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未知得が勝手に、人様の家の2杯目のワインを開けた頃だ。
ようやくコンコン、と遠慮がちに扉を叩く音がした。
「どうぞ」
未知得は身構えて、この家の主人が入ってくるのを待った。何か説明してくれるだろう。
きい、と遠慮がちに扉はひらかれて、青い顔をした例のイケメンと、先ほどの若い男がはいってきた。
先に口をひらいたのは、若い男だ。といっても、中学生くらいだろうか、青年と少年の間にいる、特有の繊細さを持つ。非常に育ちのよさそうな、金色の髪と、水色の瞳をした、とても美しい顔立ちをしていた。若い男は丁寧に腰を折り、未知得に挨拶をした。
「ご令嬢、はじめまして。私の名前はカロン、と申します。この度は、あの、主が大変な失礼をいたしました。あ、こちら、この館の主人である、ダンテ様です」
「ここはどこなの?一体私どこにいるの?たしか私、会社帰りにトラックにひかれそうになって・・」
一気に話をはじめようとする未知得をさえぎって、ダンテ、というらしいイケメンが口をひらいた。
「ご令嬢。怪我をしているのか」
それだけ言うと、ダンテは未知得の足に向かって、いきなりぶつぶつと、何かつぶやいた。
(え・・こいつやばいやつか?)
と未知得が思うまもなく、未知得のくじいた足は光につつまれて、驚くひまもなく、痛みは見事に消え去った。
未知得は驚いて椅子から立ち上がると、歩いてみた。
なにも痛みが感じない、どういう事だ。
驚いている未知得の様子をみていたカロンは、言いにくそうに口をひらいた。
「・・ここは、ディーテ王国。こちらにおられるダンテ様は、この王国で一番といわれる、魔術師です。さきほどダンテ様が使われたのは、治療魔術」
「まじゅつ???」
未知得は変な裏っかえった声を出してしまった。
未知得は漫画も映画も大好きだ。
未知得のお気に入りの漫画の一つが、異世界で活躍する、魔法使いのイケメンものだが、そりゃあくまで漫画の世界だ。
目の前のダンテは、未知得のお気に入りの漫画の主人公よりもイケメンだし、だいたい治療魔術はヒーローの彼女役のちょっとドジで清楚な女しか使えないと、相場がきまっているではないか。
そうかやはり、といった様子で、ダンテとカロンは目をあわせた。
言いにくそうに、ダンテが口をひらいた。
「ご令嬢。面目ない。私は、この世界に存在しない人物をここに、この世界に召喚しようと、禁じられた魔術を展開した。そして、異世界から、何故か、貴女を召喚してしまったらしい」
「えっと・・おっしゃってる意味が良くわからないのですが・・」
未知得は混乱の極みだ。
かろうじておとなしく普通に会話ができているのは、この後におよんで、国宝級イケメンが目の前にいるため。とりあえず猫の皮をかぶる本能が作動しているからにすぎない。
なんの寝言をこのイケメンは言っているのか。
カロンが続ける。
「別人を間違いで呼んでしまった、ということ、です・・ね?ダンテ様?」
「悪かった。すぐに貴女を元の世界に送り返す。悪い夢をみていたと、おもって、全てを忘れてくれ。迷惑をかけた」
そう言うや否や、ダンテはいきなり未知得の目の前でその美しく、もつれた銀の髪の一部を短剣で削げ切った。
そしてそぎ落とした髪に、手の平から出した、轟轟とした白い炎を灯して、なにかをつぶやいて、光の輪で未知得を包んだ。
「ぎゃあああ???」
未知得は、何が起こっているのか、さっぱりわからない。だが、なにか温かい、懐かしい、知っているような優しい光に包まれて、遠くにとんでいくような、そんな気分だったのだが・・
「おかしい、なぜお前は元の世界にもどらない!」
次に気がついた時には、また同じ場所にいて、今度はダンテに胸ぐらをつかまれていた。
「早く戻らないと、お前この世界からかえられなくなるぞ!くそ、何故だ・・」
またダンテはその美しい銀の髪を削いで、今度は轟轟と青い炎を手のひらから出すと、銀の髪を燃やして、青い光で未知得をつつむ。
「さあ、はやくかえれ!」
また未知得は、温かい光につつまれて・・・そして光は消えた。
ダンテはダンダンと足を踏み、頭を抱えて咆哮する。
「何故だ!お前は帰りたくないのか!」
そして、ダンテは、気がついた。
カロンが、カタカタと震えている指で、何かを指差しているのだ。
ダンテは、カロンが震える指で指さしている方向をみルト、今度はへなへな、と力なく、膝をついた。
「・・・お前、食ったのか?」
ブルブル、と震えて、ダンテはカロンの指し示した方向と、同じ方向を指差して、未知得に問いただした。
その指先は、テーブルの上に、用意されていた晩餐を示していた。
「食った?・・ああ、お腹空いてたし、喉かわいてたから、テーブルの上に載ってた飲み物と、果物を、少し・・」
見知らぬひとの家で、許可なく飲み食いした事をイケメンにバレて指摘されて、未知得はちょっと赤くなる。
そして、本当は、果物だけではない。
なんかめちゃくちゃおいしかったので、結構な量を食ったのだ。
尚一番うまかったのは、春巻きみたいな揚げ物だったが、ラズベリーかなんかソースだったのだろう。中にはぷりぷりのエビと、それからしゃきしゃきしたセロリのような香りのよい野菜が、コンソメのクリームにからまって、めちゃくちゃ旨かったのだ。二杯目のワインはお口直しだ。
「なんだと!!な、なんという口卑しさだ!お前はもう、もとの世界に帰れないぞ!」
ダンテは泡を吹きかねない勢いで、未知得の肩をつかんで、ゆさぶり、怒鳴り散らす。
その時だ。
パッチーン!
暗い部屋に大きな音が響いた。
ダンテは、自分が目の前の娘に殴られていた事に、気がついた。
「お前、レディにさっきから失礼なのよ!」
未知得だ。
いかに人外のイケメンだろうが、こう出会い頭に醜いだの卑しいだの、もうゆるせない。
「人をなんかの事故に巻き込んでおいて、十分な説明も謝罪もせずに、うやむやで送り返そうとして、しかも失敗したのよね、あんた!人を散々醜いだの卑しいだの呼んでおいて、なに??」
よく魔術だの異世界だのはわからんが、未知得が営業の客先でミスったときに、詳しい事は説明せずに有耶無耶に逃げ切るのは、よく使う常套手段だ。社会人をなめてもらっちゃこまる。こんな男にあっさりうやむやにされてたまるか。
「女・・おま、私を殴ったのか・・!」
ダンテは、未知得になぐられた美しい頬を押さえて、ブルブルと震えている。
「ええ、そうよ、私があんたの腐れた根性にカツいれてやったのよ、ありがたく思いなさい!さっさとそこどきなさい!お前の顔なんか、一生みたくないわ!!」
未知得は、無事だった方のハイヒールのヒール部分を思い切り床にたたきつけて、フラットにしてしまうと、赤いコートを翻して、ダンテをおもいっきり押しのけて、扉の外にでた。未知得は、カンカンに怒り狂っているのだ。
ここは異世界、とあのむかつくイケメンは言っていたか。
しらん。
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