#22 私天才だよ
楽と遊びに行ってから4日後。
今日は金曜日だから、お酒を飲もうと考えた。
仕事が終わり、家に帰る前にお酒を買いに行く。
今日はワインの気分。どうせなら楽と一緒に飲みたい。彼と話しながら飲むお酒が1番美味しい。ここ最近楽と話せていないから、話したいというのもある。
そんなことを思っていると、ポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えた。
スマホを見ると、
『今日ちょっと話さない?』
わざわざ個人チャットで送ってくるということは、多分だけど2人で話したいってことなんだろう。
せっかく楽と話そうと思っていたのにな……。何を話すのかさっぱり検討もつかないけれど、別にいいか。なぜか最近は、ka1toに寝落ちとか誘われたりするのが若干気になるけれど。
とりあえず彼に返信だけして、買い物を済ませ、家に帰る。買ってきたお酒を冷蔵庫に入れて、夕飯とお風呂を済ませる。
時刻が10時を回った頃。
『話そうぜ』とka1toからチャットが来た。私が返信したと同時に、彼から電話がかかってくる。
『よっ。
「急に名前呼びじゃん。こんばんわka1to」
『まあまあそんなに気にすんなよ』
「そうするー」
いつもmichiruって呼ぶのに、今日はなぜか本名呼びだった。とりあえず彼の言う通り、気にしないことにした。
『そうだ、今日も寝落ちしたいんだけどいいか?』
「うん、大丈夫だよ」
『そか。ありがと。そういえばさ……』
いつものようにka1toと雑談をする。くだらないことで盛り上がるし、楽と違って彼から話を振ってくれることが多い。
でも、なんだか今日はところどころ歯切れが悪い。
気にしすぎだろうか。
話が一段落したところで、私は聞いてみることにした。
「ねぇka1to」
『んー?』
「今日どうしたの?」
『何が?』
「なんかいつもと違くない? 急に名前呼びになるし……」
『……』
図星をつかれたのか、急に黙り込むka1to。
とりあえず、私は彼が話し始めるのを待つことにした。
その沈黙が5分ほど続いた後、彼はようやく口を開いた。
『まあ実は少し話があってね……』
「今まで話してたこととは別なこと?」
『うん、まあ』
「で、なんなのよ。どういう毛色の話なのかも分かってないよ私」
『うーん、そうだよなあ……』
ここまでごねられるとちょっといらっとくる。
それを察したのか、ka1toはすぐに話し始めた。
『なぁ、渚』
「なに?」
『俺さ、……その、渚のことが、好きなんだ』
「……え?」
『渚のこと、ずっと好きだったんだ』
何を言われているのか、分からなくなる。唐突の告白に、私の頭は思考することをやめた。
それでも、何か返さないといけない。
「え、えーっと……」
『ごめん、いきなりで。……でも、
「そ、そっ、か……。う、嬉しいけど、私好きな人がいて___」
『ヒロ、でしょ?』
「……え?」
突然出された名前に、私の心臓はどくんと跳ね上がる。
なんで。どうして。誰にも話してないのに。
「なん、で……」
『そりゃ分かるよ。ヒロって正直、俺から見てもかなりハイスペックだし、めっちゃ尊敬できるやつだから。でもさ』
ずいぶん不自然なところでka1toは言葉を区切る。
不自然ということは、次に出てくる言葉がかなり重要であるということに他ならない。
特に私は催促することもなく、ただ彼の次の言葉を待った。
『そんなあいつが言ったんだよ。渚を頼むって』
「どういうこと……?」
『ヒロのやつ、今いる界隈を離れようと思ってるらしいんだよね。聞いてない?』
「初耳だよそんなの。なんで……」
『理由は俺にも分からない。喋ってくれなかったから』
私といるのが嫌になった……? いや、楽がそういう人だとは思えない。
だとしても、タイミング的に私と遊びに行ったことが原因としか思えない。しかも、帰ってきた直後にka1toにそう伝えて、私には何も言わないで離れるつもりなのだろうか。
そんなの嫌だ。
それに、私のこの気持ちはどこへやればいいのだろう。
せっかく楽と仲良くなれたのに。どうしてこうなってしまうのだろう。
いつもそうだ。
私の手から大切なものが零れ落ちて、誰にも拾われないまま忘れ去られてしまう。
私は、また失くしてしまうのだろうか。
沈黙が続いて、しびれを切らしたのか、ka1toが私にこう言った。
『なぁ、渚。……俺は絶対に、お前を幸せにする。俺と付き合ってほしい』
「……」
『もちろん、今はヒロのことが好きなのは知ってる。でもさ、あいつはもうここには戻ってこないかもしれないんだぜ? それに、渚のことを頼むって俺に言ったってことは、多分、もう渚と遊ぶこともしなくなるんじゃないかな』
「……そうかもしれないね」
正直な話、私もそう思っている。
いくら好きだとは言え、所詮片想いだ。それに、まだ今なら引き返せるぐらい、成長していたわけではなかった。
