第4話:森に一人

ユウは目の前が真っ暗になった気がした。

そんなユウの絶望に気付くはずもなく、ギルバルトは「とにかく」と続ける。

「お前はもうクビだ。次のパーティでもせいぜい頑張れよ……雑用係として」

クククッと意地の悪い笑みを浮かべるギルバルト。

「ま、待ってください……僕は」

その時、ユウは背後からいきなり殴られた。

「ぐっ……!?」

突然の衝撃に、苦悶の声を上げながら倒れる。

視界がチカチカするのを感じながら自分を殴った人物を確かめようと顔を上げると――そこには【イプシロキア】の前衛タンク役、ボロスがニヤニヤと笑いながら立っていた。

さらにその背後に、オドオドとした顔の少年が立っている。この少年のことは、ユウは知らなかった。


「おいおい、あんまりいじめてやるなよボロス」

ギルバルトがたしなめたが、その声音にとがめるような調子は一切ない。

ボロスはニヤニヤ笑いのままギルバルトに言う。

「だってよリーダー。こいつがあまりにも往生際が悪いから、男してかつを入れてやったんだ」

「ふん、確かに往生際が悪いのには同意だ……さて、ユウ」

ギルバルトはユウの目の前にしゃがみ込み、グイッと彼の髪を掴んで無理やり頭を引っ張り上げる。そして、声にドスを利かせて言った。

「殺されないだけありがたく思え。お前とはもう縁を切る。街で見かけても話しかけてくるなよ」

「ギ、ギルバルトさん……最後に、一つだけ聞かせてください……」

「あん?」

ギルバルトは面倒くさそうにしながらも、「言ってみろ」と先を促した。

「そ、そこのボロスさんの後ろにいる男の子は……一体誰なんですか?」

ユウの言葉にギルバルトは一瞬沈黙したあと、

「……俺の新しい弟子だよ」

とだけ言った。


(新しい弟子だって……?)

困惑するユウだったが、彼の耳にギルバルトが顔を寄せ、ユウにしか聞こえない声で耳打ちする。

「つまり、お前の後釜あとがまだ……クククッ」

「……!」

その言葉で、ユウは理解した。


ギルバルトはこれまでにも、ユウのような若者をパーティに入れて、雑用係としてこき使ってきたのだ。そして仕事を問題なくこなせればパーティに置き続け、何か失敗したら容赦なく追い出す。今回はユウの番だったということ。

だが、分からないことがある。

そんな悪どい真似をし続けてきたら、多少なりとも【イプシロキア】には良からぬ噂が流れるはず……だが、そんな話はこれまで一度も聞いたことがない。これはどういうわけだろうか?

ユウの疑念を感じ取ったのか、ギルバルトはさらに耳打ちをした。

「お前は二年もったからな。特別に少しだけ教えてやる……お前は本当はな、

「……? それってどういう――」

だが、ギルバルトはそれ以上何も言わず、代わりにユウの頬を思い切り殴った。

「うぐっ!」

「話は終わりだ。あばよ、元雑用係」

そう言って立ち上がり、膝に付いた土を払うギルバルト。

そこにビアンキがやってきた。

「ギルバルト、終わった?」

どうやら彼女は、話が終わるのを見計らっていたらしい。

「ああ。万事順調、ユウには円満にパーティを抜けてもらうことになった」

「ねえ、やっぱりほうが良くない? 何か噂でも立てられたら……」

「いや、俺らがのは駄目だ。昨日の晩、言っただろ?」

「でも、危なくないの? アタシに任せてもらえれば……」

「それも駄目だ。お前にそんな真似はさせられないからな」

「ダーリン……」

ユウの目の前で、ギルバルトとビアンキが不穏な会話をしている。

だが、ユウは痛みに気を取られているせいで、二人が何のことを話しているのか深く考えることはできなかった。

「な、なんの話を――あぐっ!」

ボロスがユウの背中を踏みつけた。

「お二人さん、お熱いのは結構だがさっさとずらからねぇか」

「ああ、そうだな」

ギルバルトがボロスの言葉に頷き、ユウの目の前に立ちはだかる。

「俺達はビアンキの転移魔法で街に戻る。当たり前だが、パーティを抜けたお前は連れていかない」

「えっ……!?」

「せいぜい自力で帰ってくるんだな……できればの話だが。この森にはBランクやCランクの魔物がうじゃうじゃいる。食われないように気を付けろよ」

「そ、そんな……!」

それは、この二年間雑用ばかりでろくに修業もできなかったユウにとっては、死刑宣告にも等しかった。隙間時間を見つけて自分なりに剣の素振りや魔法の練習をしてはいたが、そんなことだけで劇的に強くなるはずもない。


「ね、ねえ。やっぱり危なくない?」

すると、なんとビアンキが不安げにギルバルトへ向けてそう言った。

まさか、自分を心配してくれるのかと思ったが――そうではなかった。

「そうだな……じゃあ、これでどうだ?」

ギルバルトは倒れるユウの下半身側に回り込み、右足を持ち上げ――


バキッ!!


「う、あああああああああああああああああ!!!」


あろうことか、ユウの足を、へし折った。


「こうすれば、こいつは動けないだろ?」

「……うん! 流石ダーリン! 頭いい~!」

きゃあ~! と嬌声を上げるビアンキ。

彼女はユウが死んでしまわないかを心配をしていたのではない。

ユウが生きて戻ってきやしないかと心配していたのだ。


「これで本当におさらばだ。恨むなら、二年前の馬鹿すぎる自分自身を恨むんだな」

ハーッハッハッハ! と高笑いするギルバルト。

そしてボロスと名も知らない少年がギルバルトとビアンキの元へ集まり――

転移魔法で、その場からいなくなった。

ユウは、骨折した状態で森へ一人取り残された。

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