第6話:剣

ジリジリと、ユウとの距離を詰めるポイズンリザード。

魔物特有のある程度発達した知能を持ち合わせている故か、あるいは野生の本能か……ユウにとって都合の悪いことに、目の前のポイズンリザードはユウが負傷していることを見抜いているようだった。どことなくその表情も笑っているように感じられるのは、ユウの被害妄想だろうか。


このままでは、食われる。

ユウはイチかバチか、足元にあった石を素早く拾い上げてポイズンリザードに投げつけた。

まさか逃げることこそすれど、手負いの獲物が反撃してくるとは思わなかったらしい。魔物は不意を突かれて一瞬怯む。

その隙に、ユウは全速力で後ろへ逃げ出した。


一歩、また一歩と地面を踏みしめる度に折れた右足が激痛に襲われる。

だが、それがなんだ。この痛みに負けて立ち止まったらもっと痛いことが待っている。

無我夢中で走りながら、一度チラッと背後を振り返る。


「……っひ」

当然といえば当然だが、ポイズンリザードが追いかけてきている。しかしユウが悲鳴を上げたのはそれが理由ではない。

ポイズンリザードは口を閉じ、頬を膨らませていた。

(毒液……!)

ユウは咄嗟に右へ跳んだ。

次の瞬間、ユウの左側に立っていた木に毒液がジュッ!! とかかる。

たちまち木は黒い煙を上げ、ドロドロに溶けてしまった。


ポイズンリザードの毒液は生物の身体はおろか、並みの武具程度だったら容易く溶かすほどの強い酸性を持つ。そして獲物の毛皮や皮膚が溶けて生じた傷口に毒が入り、動けなくなったところをゆっくりと丸呑みにするのだ。


それからどれくらい走っただろうか。一時間は走った気がするが、実際は一分も経っていないかもしれない。

とにかく、ユウの足に限界が来た。

「あぐっ……!!」

添え木が取れ、折れた足がグニャリと異様な方向に曲がる。

それによってバランスを崩したユウは、派手に地面に転がってしまった。

「ぐっ……うぅっ!!」

立たなければ。

早く立て。食われるぞ。

頭の中で自分を叱咤しったするが、限界以上に酷使した身体のほうが言うことを聞かない。あまりの激痛に、目の前がチカチカとしていた。


ポイズンリザードは走るのをやめ、勝ち誇ったようにユウへと近付いてきている。

万事休すかと思ったそのとき、ユウは自分のすぐ隣に縦穴があるのを見つけた。

自然にできた穴か、はたまたポイズンリザードより凶悪な魔物の巣か。

様々な可能性が考えられたが、どの道ユウに選択肢はなかった。

ユウは、穴に飛び込んだ。


◇ ◇ ◇


落ちる。

落ちる。

まだ落ちる。


縦穴は滑り台のような構造になっていて、ユウは地中を長い時間滑り続けていた。

完全な縦穴だったら自由落下の末に粉々になること間違いなしだったので、この時点ではまだ運に恵まれていたと言える。

……そう、までは。


やがて滑り台のような穴の出口がやってくる。

滑り台の最後は少し上向きのカーブとなっていて、ユウは大砲の射出口よろしく、勢いよく出口から飛び出した。

「ふぎゃっ」

ろくな受け身も取れず、地面に叩きつけられたユウ。

ヨロヨロと立ち上がった彼は、すぐに自分が出てきた穴に戻って上の様子を伺った。

「……追ってきては、ないな」

さすがにポイズンリザードは獲物を追って穴に飛び込むという危険な真似はしなかったようだ。

とにかく、一命は取り留めた。

次はどうするか。


「……それにしても、ここは一体……」

不思議な空間だった。

光が届くはずのない地下洞穴なのに、何故か周りが明るい。あまりジメジメしておらず、壁には虫どころかこけも生えていなかった。

「……?」

向こうのほうに、光の強い場所がある。

あれが光源だろうか。

ユウは添え木がなくなってブラブラとした足を引っ張り上げ、光源とおぼしき場所へゆっくりと移動を開始した。


◇ ◇ ◇


「……なに、これ」

光源へたどり着き、ユウが目にしたもの。

それは、地面に無造作に落ちていた一振りの剣だった。

光は、この剣から発せられている。


不思議な剣だった。

青い柄と黒い持ち手。刃は白銀で、店で売っている一般的なロングソードのようでもあるが、どこか神々しい雰囲気も感じる。


落ちている場所といい、この光といい、明らかに尋常ではない。

ひょっとしたら伝説の武器だったりして……

ユウはどことなくワクワクしながら、剣を拾い上げた。


◇ ◇ ◇


――まで、ユウは幸運だった。

しかし、幸運は往々にして長く続かない。


『――おい、俺様を拾ったな?』


から。

ユウの、長い長い不運な人生が始まる。

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