米の神様と、商売の神様

さきほど稼いだ金貨一枚を片手に、ミシェルはご機嫌だ。


「あれ食べたい!カロンあれなに?」


さすが金持ちの屋敷だけあって、ダンテはいいところに家を構えている。

屋敷から歩いて10分ほどで、もういい感じの店が並んでいるエリアについた。

前に屋敷からミシェルが飛び出してあるいていった方向は、繁華街から逆方向だったらしくて、カロンが見つけるのが遅れてしまったとか。ほんとにカロン様様だ。


「あれはコードリという、蜂だけ食べる鳥の肉の燻製だよ、甘いからおいしいよ」


「あっちの果物はなに?」


「あれは木になる果物ではなくて、地になる果物だから、平民しか食べないけど、ミシェルが食べたいなら買ってくるよ」


異世界は、だいたいの所は元いた世界のものと似ているが、微妙に元の世界に存在しない価値観やら、ブツがあるので、かなり楽しい。


(外国に来たと思って、楽しむしかないわよね)


そう思うと、美しい異国の少年に案内してもらって、異国のマーケットを楽しんでいるような気持ちになって気分があがる。なにせ今日は、異世界での初収入のお祝いに、金貨一枚は全部無駄遣いしてやろうと、鼻息があらいのだ。


遠慮してなにも買わせてくれないカロンをなだめすかして、普段のお礼にと、一緒に揚げ菓子を食べたり、果物を食べたり、あんまり大きいからと、半分こして食べた屋台の大きな大きな飴は、実に旨かった。カロンがいなければ、ミシェルの平穏な生活はなりたたない。


ミシェルとカロンが、一緒にそうやってきゃっきゃうふふと、異国の買い食いしながら街歩きを楽しんでいる最中だ。ピタリとカロンがあゆみをとめて、深くため息をついて、後ろの藪に話しかけた。



「ダンテ様、御用でしょうか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「用、なんか、私はしらん。私はたまたま通りかかって、そしたらお前たちが前にいて・・」


おどおどと、国宝級の美しいその顔の口をひんまげて、なにやらダンテは、カロンに言い訳をする。

カロンの白い目を見る限り、どうやら屋敷からつけてきていたらしい。


「なに、何かあんた私に用事でもあるわけ? ビービー泣き暮らしてる割に、人の後つけてる暇があるんだ」


ギロリとミシェルはダンテを睨んだ。

この男が絡むと、ともかく鬱陶しいか不愉快だ。

やっと自分のお金を稼いで、せっかくこの天使ちゃんと、ようやく楽しく異世界の街歩きをしているのだから、本当に邪魔しないでほしいのだ。


「お、お前は私に対して、なんという口の利き方を・・!」


相変わらずミシェルは口が悪く、ダンテは煽り耐性ゼロだ。ダンテはわなわなと怒りで震え、真っ赤になって、ぷい、とミシェルから顔をそらす。


「心配になって、ついてきてしまったんでしょう?ダンテ様」


あきれた顔をしたカロンは、この子供っぽい男の扱いに慣れている様子。

自分が座っていた椅子からすっと立ち上がって、自然にミシェルの隣に、ダンテに席をゆずった。


「し、心配などしていない!ただ、お前たちが出ていく所が見えて、だな。どこに行くのかな、と思って、だな、なにか物を食べているのを見て、うまそうだな、と思っていたら声をかけるタイミングを、だな・・」


ガリガリと、ダンテはぐしゃぐしゃの、だが非常に美しい銀髪をかきむしる。

きちんと櫛を通せば、月光のように美しい髪なのだろう。本当にもったいない。


「食べたかったの?いいわよ、わけてあげる」


ミシェルは、自分が食べていた、果物のジャムののっかった、クッキーのような甘いお菓子を、その美しい口につっこんでやった。


いきなり口に食べ物を押し込まれて、目を白黒させていたが、以外にも、ダンテは文句もいわず、もしゃもしゃと、ありがとう、とクッキーを食してくれた。

きちんとお礼をいう所は、カロンもいっていたが、育ちのよさなのだろう。

普段は鬱陶しいし煽り耐性ゼロなのだが、こういう所はすなおに、可愛いとミシェルは思う。


食べている最中に発言をするようなお育ちではないらしい、優雅に全部咀嚼して、飲み込んでから、ちょっと気持ちが落ち着いたらしく、話をする気持ちになったらしい。


「いや、町に向かっている様子だったから、もしも離れの暮らしで、足りないものがあったのなら、私は気が利かない様だから、カロンと買いに行くのかと、そうならカロンに金を預けようと思って、それで、あちこちによっているみたいで、声をかけそびれてしまって」


