「ダンテ様!これはこれは珍しいお越しで、光栄です!」


ダンテが連れて行ってくれたのは、少し繁華街を外れた所にある、輸入食品を扱う店舗だった。

なんだかまだ新しく、店主は、まだ若さの残る男だった。


男と、ダンテはどうやら知り合いらしい。

ダンテは丁寧にミシェルの手をとると、この国のあいさつのやり方なのだろう、その手を店主に預けた。


「エン、久しいな」


ダンテは堂々とした態度で、店主にあいさつをする。


「ええ、もう数年ぶりになりますね。最後にダンテ様のお顔を拝見したのは、品評会依頼ですね、その節はお世話になりました。それで、こちらは、お連れ様で・・?」


「詳しい話はできないが、彼女の名はミシェル。私の外国からの賓客だ」


エンはかなり驚いた顔を見せて、そして上から下までミシェルをまじまじと眺めると、


「これは実にお美しい・・なるほど、ダンテ様の特別なお方、という事ですね、承知しました」


そう、エンはにやにやとダンテに悪い笑顔を見せるが、ダンテはエンの壮大な勘違いに気が付いてすぐ赤くなり、大急ぎで否定する。


「エン!ば、ばかをいうな、この食意地のはった女がオイチャに似た穀物を食べたいというので、ここに連れてきただけだ!この女とはそんな関係ではない!ただの客だ!」


導線の短いミシェルは、黙っちゃいない。すぐに反応して叩き返す。


「食意地がはった??ダンテ、ふざけんじゃないわよ!!」


「ああ、まただ・・二人とも、仲良くして・・


可愛そうなカロンは、いつもこうやって会えば喧嘩になってしまう二人をとりなす。


エンは、そんな二人の程度の低い口喧嘩は意に介さず、ダンテに渡されたミシェルの手を受け取ると、上から下まで、ミシェルを眺めていたが、オイチャ、という単語に反応した。


「なるほど、それは失敬。私の店にお越しくださった理由がよくわかりました。ミシェルさん、私の名前はエンリッケ、と申します。この店の主をしております。私の事はエンとお呼びください。どうぞこちら。お探しのものが見つかるとよいのですが」


エンはそう言って、店の裏にある穀物を貯蔵している倉庫にミシェルを案内してくれた。



・・・・・・・・・・・・・・・


「うわ、すご!」


倉庫の中には、山とつまれた穀物の貯蔵袋。



「ここに並んでいる穀物は、すべてオイ・チャです。この穀物は、私の国では主食となっています。私の実家はオイ・チャの農家なんですよ。オイ・チャを使った料理をこの国に広める目的で、10年前から家族でこの王国に移住して、商売をはじめたのですが、ようやくこの国の屋台にオイ・チャ料理をだせるほどに、認知度がひろまってくれましたよ」


エンはこの穀物を愛し、そして、この穀物の神は、この男を同じく愛しているのだろう。


ミシェルには、この男の後ろに、広大に広がる水田と、その水田をいつくしむ美しい光の存在が広がっているのが見えた。

そして、その光の存在は、この男を水田の一部と認識して、この男に美しい加護を与えている。


実に、美しい景色だ。


ミシェルは田舎の収穫祭を思い出して、ちょっと泣きたくなった。

ミシェルのような俗物でも、やはり収穫祭で、実りに感謝し、土地の神に感謝して、という一連の習わしは、感じ入るものがあったのだ。この男に加護を与えている存在は、おそらくミシェルの田舎の田んぼに実りを与えてくれていた存在と、だいたい似ている存在なのだろう。


(もっと若い時に、これが見えていたらな・・)


田舎での暮らしが好きではなかったミシェルは、いまさらそんなことを考えてしまった。

水田の美しさと、その水田を愛する人と、その周りに存在する、人ならざる者。

そんな美しいものが見えていたら、そしたら、少しは、田舎の事が好きになれただろうに。


「これはすべてオイ・チャになります。すべて違う種類で、微妙に味が変わるのですよ」


そういって、エンが明けてくれた袋の一つは、ミシェルにも見覚えがあるものだった。


「どうだ、ミシェル。これはお前のいっていた、コメとかいうものか?」


先ほどまで大変失礼な事を言っていた、その美しい横顔が、心配そうにミシェルに問いかけてきた。


くそう、こんな美しい顔で心配されたら、失礼を許すしかないではないか。

ダンテの理不尽さに腹をたてていたミシェルは、袋の中をそっと触って、そしてダンテの顔を、まっすぐ見る。


「これ・・赤米だと思うわ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そうですか、ミシェルさんの故郷でも、オイ・チャを!」


店舗の二階で、エンはオイ・チャの軽食というか、おやつをふるまってくれた。

オイ・チャはコメの種類ではあるが、どちらかというと赤米のもち米のような触感で、中に濃い味の肉を入れて、蒸して食べるのが正解だとか。ビールがほしくなる、腹にたまる旨いおやつだ。


ミシェルの欲しかった、コシヒカリの白米的なものはどうやら存在しないらしいが、蒸したオイ・チャはちまきと、赤飯の間くらいで、十分ミシェルは満足だ。異世界の食事事情がちょっとよくなったではないか。

ミシェルは上機嫌だ。


「ええ、少し種類はちがいますが、オイ・チャもとてもおいしいです。故郷では、コメは粉にしたものを、麺にしたり、色々な食べ方をしますが、一番おいしい食べ方は、そのまま炊いて、食べる事ですね」


エンは大喜びで、ミシェルの話を聞いてくれた。


ミシェルがよろこんで、ふるさとの味に近いものを食して、ダンテもとても、満足そうだ。

この男は煽り耐性はゼロだが、悪いやつでは、おそらくない。


「エン、ではこの事業を西にもっていくという話を聞いていたが、話はすすんでいるのか?」


「ええ、今はあちこちに手紙を書いて、商売の地ならしをしていますが、国からの通行許可書を受け取ったら、少し西に視察旅行に行ってみる予定です。西にはもっと、オイ・チャを主食としてきた民族の子孫が移住しているとの事ですので、チャンスがあると踏んでいるのですよ」


たった10年でこの事業を大きくした男の目は、光輝いていた。


「エンさんは10年もこの国で頑張っていらしたのですね。これからも、ずっと、ご家族もこちらにおいでですし、更にご活躍されるのですね、頼もしい事です」


ミシェルは、営業先の会食の時のノリで、ちょっとした世間話をしたつもりだった。



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