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エンは、そう告げた次の日には、オイ・チャでできたせんべいのような干菓子を片手に、ミシェルの元を訪れた。
「他にもいろいろと、新商品を開発しているのですよ。私の国で人気の味も、この国では人気でなかったり、逆にあまり注目されていない食感がうけたりと、なかなか貿易とは奥深いものですよ」
カラカラと、明るくこの男がオイ・チャの事を語る姿は、なかなかどうして、結構まぶしい。
自分の好きなものの事を語っている人間は、総じてキラキラしているし、目が澄んでるものだ。
その上この男は、この穀物の神に愛されているらしい。
この穀物と、この男との間に愛し愛されているこの関係があってこそ、外国であるこの国にも、オイチャの食文化が浸透しつつあるのだろう。
ぼりぼりと、このせんべいをかじりながら、ミシェルは横に当然のごとく腰を掛けている、この離れの持ち主をジト目でみる。
「ああ、エン、この味はくせになるな。かみしめるとほんのり甘い所が、とてもいい。カロン、次の神殿の受け持ちの日は、この干菓子を持っていこう」
「ええ、神殿のみな、よろこびます」
エンと約束をつけたのは、ミシェルなのだが、なぜかダンテも、ミシェルの離れに当然のようにやってきて、カロンのいれた紅茶を楽しみながら、一緒にエンのもってきたオイチャのせんべいを食ってるではないか。
(この国では、たとえ仕事でも、成人した男女が同じ部屋に二人きりになるなど、ありえないのですよ)
ミシェルの不満顔を察したカロンは、しどろもどろにそう答えてくれるのは、ああ、そういう事か。
カロンは成人前なので、ミシェルの家に入りびたりだが、そういえば、ダンテが離れに入ってくる事は、なかった。ので今回が初めての訪問である。
(やっぱり異世界の常識をきちんと学んどかないと、どこかでひどい目に会いそうだな・・)
サッサとダンテから手を切りたいが、あせったらえらい目に会いそうだ。
「なんだミシェル、もっと欲しいのか」
「・・ありがと」
ダンテはせんべいがまだたっぷり入っている自分の皿をミシェルに渡してくれた。
悔しいが、イケメンからのお菓子を断れる心の強さを、ミシェルは持ち合わせていない。
(本当に鬱陶しいけど、顔だけは国宝級よね)
機嫌よさそうにせんべいをほうばっているダンテの横顔は、本当に美しい。
本物のイケメンは、横顔にこそ真価が現れるといっていたのは、珍しい事に、ミシェルのおばさんだった。
あの真面目が服を着ていたようなおばさんの滅多にない発言にびっくりしたものだ。
(おばさんは、いつだって正しいわ)
妙な所でミシェルは納得してしまう。そんな頃だ。
「さて、ミシェルさん。今日は、どうやったら私の子供たちを、あの女から手元に引き取る事ができるか、それを占って欲しくて伺いました」
エンは、さきほどのきらきらした顔から一転、急に本題に入った。
思いつめていたらしい。厳しい顔をしている。
ダンテやカロンに聞かれても、よい話らしい。
人払いを求める事もなかった。
「前に申し上げた通り、私は西に商売を広げていこうかと思っています。今までは、こうやって小さくオイ・チャの販売や、製品の普及を細々とやってきたのですが、大きなチャンスが訪れたのです」
「西に、寄宿舎などの食堂に、大きな販路を持っている食品を扱う商人がおりまして、この男がオイ・チャを気に入りましてね。彼と組んで、安価で栄養価の高い、オイ・チャの製品を食堂から、大量に普及させていきたいのです。人も雇って、工場も整える必要がある。その為に、西に住まいを移動させるつもりなのですが、子供を早く手元にひきとらない限り、仕事に集中できない、かなり切羽詰まった問題なのです。子供の学び舎や、乳母の手配もありますし、一刻も早く、あの女の手元から子供を取り返したい、そう思っているのです」
「えっと、奥様は、今故郷の国にお帰りなんですよね?同郷でしたっけ、連絡はとっておられるんですか?」
「ええ、私とあの女は、同じ国の出身です。子供の事があるので、連絡はとっています。この10年ずっと、私はこの見知らぬ異国で、一人で必死で商売を広げ、子供のよき父でもあったのに」
ミシェルは、エンの後ろに見えるぼんやりと光のさざめきにじっと集中した。
見えたのは、10年分のこの夫婦の軌跡。
若い垢ぬけない男と、その若い妻。
男は夢を追い、女は夢を追う男を支える為に、希望に満ちて、この国にやってきたその姿だ。
(あらー、ずいぶん可愛い二人ね)
ミシェルの会社にも、本社転勤を機会に結婚をきめたような若い社員が新年会に、新妻をつれて挨拶にきてたのを思い出した。慣れない土地で、二人で精いっぱい生きている。
なんだかそんな二人がらやましくなって、その日は日付が変わる時間まで、夜の街で飲み倒したのを覚えている。
初々しくて、まぶしいのだ。こういう夫婦。
(異世界でもかわんないのね)
ミシェルの見ているさざめきは、物語をつづる。
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