Lack of luck
#21 これだから人間は。
『実はオレ、もともとすたとも仲良くて、それでmichiruとのけんかの仲介にもなったりしたことあるんだ。でね、すたから色々相談を受けててさ。michiruと復縁したいって。だからオレは、すたとmichiruを引き合わせたんだ』
「復縁したいって言ってたのはいいんだけど、彼女いたんじゃなかったっけ?」
『あんまりうまくいってなかったみたい』
「だとしても浮気じみたことはしちゃあかんでしょ……」
よくないなあ。
けじめはしっかりとつけるべきだ。いつも思う。俺も、誰でも。
『まあそれはそう。で、2人は寝落ちしたりだとか色々してたわけなんだけど……』
「そこですたさんに彼女がいるってバレたというか、発覚したわけだな」
『うん。オレはそれを知ってたんだけど、michiruには黙ってたんだよ。傷つくことが分かってたから。でも、それを
「なして?」
『……』
なぜかろずは黙りこくっている。言い難いことなのか、はたまた特に理由があったわけではないのか。
いずれにせよ、説明してもらわなければ話が進まない。
「おーい?」
『……。その、ほら。仲良かったから』
「なるほど。それがいつの話? まさか遊びに行く前日だったとか言わないよね?」
『いや、そのまさかです……』
「何してくれてんねんアホども」
『……悪かったとは思ってる』
俺は思わず手をこめかみに当てた。とはいえそれは過ぎたことだし、仕方がないことだとも思う。けれど、話すタイミングはもう少し考えて欲しかった。
しかし、今のところ、ろずと渚が言っていることに齟齬はない。あったら困るけど。
とりあえず、先の話を聞こう。
「まあいいや。んで?」
『ka1toに話したらmichiruを呼ばれて全部話されてさ。そこにすたも呼ばれて……、って感じ。ある程度michiruから聞いてるでしょ?』
「うん、そりゃあね」
『正直な話、すたの浮気じみたことにオレもあんまりいい思いはしてなかったんだけど、すたがどうしてもっていうし、オレはその方がmichiruにもすたにもいいって思ってたんだ。オレがその2人のことを応援してたからっていうのもあるんだよね』
「ふむ……」
ろずの言っていることに何も反対などしないし、むしろそうするのは自然だと思った。俺がそこにいたら応援なんて絶対しないけれど。
反対しないだけで、賛成するつもりはあまりない。とはいえ、今の段階で俺の意見はどうでもいい。
『そんで結局ka1toがオレの事を許さない、なんて言ってさ……。オレどうすればよかったの?』
「難しいところだな……。正直、ka1toの言いたいことが分からないわけではないんだよね。ただ単にka1toの考え方は極端なだけだとは思う。俺はずるい立場だから、……いや、ずるい立場に逃げ込んでいるから、こうしてろずにも話を聞いたりとかするし、あとでka1toにも話を聞くつもりなんだよね」
『ずるいだなんて、そんなことないよ』
「いや、俺はずるいよ」
俺は本当にずるい立場だ。中立の立場とはいいつつ、結局どちらにもいい顔をする。八方美人もいいところだ。俺はそこから離れるつもりもなければ、離れようとすらしない。
渚には悪いと思うが、正直な話ろずに関しては許してやってもいいだろうし、今後も関わっていけばいいと思う。 ka1toはなんともいえないけれど。
それにしても、ka1toがそこまでろずにキレる意味が分からない。そんなにろずが酷い態度や不誠実な心でいたわけではないだろうし、一体何が彼をそこまでしたのだろうか。ろずのしたことに対しての怒りなのか? それにしてはキレすぎな気がする。
なら、渚を傷つけたことに対しての怒りなのか? もしそうだとしたら。
___ああ。なるほどね。
俺が納得したところで、ろずは再び話し始めた。
『ヒロ。オレ今後どうすればいいかな。michiruとはもう遊ぶことが出来ないのかな……』
「どうだろうな。正味今の段階だと難しいとは思う。誠心誠意謝ることから始めるべきだけれど、おそらくそこにka1toも交えないといけないかも。あくまで可能性の話だけどね」
『そっか……』
「なんとも言えないところではある。あいつにも話を聞くつもりだから、その辺も含めて色々聞いてみる」
『分かった。……ほんとにごめんな、ヒロ』
「謝んなって言ったろ。こうしてお前らの間を自由に駆け回ることが出来るのは俺ぐらいだし、なにより俺とmichiruが遊びに行く前日の話だ。俺が介入しないでどうするんよ」
『それもそうだね』
ろずはそう答えた後、沈黙を選んだ。俺も少し考えを巡らせる。
自分のことをずるいとは思いつつも、こうして間に入ることが出来るのは現状俺しかいないし、俺以外の誰かを介入させるつもりは一切ない。こういった問題は非常に扱いが面倒くさいし、大変なことも分かりきっている。
