#17 イケメン過ぎる対応
エスカレーターに乗って、俺たちは4階に向かう。
渚が上で、俺は下。基本的に俺は誰かの後ろをついていきたいタイプなので、前には行きたくない。
ただなぁ。正直こういうのは女子ウケ悪いんだよなぁ。リードされたい! みたいな女の子のほうが多いし。渚と前に遊びに行ったときにも言われた。「前を歩け」と。
「はあ……」
1人静かにため息をする。多分気付かれてはいない。
エスカレーターが4階に到着する。目の前が緑に包まれ、人工物とは思えないほど鮮やかにきらめいている。
どうやらここは、この地域の川から海につながるところを再現しているようだ。
「綺麗だね~。すごく心が洗われる感じがする」
「分かるわ。自然を存分に感じる」
「ね。……うわあ! すごい! すごいよ楽! 魚がたくさん!」
森の中を抜けた先に、大きな水槽があった。そこには、遠目で見ても分かるほど、たくさんの魚が泳いでいた。こりゃすごい。
水槽の近くまで行き、俺たちは元気に泳ぐ魚を鑑賞する。
「これなんて魚なんだろう。……マイワシなんだ。なるほどねー」
渚は展示している魚の情報を読み、魚たちにカメラを向けた。もちろん俺も写真を撮る。
あまりにも壮大だと言わざるを得ない。それに加え、とても綺麗だ。言葉で言い表すことが出来ないほど。
今まで数多くの水族館に行ってきたが、こんなにも感動することはなかったように思える。
きっと要因は、隣にいる女の子なのだろう。
そうでなければ、この胸の高鳴りの説明がつかない。
俺は一度水槽から目を離し、渚の方をちらりと見る。
真剣な面持ちで、だけれども楽しそうに写真を撮る渚。
これじゃあまるで___。
「楽、先に進もうよ!」
渚が笑って俺にそう言った。
……ああ、そうか。
「うん、行こうか」
平静を保ちつつ、俺は返事をした。
俺が歩き始めると、渚が隣にやってくる。展示されているトドやゴマフアザラシ、エトピリカなどを見て回る。ちなみに、エトピリカのことをペンギンだと思ったことは内緒である。そう見えちゃったんだもん、仕方ないじゃない。
順路に従い3階に下りると、そこには水族館が研究していることについての展示があった。こういうのって軽視されがちだけれど、かなり面白いのだ。研究の過程や成果を見ることはとても有意義だし、なにより知識欲が湧く。
一見なんのことなのか分からないことでも、意外とそういったことが身近に生かされていたり、新たな発見になることもある。もちろん、そうなることばかりではないが、一度しっかりと見てみると面白いことに気付くだろう。
という誰に向けたのか分からない解説を頭の中で垂れ流しているうちに、いつの間にか研究の展示ブースが終わっていた。
あれま。まあいいか。
展示ブースを抜けると、いかにも写真を撮ってくださいみたいなスペースがあった。ガラスの向こう側には海が見える。
「楽! 写真撮ってよ!」
「いいよん」
渚は可愛い笑顔を俺に、……いや、カメラに向けている。そこから生まれる負の気持ちに気付かないふりをして、俺はシャッターを切った。
何枚か撮って、渚に写真を見せる。
「うんうん、いい感じ! ありがと楽!」
どうやらお気に召したようだ。
「どういたしまして。あとで送っておくね」
「うん、そうしていただけると助かります。あ、そうだ。楽も一緒に撮ろうよ」
「へ? ……いやいやいいよそんなの! それよか先に進もうぜ」
俺は写真が苦手だからそう断り、先に進むように促した。
しかし納得がいかないのか、「えー」と言い出した。駄々をこねるようにこちらを見てくる渚。
