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扉をバーン!と音をたてて開いて、勢いにまかせて外にでる。
やはりここは未知得の予想通り、どこかの屋敷の地下室らしい。暗い石の階段をあがると、そこには大きなダンスホールのような、場所がみえてきた。美しい調度品がならんでいる。この家の主人は相当な金持ちなのだろう。
だが、そんな事は一切未知得に関係ない。
ずんずんと正面の大きな扉をばあん!と開いて、あてもなくガツガツと未知得は歩き出した。
「みちちゃん、ちょっと行動する前に、考えましょうね」
いつも正しいおばさんの声がどこかで、聞こえた気がする。
扉を後ろに、ずんずん見知らぬ道を真っすぐ歩いて行くと、外国のような景色が広がっていた。
異世界、とあの失礼な男は言っていたが、どうやらここは異世界の住宅地にあたる場所であるらしい。街並みは美しく、穏やかな色味の建物は、この国が平和な国であることは、なんとなく未知得にもかんじられた。
(うーん、これからどうしよう)
よく考えたら、ここが本当に外国ではなくて異世界であるとしたら、困った。
取り急ぎ生活しないと、やはり生きてはいけないのだ。
さっきのむかつくイケメンは金持ちそうな上に、あいつのせいでこんな場所にとばされたんだから、しっかり生活の保証をしてもらってから家をでるべきだった。
すくなくともこの世界で生きていくのに必要な知識ぐらいは得てから出ていくべきだった。
(警察って・・あるのかな、異世界に)
現実的に、拉致被害者としてどこかに駆け込めば、保護はしてもらえるだろう。
さすがに心細くなって、歩き疲れて、少しベンチらしき椅子に腰掛けて、未知得が考えにふけっていると、遠くから声がした。
「おーい!よく一人でそんな所まで、危ないなあ!」
こちらに走ってくるのは、カロンと名乗っていた、若い男だ。
カロンは随分未知得をさがしていたらしく、大粒の汗が額に走っていた。
「ああ、よかった、無事で」
カロンはあどけない笑顔で、未知得を見つけた事を純粋に喜んでいる様子だ。
「あんたなんで追っかけて来たのよ」
その整った顔の、素直な笑顔に、心細かった未知得はぐっときてしまったのだが、無愛想にそうカロンに言い放った。内心ちょっと安心したのは内緒だ。
カロンは未知得の許可も得ず、人懐っこそうに、よ、っと未知得の横に腰掛けた。
多分十五歳くらいだろう。
まだ少年の面影のある、とても綺麗な男の子だ。
サラサラの金髪と、水色の瞳は、まるで絵画で見たことのある天使のようで、美しいものが好きな未知得は思わず和んでしまう。
カロンは、参った、こんなに遠くまで一人で行っちゃうんだもの、と乱れた息をしばらくかけて整えて、そしてようやくその懐っこそうな笑顔をしまうと、未知得に向かって立ち上がると、真剣な目をして、頭をふかく、さげた。
「事故に巻き込んでしまって、申し訳ない。そして、我が主が、貴方に対して被害者に対する言葉とは思えない言葉を投げ、申し訳なかった」
「・・カロン、だったわね。あなたのせいではないのでしょう?あのダンテ、とかいう顔だけ男の所為なのでしょう?」
あなたに謝罪されても、と未知得は鼻白んだ。
「う、うん、そうなんだけど、我が主には、我が主の事情があったんだ。普段はあんな人じゃない。僕が尊敬してやまない、優しくて、高潔なお方なんだ。そんな事、君には知った事ではない事なんて、分かってはいるんだけれど・・」
そうカロンはしょんぼりと俯いた。
そんな事より、未知得は切羽詰まった問題がある。
もう夕日が落ちてきているのだ。謝罪は後だ。
「で、カロン、謝罪はとりあえずはいいからさ、ちょっと今晩の宿だけ、手配してくれない? 流石に知らない所にいきなり呼ばれて、1日目からお金も持ってないし、野宿はきついわ。それで、明日になったら警察・・っていうか、なにか犯罪被害者を保護するような施設に連れて行ってほしいの、とにかくそこから考える」
カロンは不安そうに未知得を見つめた。
「確かに我が主は酷いことを貴女に言ったけれど、我が主の元にとりあえず戻って欲しいんだ。異世界からの若くて美しい女性がやってきた、なんて事を誰か権力のある人間が知ったら、君の身が、良い扱いをうけるとおもわない」
カロンがその天使の様な顔を赤らめて、そう未知得に言った。
未知得はまだ10代半ばくらいの、天使の様な容貌のカロンに、若く美しい、と言われて内心うかれているが、カロンが言いたい事はよくわかる。
どっか金持ちジジイが囲い込んでこようとするのだろう。
未知得の大学時代の美人の留学生が、そんなジジイどもにいつも口説かれていたことをおもいだす。ビザやら金やらを餌に。異世界とやらでも同じか。
ちょっとカロンに絆されて、機嫌を直してしまった未知得は、溜息をついた。
あの顔だけ男には、絶対に世話にならん。
だとすると、どっかで仕事をせにゃならん。
そう未知得が頭を悩ませていると、カロンがクリクリした目をこちらにむけてきた。
「ねえ、ところで君の名前は?僕は、カロン。王国の外にある、アケロン川の守り神から名前をとったんだ。いい名前だろう?」
眩しい笑顔は、まだ少年期を脱していない。その名前に相当の誇りをもっているのだろう。
未知得は、かわいい笑顔に癒されて、思わず笑顔を返してしまう。
「いい名前ね、カロン。わたしの名前は未知得。未知に、得ると書いて、未知得。まだ見知り得ないものを得る、という名前よ。お母さんがつけてくれた名前なの」
その時、一陣の風が、未知得とカロンの間に、吹き抜けた。
(あ・・)
何か、重要な事。まだ言葉にもならない、重要ななにかが、はじまろうとしていた。
これは、予感。
「みち・・える・・?難しいな、みちぇ?みしえ?」
外国語の発音は、カロンには難しいらしい。
うえうえ、と格闘しているその姿はとても可愛らしい。
そうだ、と何か思いついたらしい。
カロンはにっこり微笑むと、
「ミシェル? ってよんでいい?」
「いいわよ。今日からミシェルって、呼んで」
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