第十話 ガールズトーク (1)

「伊勢ったら、何言い出すのよ」


 跳ね起きた衛門が、もごもごと言う。顔が真っ赤だ。やはり可愛い。

 外記は楽器に伸ばしかけた手を止め、肘をついて身を起こした。


「え、なんでー? 『琵琶こそ、女のしたるに、憎きやう(琵琶というのは、女が弾くには見た目の姿が悪い)』なんてのは、弾く姿がエロいからでしょー。だからはしたないとかなんとかって難癖つけたいんだよぉ」


 何の疑問があろうか、とばかり言い切る伊勢に、こちら二人は、ほお? とあっけに取られつつ、首を大きく横に傾げた。


「え? どうして? はしたないがエロい、なの? そもそも、エロいとか言っちゃだめよ」


 たしなめる衛門だが、自分も連呼しているし、なんなら、知的関心が勝ったらしく、真顔で早口で前のめりだ。——こわい。

 そして、エロい発言が自分発端な気がして、外記は身の置き所がない。


「「外記はどう思う?」」


 のに、侃々諤々かんかんがくがく意見を言い合っていた二人は、ダブルスピーカーかつ指向性マイクを向けてくる。


「――いや。一旦、気まずい」


 とりあえず、まて、の仕草で制する。勢い込んでいた二人は、ああ、と頷いて静まった。外記は首を大きく左右に捻る。


「……うーん、私も伊勢の捉え方は独特だと思うかな。調子良い時、得意になって後で反省することは、私もあるけど、そんな風に考えることはないし」


 ぽりぽり頬を搔きながら言うと、衛門は気を使った優しさで慎重に同調する。


「琵琶はどうしても顔が出ちゃうから」

「うん、ね。反対に琴だと、楽器に伏せて俯きがちに弾くから、いかにもゆかしくて、趣があるのよね」

「高貴な方が慎み深く爪弾かれるのも、格調高く弾かれるのも、どこを切り取っても文句なく様になるわ」

「だからどうしても、それに引き換えて琵琶は、って評価になるわね」

「でも、それって琵琶そのものの価値じゃないでしょ?」


 仕方ないこと、と断じる外記に代わって弁明してくれる衛門は、バランサーだと思う。細やかな心を持つ彼女を、外記はかなり好きになっている。


「弾いててもモヤることはあるよ」

「そうなんだ?」

女楽おんながく(女性のみの合奏)でも、琵琶の奏者は周囲に比べて、頭一つ出るでしょ? 上半身がほとんど直立な姿勢だから。それを、見苦しいから後ろに下がれ、とかね」

「え、こわ」

「最初から見た目のバランスを考えて下げられるのはましで、『おや、几帳の影に映るのは、雨後の筍とか聞くものかな? 目障りなあれを取り退けて欲しいものだ』とかなんとか言われたり」

「イヤミねー」

「見苦しいと敬遠されるまでは、まだいいのよ。でも、それをこっちの責任みたいに憎々しげに言われると、複雑な気分になるなぁ」


 それは楽器の持つ特性なのでどうにもならないのだから。


 今、この場で言うことはできないが、大納言家での外記に対する陰湿な苛みは閉鎖された女たちの範囲で行われていたので、宴に招かれた客人が発したその言葉は、純粋に琵琶を奏する女への嫌悪なのだ。そして、それは男だからという訳でもなく、女にも共通する認識だ。


「そっかぁ、それはモヤるね」

「けど、その……エ……ってのは、ちょっとよくわからない」


 今度は外記が顔を赤くした。

 大権門の女房として純粋培養された外記は何だかんだだ。貴族の男君の戯れをあしらう仕事には慣れても、親密な相手がいたことはまだない。


 外記と衛門は、問題提起するだけして寝転がっている伊勢を見た。注目されて、ようやく伊勢は身を起こした。考えるそぶりで頬に手をやる。

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