新たな風
#23 過去の清算
渚と遊びに行ってから半年経った。
大学3年生の春休み、遊び倒せるのは実質今期が最後となるだろう。だというのに、俺は永遠に引きこもり生活を満喫していた。
仕方ない。遊びに誘うことも誘われることもないのだから。
そんなある日の夜。
俺は、ろずと通話アプリにいるのだが。
「……んで、この方は誰?」
『すただよ、ヒロ』
「すた? ……ああ、michiruの」
『初めまして。……すた、です』
俺は、非常に感動した。
「……。声、
『……ん?』
「いや、めっちゃ声最っ高……」
『え、え、……ありが、とう?』
俺が酒に酔っているというのもあるが、かなり声が良い。正直、好きすぎる。
だがしかし。
「それで……。michiruの件について、1度話そうか。俺すたさんと話してみたかったんだよね」
『え……』
『まじ? ヒロ、お前michiru達と仲良いんじゃなかったっけ』
「まあそうなんだけどさ。それでも当事者から聞く話ほど貴重なものはないよ。それにさ、その話が本当なのかどうかってのが、俺の中では少し疑いがあったんだよね」
『さすがにそれはないでしょ……』
さすがにろずにそう言われた。俺だってそんなことはないと思っているが、人間誰しも何事も100%言われたことを信じることなんて出来やしない。
「だとしても100%信じることが出来るわけじゃない。99.9%と100%は違う。……まあそれはいい。すたさん。話してくれるなら話して欲しい。話したくないなら話さなくて全然大丈夫だから」
俺はなるべく負担にならないような言葉を選んだ。
『話します。ヒロさんには、……話さないといけないような気がしますから』
「うん、わかった。あ、タメ口でいいよ。そんな仰々しく聞くつもりはないからね」
『あ、うん……、わかった。ありがとう』
『ヒロ、これオレがいてもいいの?』
「いいよ。むしろいてくれた方がすたさんにとってもいいでしょ」
ろずがいなければこの対面もありえないわけだしな。結局、俺にできることなど限られている。
それでも、今はすたさんの話を聞くことがなによりも大切だ。
『ろずがいてくれたら僕も安心できるよ。それに、ヒロさんと話すの初めてだから、緊張もあるし』
『それなら仕方ない。いてあげるよ』
ろずはそう言ってミュートになった。
そして、すたさんは話し始めた。
自分がやってしまったこと。
渚のことを傷つけてしまったこと。
彼がしたことは、ひどく許せないもので、同情の余地などなかった。
もちろん渚との話に齟齬などない。
『本当に、死ぬほど後悔してる。なんでそんなことしちゃったんだろうって。今までにないぐらい反省してる』
「そっか……。まあ、でもいいんじゃない?」
『え?』
俺は、俺の考えを話すことにした。
「すたさんがありえないぐらいに酷いことをしたのは分かってる。ただ、あれから半年経っててもまだ、後悔してることとかあるんだよね?」
『ないわけないよ』
「なら、それでいいじゃない。かなり反省も後悔もしてるんなら、俺はもうそれだけでいいと思うよ。人は過去で出来ているけれど、過去は過去。その中での間違いや失敗をどのように今後生かすか。そして今をどう変えるか。それがいちばん大切かな」
俺が思っていること、語っているは理想論だ。
所詮変われる人間は限られていて、誰しもがそう易々と変わることができるわけじゃない。そして、変わったとしてもそれは表面だけであることも多い。
ただ、それでも、変わろうと、そう努力することを怠ってはいけない。
俺は一人語り続けた。
「俺は、過去ばかりを気にしすぎるのはよくないと思ってるんだ。もちろん、全く気にするなってことじゃない。自分の過去だったり、経験だったりとは正しく向き合うことが出来るといいよね。後ろを振り返ってばかりで前が見えてないとまた転んでしまうし、自分が成長できないと思う。終わってしまったことにいつまでも執着しすぎると疲れちゃうしね」
「俺はすたさんと仲良く出来たらいいなと思ってる。過去にどんなことをしていたとしても、今俺と話してるすたさんは誠実だと思うし、なにより話しにくいことを俺に話してくれた。半ば強制的とはいえね。昔こうだったから今もこうだ、なんて考えを俺は持ってないし、過去と今は違う。……まあ変わらないやつもいるけど。でも、すたさんはもう前までのすたさんじゃないと思ってるよ」
「……とまぁ、こんな感じかな」
『……っ』
俺は語り尽くした。途中何言ってるか分からないかもしれないところがあったかもしれない。
だとしても、俺は今話したことに嘘をまぜてなどいない。俺の考えてることをすたさんに伝えた。
俺はすたさんと仲良くしていきたいと個人的に思っている。ろずの友達なんだ。絶対いいやつ。
そんなことを思っていると、すたさんから『ヒロさん』と呼ばれた。
「どした?」
『ヒロちゃんって呼んでもいい?』
「うん? いいよ。なら俺はすたちゃんって呼ぼうかな」
『……なーんか仲良くなってる』
そうろすがぼやく。
仕方ない。あんだけ腹を割って話したんだ。
『だってヒロちゃんは僕の師匠だから』
「……師匠?」
聞きなれない言葉が聞こえたため、思わず復唱してしまった。どゆこと?