あと1回遊びに行ったら、確実にこの気持ちはダムを崩したかのように溢れ出ていただろう。
それに、楽は人付き合いにかなりドライな部分がある。
私のこの気持ちは、ka1to……、いや、
明良は、再度私にこう告げた。
『俺と付き合おうよ、渚』
1週間後。
今、通話アプリには私と明良、楽の3人がいる。
こうして集まっているのは、楽がSNSアプリで呟いた、ある一言に起因する。
『君たちの幸せを心の底から願ってる』
これは誰に向けたものなのだろうか。
『それで楽さんよ。あの発言はなんだい?』
『え? 君ら付き合い始めたんでしょ? それに対するものだけど』
なんで分かるんだよ。
確かに匂わせることを呟いたが、それだけで答えにたどり着く彼は、恐ろしいほどに勘がいい。むしろ怖いんだけど。
私は彼に聞いてみた。
「どうして分かったの?」
『あんなつぶやきされてたらさすがに分かる。まあ分かる人はたぶん限定されてるけど』
『こええよ』
彼が言ったように、私は明良と付き合い始めた。
しかし、こんなに早く知られるとは思っていなかった。
『てかさ、これだけのために俺を呼んだの?』
『いや、まあ……、そんな感じかなぁ』
「私が楽と少し話したかったんだよ」
『ああ、そういう……』
そして私たちは雑談に花を咲かせた。
楽に途中何度か、『2人だけの世界に入るなー』と言われたが、特に気にすることもなく私たちは久しぶりの会話を楽しんだ。
今、こうして楽しく話せているのは、楽のおかげだと思う。
彼がいなかったら、私は1人になっていたかもしれない。明良という大切な彼氏も出来たことで、心に余裕を持つことが出来た。
明良には言ってあることだが、私は楽とまた2人で遊びたいと思っている。もちろん明良も賛成していた。むしろ遊んでくれた方が明良にとっても安心材料になるらしかった。
ちょうどいい機会だ。楽に伝えてみよう。
「ねえ楽」
『何?』
「もし楽さえよければ……、また遊んでくれないかな」
『……というと?』
「また2人で遊びたいなって思って」
『ヒロ、俺からもお願いしたい。渚と遊んであげてくれないかな』
『……』
しばらくの沈黙が私たちの間に駆け抜ける。
楽ならいいよって言ってくれそうだけど……。
『それは無理だ』
返ってきた言葉は、期待とは真逆のものだった。
「どうして?」
『俺の中の決まり事というか、絶対に守るべきルールだからだ。恋人がいる女の子と2人で遊ぶこと、会うことは何があってもしない』
『そこをなんとか頼むよ、ヒロ』
明良が説得を試みた。
だが、楽の返答は変わらなかった。
『誰がなんと言おうと俺はこの絶対のルールを破るつもりはない。……俺が元カノにそうされて、まじで悲しかったというか、辛かったから。ka1toに同じ思いはしてほしくない』
『元カノ出されたら何も言えんよ……』
『でしょ。だから俺は、もう渚と2人で遊ぶことはない』
そう言われて、少し、少しだけだけれど、心臓がきゅっと痛くなった。
しかし、私は気付いてしまった。
楽は、あくまでも2人、ということに重きを置いていた。つまり、2人で遊べなくなるだけで、3人以上なら遊べることになる。
私天才だよ。そこに気付いてしまうとは。
楽に言っちゃお。
「2人で遊べなくなるだけで、明良と私と一緒に遊ぶことは出来るよね?」
『そりゃもちろん』
特に驚いた様子もなく、そう肯定した。
あれ、もしや想定済みでしたか? まあさすがにそういうのを用意してるか。
『まあそんな感じだからさ。また話そうよ』
『あれ、もう今日は解散すんの?』
『邪魔者は消えますよっと。あとは2人で話してて。そんじゃ、おやすみ』
「あ、うん、おやすみ」
『おやすみ』
楽が通話アプリから抜けていき、私と明良の2人だけになる。
たわいもない話を2人でしている最中に、私は楽と話していたことを思い出す。
話していて分かったことがある。
楽に告白すらしていない私が、彼と2人で遊ぶ資格などない。明良と付き合ってはいるものの、まだ彼のことが好きなのかが分からない。
好きになろうと努力はしている。ただ、それがきっちりと実を結ぶかどうかはなんとも言えない。
きっと大丈夫だとは思う。
いつまでも不誠実なままでいるわけにはいかない。
明良に対しても、楽に対しても。
それに、分かったことと同時に、疑問に思ったことがある。
なぜ楽は明良に託したのだろうか。
楽自身が私と付き合うことになれば、それでよかったんじゃないかと思う。
楽は前に『好きという気持ちが分からない』と言っていた。さらに、今いる界隈から離れるとも。
根本的な原因は分からないけれど、その2つが相まったのだと思う。
うーん。考えても答えは出ないし、結局楽の考えは私には分からない。
そのうちまた聞けばいいかな。
そう、思っていた。
そして。
約1年経った頃。
この日の疑問が解消されることはなく、私と楽の縁は、完全に切れてしまった。
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