……仕方ない。ここは俺が折れるか。
「1枚だけね」
「ほんと? やった!」
渚はまたしても笑顔を見せた。そして俺の隣にやってくる。
そんなに嬉しそうにされると、何枚でも撮らせてあげたくなるな。させないけど。
「はい撮るよー!」
そう言われ、俺は笑顔とピースサインを作る。渚も笑顔を作った。
カシャリとカメラのシャッターが切られ、渚の携帯に2人の姿が保存される。
「あとで送っとくー」
「はいよー」
「それじゃあ、先に進もうか」
俺は「おう」と返答して、歩き始めた。
再び外に出ると、そこは熱帯アジアのエリアを模していた。今いるところが日本ではないような感覚に襲われる。つまり、それだけ凝った作りになっているというわけだ。
見たことがないような生き物を俺たちは鑑賞して、時にカメラを向け、2人で駄弁る。
そんな中、俺はある一点に目を奪われた。
「楽?」
立ち止まる俺に、前を歩いていた渚が声をかけた。
「どうしたの?」
「あー、いや、この植物、綺麗だなって思って。とりあえず写真撮る。……よし、いい感じに撮れた」
「まあ確かに綺麗だけど……。そんなたいそうなものでもなくない?」
「渚にとってはそうかもしれないが、俺にとってはたいそうなものだよ」
「ふーん……」
渚はあまり興味がなさそうにしている。
この場にあるのはブッソウゲという植物らしい。聞いたこともないが、なぜだろう。すごく目を引かれる。不思議だ。
とはいえ、さすがにずっと見続けるわけにもいかないな。
「もう満足したし行こうか。ごめんよ」
「ううん、全然いいよ」
そして俺たちは、再び歩き出した。
「渚、お腹空いてる?」
時刻は12時半。入館してから意外と時間が経っていた。
「うーん、あんまり空いてないんだよね……。楽は?」
「俺もそんなになんだよね。……どうする?」
館内に魚を見ながらお寿司を食べるところがあったのだが、人が多かったのとお腹が空いていなかったのが重なり、見送ることにしたのだ。
俺はパンフレットを見て、軽食で済ませることができそうなお店を探してみる。
今いるところから道なりに進むと、どうやらテラスにカフェがあるらしい。渚に伝えてみると、行きたいと言った。もちろん俺はそれに従う。
5分ほど歩いただろうか、カフェが見えてきた。
「お、見えてきたね。いこいこっ」
「はいはい」
子供みたいにはしゃぐ渚をなだめて、カフェに着いた。
「いらっしゃいませ。ご注文はどうなさいますか?」
店員さんが笑顔でそう聞いてきた。
とりあえずメニューを見ると、甘そうなパフェやクリームソーダ、パスタやグリルサンドなどといった、軽食にぴったりなものばかり載っていた。
「私パフェにしようかな。このラズベリーのやつ」
「じゃあ俺はチョコレートのパフェで」
「ラズベリーパフェとチョコレートパフェがそれぞれお一つずつですね。かしこまりました。出来上がるまで少々お待ちください」
待っている間にお金を払う。
その後1分経たずに、パフェが出来上がった。
俺たちはパフェを持ち、席に移動する。恋愛ドラマやマンガだと、こういったシーンで小さい子供が走り回って遊んでいたら、彼氏とぶつかってしまい服を汚してしまう。その後のイケメン過ぎる対応で女の子がキュン……。なんてこともあるが、これは現実だ。そんなことが起きるはずもなく、平穏に席に着いた。
これで一息付けるな……。
食べる前に写真を撮り、俺たちは手を合わせた。
「「いただきます」」
スプーンで一口すくい、口に運ぶ。
ん~、甘くて美味しい!