それでも、俺はこの立場から動くつもりはない。
『ヒロ、ありがと』
「はいよ」
唐突にお礼を言われたかと思ったら、おやすみ、と言って電話を切られた。まあ別にいいんだけどさ。
ろずとの会話を終え、俺は早速ka1toに連絡をした。
すると、存外すぐに返事がきて、明日話すことになった。なるべく早いほうが俺的にも嬉しい。そしてなにより、彼の動向がかなり気がかりだった。
俺の考えに間違いがなければ、多分、……いや、ほぼ確実にそうなるだろう。
なら、俺はその後押しをするだけだ。ついでに界隈も離れたい。
色々親にも言われたし。
面倒だな、俺も。
次の日の午後、俺は少し部屋の掃除をすることにした。ゲームするのにも本を読むのにも飽きてきたから、気分転換もかねている。今日はバイトもないし、ka1toと話すのにもうってつけだ。しかしまあ、掃除をしているとどうしても本を読みたくなるんだよな。これがカリギュラ効果ってことか。たしか人って、やるなと言われたことはやりたくなるという性質を持ってるんだったよな。
おかしな生態だなあ。まったく。これだから人間は。いやいや、俺も人間だろう。もしかしたら違うかも。
くだらない思考をしつつ掃除を終えた俺は、お昼寝をした。そりゃもう気持ちよく寝ていた。だからだろうか、起きたらもう既に5時前で、母がそろそろ帰ってくる時間だった。寝過ぎでしょ。昨日そんなに夜更かししてないはずなんだけど。
まあいいか。
母が帰ってきたため、俺は夕飯の支度を手伝う。今日の仕事のことや、愚痴に付き合うのはいつものことだ。そのうちに弟も妹も帰ってきて、さっきまで閑散としていたリビングが騒がしくなる。
夕飯の準備を終え、皆でテーブルを囲い、ご飯を食べ始める。今日学校であったことなどを、テレビを見ながら話したりしているうちに、夕飯を食べ終わった。俺はそのままお風呂も済ませ、髪を乾かしてから自室に戻った。
今日はka1toと話す予定だ。なんだかいつもよりも緊張する。きっと、昨日俺が推測したことが原因だろう。もちろん、実際にどうなんだとかはさっぱり分からないし、そもそも俺が考えていることが全くの見当違いだったら、それはもうやらかし案件。
でも、おそらくこの考えは正しいはずだ。間違ってたら知らん。
しばらくスマホでゲームをしていた時、ka1toからチャットが来た。
『話そ』
俺はそのチャットを見た瞬間、すぐに彼に電話をかけた。
「もしもし」
『ヒロまじごめん。本当にごめん。言うタイミングミスった』
「お前らさぁ……」
『お前らって何?』
「ろずも開口一番謝ってきたから。いいよ謝んなくて」
こいつら実は仲いいんじゃない? そんなことない? いやまあ今は少しいざこざがあったりして仲悪いかも知れないけれど、もともと仲良かったしね。
俺はとりあえず、ka1toに経緯を説明してもらうことにした。ほとんど齟齬はないし、2人の説明で俺はどういう状況だったのかを再認識した。
俺は、いくつか疑問に思ったことをka1toに聞いてみる。
「そういえば最近さ、michiruとよく遊んでたりするよね。なんで?」
『俺さ、前も言ったと思うんだけどmichiruの声めっちゃ好きなんよね。だからさ、結構今寝落ちとかしたりするんだけど、そのときもasmr頼んだりとかしてるんよ。まじ最高』
声が好き、ねえ。
「お、おう。そうなんだ。まあなんだ、今michiruって心身ともに疲れてるだろうから、あんまり無理をさせたりしないように気をつけてね」
『わかってるよ』
俺は軽く釘を刺しておいた。奥深くまで刺すつもりはないから、たぶん刺さってはいない。
とりあえず質問を続ける。
「今ろずとはどうなってんの? てゆーかka1to、お前はろずに対してそんなに怒る必要あるのか?」
かなり核心をついたような質問をした。
これが少しばかり疑問だったのだ。はっきり言えば、俺やka1toは第三者でしかなく、部外者というようにしか思えない。だというのに、部外者同士がいがみ合うってどういうことなんだよ。
沈黙が俺とka1toの間に生まれた。しかしそれは一瞬だけで、彼は話し出した。
『michiruとろずって仲良かったのに、あいつmichiruに嘘ついてたわけでしょ? しかもすたともまだつながってるし。俺は、michiruが傷つくってことを分かった上で、ろずがあああいうことをしたっていうが許せない』
「なるほどね。少しだけ見えてきた」
とはいったものの、ka1toが怒る根本的な理由が話されていない。俺が彼から引き出したい言葉は、そんなことじゃない。
まあそう簡単に話せることではないし、とりあえずはいい。
『でも結局、一番悪いのはすたなんだよね』
