第6話 予定外が多すぎる


 迷宮主リノチェロンテは動けない。正確には前足だけが動かない。しかし、突進の途中で急に止まることはできない。結果として、前足だけにブレーキがかかり、勢いそのままに、半回転した迷宮主は背中から地面にうちつけられた。


「まだ動けるか!?」


「えっ……?」


 俺はソルディに向かって叫び、尋ねる。しかし、動揺しているようだ。ソルディは固まったままである。


「無理ないか……っ! 自分だけでもいい! とにかく飲むか浴びるかしてくれ!」


 そう言いながら俺は、ポーションが入った試験管をあるだけソルディに投げ渡す。


「フォコ!」

「あいあ〜い」


 気の抜けた言葉が返ってくるが、準備は整ったようだ。


「【解けろ!】」


 俺は透明化を解除し、効果のない矢を発射して迷宮主を挑発する。迷宮主は起き上がり、こちらに照準を合わせる。前足に向かって放った《トラバサミの矢》はすでに壊されているようだ。


 大きな犀が片足を振り上げ、力を貯めている。片足が大地を踏みしめた瞬間、部屋中が揺れ動き、振動する。迷宮主の巨体の迫力もさることながら、その獲物を狙う獰猛な視線が体をすくませてくる。だが、俺が体を動かす必要はない。


 ぼうっ!


 ギリギリまで迷宮主を引きつけたところで、俺の体は右に飛んでいく。殺傷力をできるだけ抑えた火炎弾。その直撃によって俺は宙を舞ったのだ。


 どおん! という音とともに、迷宮主が積み上げられた岩山に突っ込んでいった。事前に触れておき、透明にして、フォコが熱しておいた岩に。


っ」


 火炎弾での外傷はなさそうだが、地面に激突したことで、受け身をとった手が痛む。だが、そんなことを言っている場合ではない。


「フォコ! 全員——」


「いつでもおっけ〜」


 馬サイズになったフォコの背中には、少女たちが4人とも乗っていた。ソルディ以外、意識は無いようだが髪や体が濡れている。ポーションは無事使われたようだ。


「【きとおれ】」


 フォコに飛び乗り、透明化の魔法を全員にかける。


「ソルディ、まだ魔法は使えるか?」

「え、ええ。まだ余裕よ……」


 生気は無いが、受け答えはしっかりしている。このまま逃げようと思っていたが、この機を逃したならば、また監視がきつくなってしまうだろう。


「よし。それなら、あいつを囲うように金属を打ちこんでくれ。出来るだけ深く!」

「……ええ!」


 今は熱によって大人しくしているが、あの程度、迷宮主にとっては蒸し風呂と変わらないだろう。


「【金属よ、穿て!】」


 金属のやりが地面に突き刺さり、迷宮主を囲う。そうして出来た鉄柵の中に俺は瓶を投げ入れる。中身は揮発油。魔女の雑貨屋の特別製だ。


 ぼうっ!


 迷宮主から距離をとってから、フォコが火炎弾を放つ。迷宮主が急に暴れだすが、地面に深く突き刺さった鉄の槍は動じない。


 ぼうっ! ぼうっ! ぼうっ!


 追加の火炎弾が迷宮主を包む。聖なる炎でさえ弾く迷宮主の鎧。それでも、熱に加えて、酸素が薄くなれば流石に死ぬだろう。というか、頼むから倒れてくれ。


 どだっ、どだっ、どだっ!


 迷宮主は、暴れまわり、足場が軽く揺れる。だが、その勢いは徐々に静まっていく。


「ぐぎゅうっ……」


 短い咆哮とともに、迷宮主が動きを止める。


 かろうじて視認できていた大きな角が、灰のように溶けていく。


「よし! 撤退!」

「あいあ〜い」


 走りだすフォコ。明らかに定員オーバーなため、いつもの速度はでない。


「え……っ!? ちょっと、確認は!? それに、ドロップ——」


 迷宮主を倒して興奮したのだろうか、少しだけであるが、ソルディの頬は紅潮しているように見える。


「いいから帰るぞ! ギルドにバレる前に! 説明なら後でいくらでもしてやるから!」


 ******


 迷宮主の部屋を脱出してから、フォコの背中を降りる。


「ちょっと……!?」

「宿屋で待っててくれ。棚の中にポーションが入ってるから」


 一番の重荷を下ろしたフォコは、四足歩行で軽快に走っていく。


 迷宮主討伐に関わっていることは、決して知られてはいけない。特にギルドには。


 迷宮主の部屋の扉を閉める。突入するために、多少の傷をつけてしまったが、これはもうしょうがないと諦める。


 穴の空いた場所に石を無理やり詰めて、煙がこれ以上漏れ出さないようにする。扉の前で幸せそうに眠っている門番の安全確保のためだ。


 隙間が無いことを確認してから、あたりに液体を撒く。魔素の痕跡を乱すポーションだ。ここでどんな魔法が使われたか分からないようにする効果をもっている。


 迷宮主の部屋には事前に撒いておいた。なのだが、削られた地面などを復元することはできない。


 残っている鉄の囲いや土壁。それらの効果時間は、いずれ切れるはずだ。おそらく。


 その前にギルドの調査員が来ないことを祈るしかないだろう。


「はぁ……。完全に予定が狂ったな……」


 誰も聞いてない広い空間。それが分かっていた俺は、思わず愚痴を吐いてしまった。

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