「美味しい~! これやばい。めちゃうま」
「俺のやつもかなりうまい。一口あげるよ」
「ほんと? じゃあ私のもあげる」
そんな言葉を交わし、俺たちはパフェを交換する。
……美味しい。ラズベリーの少し酸っぱい感じが、甘いクリームと非常によくマッチしている。俺こっちにすればよかったかも。
まあ今更何を言っても仕方がない。
「どう?」
「すごく美味しいよ。でもちょっと甘過ぎかな。そっちは?」
「めっちゃ好き」
互いに感想を言い合った後、パフェは元の持ち主の元に戻っていった。
うまかったぜ、パフェ。また食わせろよ。
俺は戻ってきたチョコレートパフェを食べ始める。渚と話しながら、水族館で撮った写真を見返してみる。
熱帯アジアを見終わったあと、サンゴ礁、潮目の魚などを鑑賞した。かなり臨場感が溢れていたし、餌をあげているダイバーさんも見ることが出来た。今まで見たことないんだよな、そういえば。
深海魚の写真も何枚か撮った。しかしまあ写真撮るのが上手くない。めっちゃぼやけてる。周りが暗いから、そもそも撮影に向いている環境ではなかったのだが、撮りたかったのだから仕方ない。
とはいえ、何が写っているのか分からないような写真を残したところで意味はない。もったいないけれど削除した。
てかこの動物、なんていうやつだっけ……? ついさっき見たばかりなのに名前が思い出せない。フェ、フェレットだっけ? なんか違う気がする。まあいいか。
魚や生き物に加えて、俺は渚のことも撮影していた。許可は取ってある。
渚も俺の写真を撮りたかったようで、交換条件ということで合意した。ただ、俺はあまり顔を写していない。彼女が俺の顔まで含めて撮っていたかは分からないが。
写真を見返してみて思うのは、どれもなかなかいい画になっているということ。
俺の絶望的写真センスでもわりといい画になるのすごいな。
でも、写真に写った渚は、可愛いというよりもきれいといった方がいい気がする。
いつもはきれい、というよりも可愛いに寄っている。今日だって何度可愛いと思ったことか。
それに、渚が笑ってくれている。
その事実だけで、俺の心は喜びに満たされる。
彼女が笑っているだけで俺がそう思っていることなんて渚は微塵も知らないだろうが、それでいいと思う。
そんなことを知ってしまったら、きっと辛くても笑っているだろうから。
むしろ知らなくていい。世の中には知らなくてもいいことが腐るほどあるのだから。
パフェを食べ終え、俺たちはまだ見ていないところに行く。目的地はこの先にある金魚がたくさんいるところだ。どうやら別館らしい。
すると歩いている途中、渚が「あ」と言って立ち止まった。
「どうした?」
「ここ見たい。いい?」
「もちろんいいけど……」
彼女は俺の返事を聞いて、中へ入って行く。このブースはキッズ向けかな? 子供たちがソフトブロックで遊んでいる姿が目に映った。
「ここ子供向けのところだよね……?」
「別にいいでしょ。どうせなら全部回りたいからさ。また来ることが出来るとも限らないし」
「……なるほどね」
進んでいくと、小さい水槽がいくつかあった。そこには、水族館には必ずいるといってもいいやつがいた。
渚はそれを見つけた途端、目を輝かせた。
「楽、クラゲがいるよ!」
「う、うん? そうだな」
「きれいだねぇ……」
食い入るようにクラゲの水槽を見つめる渚。カメラを向けることもなく、ただひたすらに、クラゲが優雅に泳ぐ姿を目に焼き付けている。
___まるで、彼女みたいじゃないか。
そう思った途端、渚がこちらを向いた。
「なにか言った?」
「……え?」
「今なんか言ったっしょ?」
「なんも言ってないけど……」
「そう?」
不思議そうな顔をしている渚に、「うん」と返答する。再びクラゲがいる水槽を見始めた渚に、一安心する。
声に出したつもりはなかった。だが、聞こえてなかったのなら別にいい。
5分ほど経った後、渚が顔を上げてこちらを見た。
「そろそろ行こっか」
「ん、そだね」
その顔は満足感で満ちあふれている。よかったねえ。渚が楽しそうにしているのが何より嬉しい。
数分歩いて金魚が展示されているスペースに着いた。
夏祭りとかによくいる金魚から、聞いたことのない金魚まで、たくさんの種類の金魚がいた。彼らが泳いでいる姿も撮影する。
しかし、それほど広くない展示ブースだったため、すぐに見終わってしまった。
水族館の入り口まで戻ってきた。お土産は昨日買ったからここでは買わない、と渚が言ったので、俺もそれに倣う。
出口のぐるぐるを通り、もう戻ることはできないことを刻みつけられる。ところでこれなんていう名前なんだ。
「楽しかった?」
車に向かう途中、俺は渚にそう聞いてみる。
「うんっ!」
渚は笑顔で頷いた。
「それはよかったよ」
「ねえ、楽」
渚が立ち止まったため、俺は後ろを振り向く。
「ん?」
少し待ってみるが、
どうしたのだろうか。
「___やっぱりなんでもない! それよりさ、あそこのお店で飲み物買っていこうよ」
「え?」
急に顔を上げて、早口でまくし立てる。
「ほら、早く早く!」
俺のことを急かすように彼女はそう言った。
結局なんだったんだ? まあ、とりあえずいいか。帰りの車の中ででも聞けばいい。
るんるんと足取り軽く、意気揚々と俺の前を歩く渚。
俺はその姿に安心しつつ、彼女の隣に並んだ。
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