第5話 無茶苦茶な気分


 感情的になり過ぎていた。


 まるで過去の俺を見ているような、周りの見えていない少女たちに対して。


 あのときの俺なんかより、よっぽど優秀だというのに。もっと良い言い方もあっただろう。自分の力を過信する怖さに、俺が耐えきれかっただけのやつあたりだ。


「はぁ……。どっちにしろ、もう一度口止めはしないとな」


 騒がしい宿屋街の大通りを歩きながら、ため息をもらす。あの姉妹たちは目立つ存在だ。歩きながら探せばすぐに見つかるだろう。


「何でぇ! トラス! 今日は不発だったのか?」

「手ぶらなんて珍しいな!」


 モヒカンとチンピラが話しかけてきた。あたりはもう薄暗くなっている。武器屋と防具屋の書き入れ時ではないのだろうか。二人の手には大きな酒瓶が握られている。


「二人とも、昼に見た金髪のこども見なかったか? あと水色、緑、茶色の髪したこどもも」


「見てねえなぁ」

「そんな派手な集団、見逃さねぇと思うけどなぁ」


「……そうか」


 町の入り口近くの酒場。モヒカンとチンピラは、いつもこの時間帯にここで飲んでいる。


(まだ戻ってきてない……? それとも、他の街に移動したのか?)


 聖女の役目がどれだけ重要かは知らない。だが、彼女たちの目に宿る光は輝いて見えた。真剣にダンジョンを攻略したいと、母なる迷宮を壊したいと思っているように見えたのだが……。


「そういえば今日はまだギルドの監視役が帰還して来てねえなぁ」

「そうだな、あいつらはお役所仕事だからなあ。毎日きっちり同じ時間に帰ってくるんだが」

「交代役はダンジョンに向かってたよなぁ」


 二人の会話を聞いて、俺の脳裏によぎったのは、最悪の想像。だが、あいつらならやりかねない。なぜだかは分からないが、そんな確信めいたものがある。


「……クソガキどもめ!」


「トラス?」

「どうしたんだぁ?」


 二人の心配の言葉を無視して、全力で地面を蹴り走り出す。


「間に合ってくれよ……!」


 向かう先は、『母なる迷宮』であった。



 ******


 『母なる迷宮』、ダンジョンの最深部。そこにいたのは、ぼろぼろの少女たち。美しい髪は土に汚れ、装備はところどころ損傷していた。


 そして、目の前で圧倒的な存在感を示すのは迷宮主——“硬く静かなものトランクイッロ・リノチェロンテ”。


「——ぶるるっ」


「はぁ……っ、はぁ……。何で、何でよ……っ!」


 金髪の少女は魔法を唱え続ける。金属の槍が空中を舞い、迷宮主を襲う。


「【金属よ! 穿て! 穿て! 穿て! 穿て! 穿て! 穿てぇぇぇ!】」


 鳴り響くのは激しい轟音。おびただしい数の鉄塊が迷宮主に命中した。しかし、迷宮主の鎧は傷つかない。


 サガナキの迷宮主、その異名は“硬く静かなもの”。外見は異国の生き物、さいとよく似ている。特徴的なのは、大きな角と鎧のような皮膚。その特性は、圧倒的な強度。あらゆる魔法を弾き、全ての状態異常を受けつけない。言うまでもないが、物理攻撃も効果が薄い。


「【花粉よ、暗闇を!】」


「ぶるる」


 緑髪の少女が顕現させたのは大きな花。花粉の効果は睡眠。だが、目の前の迷宮主には、状態異常は通じない。


「【……水よ! 包め】」


「ぶるおっ!」


 水色髪の少女が作りだした水の檻。迷宮主が体を動かしただけで、それは容易く散ってしまう。


「……ッ」 


 迷宮主が召喚する石。彼女らの頭上から無数の石が雨のように降り続ける。【落石の魔法】を一人でさばき続ける茶髪の少女。彼女が操るゴーレムは、もう満身創痍であった。


「ソルディ! もう無理だ! 一度退こう!」


 緑髪の少女レグナが、金髪の少女ソルディに向かって叫ぶ。


「……っ! ダメよっ! こいつをっ、この迷宮主をあたしたちだけで倒せば、あいつも認めざるを得ないでしょっ!」


「ソルディちゃん……」


 水色髪の少女、ラクアは同情と共感が混ざったような複雑な表情をしていた。


「うーン……。どっちにしろ逃がしてくれなさそうだけド……」


 茶髪の少女、テラは石によって塞がれた入り口をちらりと見て、観念したように言う。


「ソルディの魔法なら、石ごと貫けるだろう——」 


「危なイッ!」


 レグナの言葉が終わる前に、迷宮主が突進してきた。鋭く素早い直線運動は、レグナをかばったゴーレムの下半身を吹き飛ばしていた。


「……っ!? テラ、あ、ありがと——」


「ぶるるるっるっ!!!」


「もう一度来ますっ!?」


「【土よ、壁となレッ!】」


 少女たちの前に大きな壁が現れる。縦は少女たちをギリギリ隠す程度だが、横に広いそれは、迷宮主の目測を誤らせた。


「ガ……ッ」


 直撃は避けた。それでも、大きな犀リノチェロンテが起こした爆風で、テラの体が宙に浮いたのだ。地面と激しく衝突したテラが、釣り上げられた魚のようにぴくぴくと苦しんでいる。


「テラっ!!」


 金髪の少女の叫びは、悲しい痛みを孕んでいた。


「ぶるるるる……」


「……うそ……っ、ですよねっ……。テラちゃん……?」


 絶望は待ってくれない。再び、迷宮主が走りだす。


「避けろぉっ!」


 レグナが必死に叫ぶが、ラクアの視線はテラに固定されている。


「【金属よ! 穿てぇぇぇぇ!】」


 ソルディが射出した金属が地面に突き刺さる。それによって、迷宮主の軌道が若干逸れる。


 直撃は防げた。しかし、また少女の軽い体が宙を舞う。


「げほっ……ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ」


「ラクアっ!!」


 返事はない。背中から地面に激突したラクアの呼吸は明らかに異常なものだった。


「ぶるおおおっ!」


 迷宮主が叫び、体を震わせる。部屋全体が揺れ動き、上空に魔力が発散される。迷宮主の魔法系統は【落石】。


「が……っ」


 短いうめき声とともに、レグナが倒れる。彼女の頭部と同程度の大きさの落石。頭部からは血がにじみ出している。


「レグナっ!!」


 ソルディは、妹の名前を叫ぶ。だが、返事はない。他の姉妹と同様に。


 ソルディの目から大粒の水滴がこぼれだす。何よりも大事な姉妹を巻きこみ、傷つけてしまったという事実が体を硬直させる。


「ぶるるっ!」


 絶望が三度みたび、動きだす。どれだけ後悔しようと、懺悔しようと時間は止まってくれない。迷宮主は勢いよく走り出す。ソルディに向かって発射された灰色の弾丸は、少女を粉砕するはずだった。


「ぶるおっ!?」


 ——しかし、現実は違う景色が流れていた。少女の面前で、迷宮主が裏返りながら空中に放り投げられたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る