアは半泣きのソルディの頭を優しく撫でている。
「ほぅ……」
高級なポーションをありったけぶちまけたのだ。起きるとは思っていたが、実際に少女たち全員の無事を確認できた。その事実にほっとする。俺は短く一息ついた。
「——ありがとうございます。トラスさん。おそらく、助けてくださったんですよね……?」
ソルディの抱擁を受け止めながら、ラクアが話しかけてくる。
死にかけていたというのに、その口ぶりは、驚くほど冷静であった。淡い碧の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。
「ああ……。まあ、それはいい。見捨てたほうが寝覚め悪いからな……」
「くすっ。ありがとうございます」
ラクアのほほ笑みに、一瞬ドキッとしてしまう。懐かしいような、痛いようなそんな笑顔。バツの悪い気持ちは確かにある。
それでも、何とか平静を装って話を続ける。
「……すまなかった」
「……? 何で旦那が謝るんダ?」
狐耳を動かしながら、テラは不思議そうにしている。一足先に目を覚ましたはずだが、ベッドの上で姿勢を崩していない。
「——冷静じゃなかった。やつあたりだった。俺はお前らに偉そうに意見する権利なんてないのに……」
懺悔の言葉を、自分勝手に並べる。
「よく分からないが、間違ったことは言ってなかっただろう? 僕たちが未熟だったのは確かだ。驕っていたのもね」
ベッドの端に腰を下ろし、足を組みながらレグナは真剣な表情をしていた。
「言い方が他にあった。それに、お前らは優秀だ。俺なんかよりずっと……」
エルフらしく凛とした表情で話すレグナの言葉も、俺には響かない。
「いいのよっ! そんなことどうでも!」
「はっ……?」
ソルディが発した突然の大声に驚いてしまう。ラクアも耳元で叫ばれてうるさかったのか、渋い顔をしている。
「想像とは違ったけど、トラスはちゃんと勇者だったわ! あたしは見たもの!」
「ああ、ぜひ聞かせてほしいね。勇者殿の英雄譚を」
「ウチら、気絶してたもんナー」
「ふふ、私も気になります」
金、緑、茶、水色の順で、少女たちが姦しくなる。暗い雰囲気など消し飛ばしてしまうくらいに。
「……あのなぁ」
「後でいくらでも話すわ! それより、あたし役に立ったでしょ! パーティ、文句ないわよね」
「それは……」
「何、まだ文句あるの!?」
「……元々、お前らの魔法が有用だってことは、分かっていた。それでも、迷宮主と戦って生き残るなら、魔法以外の手札が欲しい」
サガナキの迷宮主を倒せたのは、ソルディの魔法があったからだ。あれがなければ、もっと長い年月をかけて、岩を運びこむつもりだった。
「なんでも覚えるわ! ね、みんな!」
「はい!」
「ああ」
「オ~」
こいつらと一緒にいる心労と命の重さを天秤にかける。これ以上断って、命知らずな特攻をされるよりはましかもしれない。そう思った俺は、しぶしぶではあるが、了承の意を示した。
「……分かった。パーティを組もう」
「やった!」
「ふふ、ありがとうございます」
「まあ、当然だね」
「楽できるといいナー」
各々のやり方で好き勝手に喜ぶ少女たち。もう暗さのようなものは感じない。
しかし、ソルディはまだ納得いかないことがあるようだ。思い出したかのように疑問を投げかけてくる。
「そういえば……確かに迷宮主は強かったわ。でも、今回みたいにトラスがしっかり考えて、聖犬さまの力があれば、どうにか倒せるんじゃないの?」
「……お前はこの国で、自分が一番強い冒険者だと思うか?」
「いずれはね!」
堂々と胸を張るソルディ。元気が戻ってきたのはいいことだ。だけども。
「……質問を変えよう。この国で一番強い冒険者は俺だと思うか?」
「思わないわね」
そこまではっきり言われると少し悲しい。
「……まあ、そうだな。じゃあ何で、このサガナキタウンの——初心者用の母なる迷宮、その迷宮主が今まで無事だったと思う? 俺より強い冒険者なんてゴロゴロいるのに」
「何でかしら? 強い冒険者は難易度の高いダンジョンに向かうから?」
「最近は腕のたつ冒険者は金持ちどもの護衛になってるて聞くゾ。だからじゃないカ? お駄賃すごいらしいからナー」
「単純に迷宮主が強いのではないですか? 魔法がほとんど効果ありませんでしたから……」