『師匠っていうのは少し違うかな。僕にとってヒロちゃんは救世主なんだ。僕に道を示してくれた。それだけで十分、ありがたい』
「……っ」
今度は俺が黙る番だった。
こんなにも暖かい感謝をもらったのは、久しぶりだったから。
『だからね、ヒロちゃん。僕と友達になってくれないかな』
「そりゃもちろん。俺もそう思ってた。まず声がいい時点で最高よ」
そう言うと、すたちゃんはくすくすと笑い始めた。なんか笑う要素あったかな……。まあいいか。
『ヒロちゃん、一緒にお酒飲もうよ。リアルでも飲みたいな』
「お、まじ? 全然いいよ」
『ならオレもいく』
「3人で飲みに行くかー」
俄然楽しみになってきた。
その日は酒の話で盛り上がって解散となった。
俺は結局、すたちゃんと過去の清算をしただけで、他に何もせずにいた。まあ別にいいか。
そういえば最近、全くといっていいほど、
いや、邪魔するつもりは一切ないのだけれど、一緒に遊ぼうと言われたのに何も音沙汰がない。こちらから誘うにもなんともなんとも、みたいなところはある。意味わからん。
とにかく俺は、なんとなく寂しい。
離れるつもりはないと言ったものの、このまま離れてしまってもおかしくはない。ずっと連絡がないのも気になるし、俺ばかり期待しているようで、なんだかいたたまれない。
まあ、別に彼らから連絡がないからといって遊ばなくなる、というわけではない。ひとまず待っていよう。大丈夫さ。きっとそのうち連絡がくる。
そう思って俺はベッドに潜り込み、死んだように眠った。
すたちゃんと話すようになってから2ヶ月が過ぎた。
俺は大学4年生となり、研究室にも配属された。どうやら、俺の研究室の教授はやばい、と噂が立っていたみたいだが、俺はそんなことには目もくれず、日々の研究に明け暮れていた。
分野は化学だから、ほぼ毎日実験をする。朝から夕方までかなり時間はあるのに、実験をしているとあっという間に時間が過ぎていく。
実験に追われているときはお昼ご飯を抜くこともあった。終わらないほど大変なのかと問われると、それは違うのだ。俺は早く帰りたいがために、お昼を抜く。
昼休憩は1時間ほど取るといった感じだから、俺の中ではだいぶ無駄、とまではいかないけれどいらない時間、となってしまっている。特に困ることもないし、その分お金が浮くから趣味に回せるのが利点だ。
飛ぶような日々を過ごす中で、重大なイベントが起ころうとしていた。
それは___。
「なあ楽、教育実習やばくねーか。俺うまくできんのかな……」
お昼ご飯を食べながらそう言ってきたのは、大学の友達である
仲良くなったのは大学2年の春。アドバイザー面談とやらの集まりで、希望している進路や専攻科目がほとんど同じという奇跡の組み合わせ。学部に200人ほど人がいるはずなのに、そのうちでこうして目指すものが同じ人と会える確率は低いはずだ。
まあでも、今はその奇跡に感謝せねば。
「結局準備とかがめんどうなだけだよ。行ってしまえばどうにでもなるって」
「わーってるけどよ……。めっちゃ不安なんだよな」
「どっちかというと俺の方が不安なんだけどね? 来週だから」
「そりゃそうか」
「というより、そんなに前から不安になると疲れちゃわない?」
旭の教育実習は1ヶ月も先だ。今からそんなに思い詰めていたら、俺なら絶対気疲れしてしまう。
だから俺は適当なのだ。
「不安なんだよ……。まじでもう無理」
「そんな死にそうな顔されましても」
旭は疲弊した面持ちでこちらを見ている。もちろん仲間にするつもりはない。意味不明。
旭とそんな話をしていたらいつの間にかお昼休憩を終える時間になっていて、実験に戻らなければいけなくなった。彼とともに食堂を後にして、学部棟で別れる。俺は3階、彼は2階だ。
教育実習というイベントがあることによって、俺は少しだけ、本当に少しだけ気がかりな点がある。別に実習が不安だとか、そういった類いではない。
その実習には、
気まずいわけではない。別れてから2年ほど経つし、雫には彼氏もいる。
ただ……。どうしても、心にわだかまりがある。
なんといったらいいのかまるで分からない感情が、俺の心に引っかかっている。
劣等感? 虚無感? 嫌悪感? 罪悪感?
いずれにせよ、ポジティブな感情ではない。
ま、気にしても仕方ないな。
俺は、午後の実験を始めた。
白川楽の落し物 4.7mg @4_7mg
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