「いやそれはそう。もし今後話す機会があったら色々聞いてみようかな」
『それはやめとけ』
「……分かった。まあいずれにせよ、ろずともう一回ぐらいちゃんと話してこい。自分が何について怒ってるのかってのも教えてあげたら? たぶんろずは気付いてない」
『話はするだろうけど、話すことはそんなにないし、理由なんて教えないよ。あいつが自分で気付くまで』
「そっか」
いきなり静寂の時間が、俺たちの間に生まれる。
意外とろずのことを思っている。ある種の優しさだ。なんかわからんけどka1toって世渡りうまそうなんだよな。いつも思う。
先に沈黙を破ったのはka1toだった。
『なあ、ヒロ』
「ん?」
『……プール、michiruがすごく楽しかったって言ってたんだ。俺と話すときも、結構ヒロのこと話題に上がるんだよね』
「楽しかったって言うのはまあいいとしても、君らの話題に俺がいることは純粋に意味が分からない」
『michiruがずっと喋ってるから。仕方ない』
「……そうか」
『うん』
これは。おそらくそういうことだ。
ならば、そろそろフェードアウトするタイミングだ。
先程ka1toに、ろずに対して怒っている理由を話してもらったが、あんな言葉にほとんど意味はない。むしろ俺が聞きたかったのは、もっと感情の奥深くにある気持ちの部分だ。
今ある言葉さえ言ってしまえば、想定している結末にたどり着けるはずだ。悪くない結末だとは思うものの、いいのかと問われると首を傾げる。ただ、俺に切れるカードは、現状これしかない。
「ka1to。一つ頼んでもいいか」
『何?』
もしかしたら彼女に、裏切ったと、思われるかもしれない。
でも、こうするしかない。
「michiruのこと、頼みたい」
『……というと?』
「俺さ、今いる界隈から離れようと思っててさ。だからといっちゃなんだけど、michiruのこと、頼みたい」
『……。分かった。俺に出来ることなら』
「ka1toにしか出来ないよ」
『それは、……なんというか、ありがとう』
ほらね。
普通なら、どうしてとか、なんで俺が、なんて言う場面で、ka1toは俺の言葉に素直に了承した。
俺の推測は、確信に変わった。
ka1toは渚のことが好きであるということ。
訳が分からない。
会ったこともない人間のことを好きになる人の気持ちなんて、さっぱり分からない。分かりたくもない。
そんなの、気持ち悪い。
でも、ka1toが一番適任だ。
渚は、恋に恋している。故に、恋人を作ることで、必然的に俺から距離を置くことになる。
つまり、俺は後腐れなく渚と距離を置くことが出来る。しかし、俺は渚と縁を切りたいと思っているわけではない。それが非常に面倒くさい。
というのも、俺が渚と距離を置く、というよりも属しているところから離れたいというのが本音だ。
「まあ、とりあえず今日はありがとう。また話そ」
『はいよ』
そう言って彼は電話を切った。
俺は、静かになった自室で、何度も考えたことをもう一度考えた。
問。俺は渚のことが好きなのか?
答。否である。
でも、大切な親友だとは思っている。ただ俺は、いつまでも渚につきまとうつもりはない。
今回の事件の幕引きは、恋には恋でけりをつけること。
ただし、その主人公は俺じゃない。ka1toだ。ka1toなら、安心できる。渚には、幸せでいて欲しい。これは、雫と別れた後にも思ったことだ。結局、俺には友達という枠組みから飛び出す勇気はなかった。
いや、友達という枠組みから外れるということも考えた。しかしそれは他人か恋人かのいずれかしかない。
しかも、俺の考えていることは、彼女が俺の恋人になる、ということだった。
好きでもないのに恋人になるのは、ありえない。
ならいっそのこと、友達を維持しつつ距離を置けば、形にはなる。
果たして、距離を置いた人間が友達という枠組みにいるのかどうかというのは、甚だ疑問ではあるが。
それでも、俺が恋人になる未来はない。渚がka1toを振ることさえなければ、何も問題ないのだから。でも、必ず彼女はka1toを受け入れる。
これには根拠があり、確信がある。
渚は誰でも受け入れる。だからこそ、パーソナルスペースが狭い。簡単に侵入を許す。
なら、ka1toのことを振る、なんて選択肢は、彼女にはない。
ならば、もう一度問おうか。
問。俺は渚が好きなのか?
答。然り。そうとしか思えない。
でも、4年も続いた関係さえなくしてしまった俺には、その関係になりたいと思わない。
ただただ、怖い。
また落としてしまうのではないかと、そう思ってしまう。
だからもう、本当に大切なものを作る前に、俺は落とす。
なあ。白川楽。お前の落し物は、
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