ソルディ、テラ、ラクア。それぞれの考察を述べる少女たち。中々どうして、芯を食っている発言である。
「まあ、そういうのも間違ってない。だけど、俺は一番の理由は違うと思っている」
「一番の理由とは?」
姉妹の中で唯一、難しい顔をして推測を述べなかったレグナの言葉に、俺は答えを返す。
「この国の政策だ」
俺は確信を持って、言い切った。
「政策?」
「ギルドの業務内容は知ってるか?」
「ええ、冒険者の斡旋、討伐任務の調整、『母なる迷宮』の監視などですよね」
「ああ、そうだ。そして、最後にでてきた、『母なる迷宮の監視』……それが一番めんどうくさい」
今の俺は、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。思い出しただけで吐き気がする。
「表向きには、ダンジョンの監視によって国民の安全を確保すると説明している」
「ギルドの本音が、別にあるってこト?」
仰向けのまま、とぼけた表情で問いただすテラ。
「ああ。ダンジョンから生じる利益を独占して、存続させるためだ」
「利益?」
やっとラクアを抱擁から解放したソルディは、こちらを向いて、興味深そうに話を聞いている。
「具体的には、モンスターが死んだときに発生するドロップアイテムや魔石。それとダンジョン独自の鉱石や植物」
「ああ、なるほど。たしかに、物によってはとんでもない値段で取引されているね」
レグナが納得いったように頷く。
「……この国で、はじめて『母なる迷宮』が壊されたのは、いつか知っているか?」
「えっと……たしか……半世紀近く前ですよね。——オクフカの『母なる迷宮』。【聖なる光の魔法】を使う冒険者さまたちが攻略した……」
思い出すようにラクアが言った返答は、概ね正解である。国外では観測されていたが、この国では初めてのダンジョンの脅威。
「ああ、そうだ。そのときはオクフカタウンだけじゃなく、国全体が混乱していた。冒険者は溢れ出したモンスターたちを抑えるのでやっとだったらしい」
「…………」
姉妹たちは、黙って俺の話を聞いてくれている。
「そして、いつの間にか、ダンジョンは増え続け、他の地域でも『母なる迷宮』が発見された。その中でも、離島を除けば、オクフカのモンスターはあまりにも脅威的だった」
「……聞いたことがあるわ。国中でたくさんの人が……」
ソルディの顔は複雑そうである。そう、多くの人が死んだのだ。
「——そうだ。だから当時の精鋭たちがパーティを組んで、オクフカの『母なる迷宮』に存在した迷宮主を討伐したんだ」
「【光の英雄】の伝説だナ」
テラがさっぱりと話す。ある種、御伽のように語られている、本当にあった冒険譚。
「そして、国でも予想外のことが起こったんだ。オクフカの『母なる迷宮』からはモンスターが出現しなくなった」
「対策が見つかったんだね。それならば、冒険者たちは迷宮主を討伐するために躍起になったんじゃないのか?」
レグナの指摘はもっともだ。しかし、現実はそうならなかった。
「一部はな。だが、国が迷宮主の討伐を禁止した」
「なんでよ!?」
ソルディが高い声で叫び出す。大声を出したくなる気持ちも分かる。
「さっきも言っただろ。ダンジョンは金を生むんだよ」
「あっ……」
気づいてしまったのだろう。ラクアが苦しそうに顔をしかめる。
「実際に、ダンジョンから発見された鉱石やドロップアイテムで生活が豊かになっている部分はある。経済効果が大きいから、保護する方向で調整するという政策も理解はできる」
「…………」
少女たちは全員、各々の表情を作る。共通しているのは納得の色が見えないということ。
「だけど、事実として、全てのダンジョンを完璧に管理できているわけじゃない。現状、『母なる迷宮』が産む野良ダンジョンは、今でもかなりの被害をだしている。人がたくさん死んでいるんだ」
それによって、俺も奪われた。大切な人を。
「権力者たちは、安全なところで甘い蜜を吸っているだけ。被害にあっているのは、罪のない人たち。俺は、それがすごく気に入らない」
息を吸い、吐き出す。決意表明をするように、その先の言葉を紡ぐ。
「——だから、俺は全てのダンジョンを、『母なる迷宮』をぶっ壊す。国を敵にしても、どれだけ迷宮主が強大でも」
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