バツの悪そうな顔で、しょんぼりと地面をみるダンテは、むかつくほどに美しい。


(困り顔のイケメン・・最高・・)


ミシェルは美しい顔の男が大好きだ。

この史上最高に鬱陶しい疫病神でも、美しいものはやはり美しい。おもわず見惚れてしまって、悔しい。


最高に気の利かないこの男、別にミシェルに意地悪とかではなく、本当に気が回らないだけなのだ。

きっとミシェルが、「身の回りの物を用意しろ!」と一言いえば、ちゃんと用意してくれたのだろうが、ベアトリーチェの事以外は考えが及ばない残念男なのだ。


「ダンテ様、ミシェルは今日、この世界の女性の悩みを真摯に受け止めて、解決に導いて、そして自らの手で、お金を稼いだのです。その、初めて手にしたお金で、今日は私をねぎらって下さっているのです。ミシェルは本当に素晴らしい女性です。ダンテ様は召喚に失敗されたと仰せですが、私は召喚で、ミシェルが来てくれて、良かったと思っています」


「やだカロン!ありがと大好きよ!!」


こんなかわいい事を言ってくれるカロンは、天使でなくてなんだ!

ミシェルは思わずカロンに抱き着いて、頬ずりだ!



「ミシェル!ちょっと恥ずかしいよ!やめて!」


じたばたミシェルの腕の中で真っ赤になっているカロンの可愛い事!


「おい、そのあたりにしてやれ!初心な子供をからかうな!」


しばらくカロンのかわゆさをたっぷりと堪能した後、あきれ返った顔をしたダンテは、だが少し心配そうにミシェルに話かけた。


「私が気が利かなくて、君の身の回りの事をカロンにまかせていて、悪いとは思っている。何か、必要なものがあれば、私に相談してほしい」


そうダンテは言ってくれているが、ダンテの屋敷にあるものは何でも使わせてもらっているし、もう部屋着だのなんだの細かいものは、カロンに用意してもらったので、必要なものはいまさら、無いのだ。


(この言葉を一月前に言ってくれていたら、ちょっとはこの人に対する感情も変わったんでしょうけど・・)


今更感があるが、折角の厚意だ。

ここで拗ねるほどはミシェルは子供ではないし、心血注いで召喚しようとした愛しい女が現れず、なぜか異世界の女が現れたショックで、気が回らなかった事は、理解している。非常にむかつくが。


「ありがとうダンテ。今必要なものは何もないし、お金がたまったら、ちゃんとあんたの館からも出ていくつもりよ。ただね、お米が食べられないのがきついわ。お米ってこの世界にはないのかしら」


「コメ?なんだそれは」


魔術師あるあるらしいのだが、ダンテの趣味は料理だ。

料理は魔術に通じるらしく、上級魔術師は、腕のいい料理人も多いとか。


大体朝昼は、カロンが用意する簡単なものを食べるのだが、晩御飯は、なんとほぼダンテが毎日作る。

ダンテの腕前はなかなかのもので、よくわからない食材こそあれ、ミシェルはこの世界の食生活に関しては、特に不満はなかった。一点をのぞいて。


食材の話である事を理解したダンテは、聞く体制だ。


「穀物なんだけど、私の国では主食だったの。水を張った畑で育つ穀物で、小麦ににているけれど、収穫の時は頭が垂れ下がって、穂が金色に輝くの。穂の中の白い所を取り出して、炊いて食べる」


ミシェルは、田舎のおばさんの家を思い出した。

おばさんの家は兼業農家で、収穫の時期になると、ミシェルも手伝いに駆り出された。

あまりいい思い出のない田舎の日々だが、みんなで収穫したとれたての米のうまさは素晴らしいものだった。


ちょっとしんみりしてしまったミシェルをじっと見つめていたダンテは、


「コメという名前ではないが、近いものがあったはずだ。雨の多い国の穀物で、少し赤いが、おそらくミシェルのいっているコメの仲間だろう。オイチャとよばれていたはずだ。この先に輸入の穀物を扱っている店があるから行ってみよう」


そう、提案した。












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