3
「・・それが、妻は子供2人つれて、今は故郷に帰っているんですよ」
(やばい)
ミシェルは失敗を悟った。
どうやらさわっちゃいけない所をさわったらしい。
さっと、ダンテの顔を見ると、ダンテも同じ事を思ったらしい。
その美しい顔に、何か言いたげな表情をうかべていた。
そしてミシェルが、ダンテの表情を伺ってきる事に気が付くと、少しだけ、目で(おい、どうする)と視線を送ってきた。
ダンテはどうやら、ミシェルと同じくらいには仕事でキャリアを重ねてきた、大人であるらしい。
大人同士で通じる目くばせが通じる程には、この男が大人である事に、ミシェルはほっとする。
(大丈夫よ)
ミシェルは、軽く咳払いして、ダンテに合図を送る。
異世界に飛ばされてくる前は、現役営業職だ。
ここで巻き返す方法をしっているからまかしとけ、あわせてくれ、の合図だ。ダンテに通じている様子。
「そ、そうなんですね、お子様に故郷の素晴らしい環境を体験させてあげる事も、とても大切ですもんね」
作り込んだハイトーンボイスで明るく。
「ああ、奥方も、たまには母国で羽を伸ばしたいだろうからな」
間髪入れず、示し合わせたような合いの手。
あははは、とミシェルとダンテは二人は台本に書いているかのように合わせて軽く笑うと、さあさあ、この話はもうしないでおこう、次の話題への準備をはじめたその時。
「・・子供は渡さない」
先ほどの、きらきらした美しい目の、水田に愛された、朴訥な青年はどこかへ消えていた。
目の前にいるのは、暗い顔をした、経営者の顔をした、壮年の立派な男だ。
「エン、お前・・」
ミシェルはどうやら、完全に、手遅れのスイッチを押してしまった様子。
この男、家庭問題でもめているらしい。
(おい、どうする)
(しらないわよ、さっさと帰りましょうよ、早くその手の中にあるもの食べちゃって頂戴)
(いそぐからちょっとまて)
(ちょっと、こぼしてるわよ!)
ミシェルとダンテは、二人で目を合わせて、以心伝心で、意思疎通をはかってなんとかこの面倒くさい状況から逃げようとするが、どうやらエンは、この話題の聞き手をずーーーっとさがしていた様子。
うつろな目で、ぶつぶつと独り言をつぶやきだす。
「あの女、まだ子供の学び舎があるというのに、私に我慢ができないと、学び舎の夏の休みまでまたずに、先週、国を出たんだ。あの女には、仕事もないのに、私が必死で稼いだ金をあてにして、だ」
ゆらり、と目の奥が座っているその視線をミシェルに送る。
「ミシェルさん、どう思われますか?そんな子供に対して責任のない母親の元に、大事な子供を預けて言い訳がないし、私であれば自分のパートナーに対する感情で、子供を振り回したりはしない!!」
だん!とテーブルを拳で殴って、テーブルはひどく揺れた。
びっくりしたミシェルは、エンの顔を見てみる。
すると、エンの後ろに見えていたさざめきは、別のさざめきに姿を変えていた。
美しい水田を守る、人ならざるも存在は、その光を消して、代わりに何か大きな、くすんだ力強い存在。
そして、その後ろに見えたのは、この男の妻なのだろう。悲しそうな女が、きらきらとした水田を愛した青年をなつかしんで、泣いている姿。
ああ。なるほど。そういう事か。
(しょうがないな・・)
ミシェルは、決めた。
ミシェルは、面倒見がいい。
泣いている女の姿を見てしまったのに、ほうっておけるような心を持ち主ではない。
そもそも道ばたで困っていたおばあさんを放っておけなくて、何の因果か、こんな異世界まで飛ばされたくらいだ。
ここで放っておけるようなら、そもそもこんな所に、最初から、いないのだ。
(ああ、面倒くさい)
ミシェルは、大急ぎで食べ終わって、さっさとずらかろうと思っていたオイチャの蒸し料理の二つ目に手をつけた。
まだ口の中に一つ目を一杯に詰め込んで、目を白黒させているダンテは、おい、さっさと逃げるんじゃなかったのか、と目で合図を送ってくる。
ミシェルは、首を横に少しだけふって、ダンテに合図を送ると、重い口を開いた。
「エンさん、お話を伺いましょう。私、ダンテ様のお屋敷で、占い師をしています。日を改めて、お屋敷を訪ねてください」
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