#14 あまりにもカップルすぎる
日差しがよくあたる外のプールで、俺たちはわちゃわちゃとした後、少し疲れたため壁に寄りかかった。
「こういう知り合いが1人もいないところ、まじで最っ高だよなー」
「ちょっとその気持ち分かる。気楽だよねほんとに」
「まじでそう。知り合いが1人でもいると気まずくなるんだよなぁ」
「分かりみが深い……」
俺と彼女は、そういったところが似ているようだ。少し嬉しい。
しかしまあ、なんとも話の広げ方というか、話の振り方がド下手くそである。渚とリアルで会うのは3回目だし、通話アプリで何度も話している。それに加えて、明日までという長い時間を渚と過ごす予定だというのに、俺は未だに話の糸口を掴めていない。会話の内容があまりにも浅い。
いや、話す内容とか、話したいこととかは色々あるのだけれど、どう切り出せばいいのかが分からない。
というより、あの時から分からなくなってしまった。苦手になってしまった。
そんな物思いに耽っていると、渚が急に立ち上がり、俺の膝に横向きで乗ってきた。
え。なにしてんだこいつ。足伸ばしてるんだから乗りにくくない?
「な、渚さん……?」
「ん?」
「え、いや、え? 何して……」
「乗ってるだけだよ。というか乗りにくいから膝畳んでよ」
俺の顔はしかめっ面になる。一応膝は畳む。
「う、うーん?」
「お、結構乗りやすいね」
畳んだ膝の上に乗って、俺の足の間にある足をブラブラし始める渚。めっちゃどぼんしそうだなこれ。というより。
「ま、まあそれはいいんだけどさ、……近くない?」
「別によくない? 乗り心地も悪くないし。それに今日だって手繋いでるんだから、平気でしょ」
渚はなんともないような表情を浮かべ、俺にそう言った。
俺の視界はぼやけているが、渚の顔や水着ははっきりと映る。なんだこの近さ……。
俺は、渚のパーソナルスペースがほとんどないことを今更ながらに思い出した。
一般的に、パーソナルスペースに他人が入ると、不快に感じると言われている。社会距離や個体距離などが存在し、人によってその空間の広さは異なっているが、特に、ハグできる距離に入られる密接距離は恋人などの密接な関係の人しか入れない、と聞いたことがある。
俺と渚は親友だ。しかし、今の距離はあまりにも近い。
これでは勘違いしてしまいそうになる。
俺も特に拒絶するようなことはしないから、俺ももしかしたらパーソナルスペースが狭いのかもしれない。渚ほどではないけれど。
「ねぇ楽、手繋いでてよ。落ちないようにさ」
「…………はい」
なんでもないような表情で、渚はそう提案してきた。自分の顔が触らなくても分かるほど、暑くなってしまった。
俺は考える。
渚は俺のことが好きなのか?
そんなことはないはずだ。それにこれは、俺にとって都合のいい考えだ。
相手の気持ちを勝手に決めつけて、俺がそれに対して勝手に決断を下すなんて、そんな傲慢で身勝手なことを、してはいけない。
相手の気持ちを聞いてから、自身で決断を下すべきだ。
俺は考えた。
俺は渚のことが好きなのか?
全然分からない。自分の気持ちすら曖昧なのに、どうして相手の気持ちを邪推しているのか。なんて愚かで、なんて浅薄なのだろう。
一体いつから、こんな風に考えるようになってしまったのだろうか。
いや、分かりきっている。きっとあの時から___。
「おーい、楽?」
「……ん?」
「なんかあったの?」
「や、なんでもない。なんで?」
「何回呼んでも返事がなかったからさ。どうしたんだろうって思って」
渚の呼ぶ声や、周りの喧騒が俺の耳に入る隙がないぐらい、俺は考えていることに集中していたようだ。
「悪い。考え事してた」
「……私とプールに来るの、嫌だった?」
「……は?」
「だって楽、あんまり楽しそうじゃないし、結構考え事してるから。私とプール来るの嫌だったのかなって思って」
俺ははっとする。自分のことしか考えていなかった。
またしても、失敗してしまった。
どうしてこんなにも考えが至らないのだろうか。少し考えれば分かるというのに。
『そんなに自分を責めてばかりだと、相手も気を遣うんだ。責め過ぎんなよ、楽』
ふと、
……はぁ、全く。
それもそうだな。もう少し、気楽に考えよう。それに、渚にも失礼だしな。
「ごめん。ずっと考え事をしてたのは、まあその……自分の不甲斐なさというかなんというかで」
「楽が不甲斐ないのは今に始まった事じゃないでしょ」
「急に辛辣な発言きたな……」
「自分で言ったんでしょ。……でもそういう態度取られると、私といるの、楽しくないのかなって思っちゃう。なんかしたのかなって」
「それは違う!」
俺はつい、強く否定してしまう。それと同時に、渚の手を握る力が強くなる。俺の態度が、渚をそんなに不安にさせてしまうほどだったのかと、深く反省する。
俺は、渚に自分の気持ちを伝えることにした。
「楽しくないだなんてとんでもない。俺は渚といるの楽しいよ。楽しくないわけがない。プールだって楽しみ過ぎて、今日少ししか寝てないんだ。俺の態度が渚を不安にさせてしまったのは、申し訳ないと思ってる。本当にごめん」
「……」
「だからその、自分にせいだなんて思わないで欲しい」
「……ねえ、楽」
渚は少し潤んだ瞳を俺に向けた。
「手、痛い」
「え?」
「少し緩めて」
「あ、ああ……」
いや、確かに強く握りしめていたことに間違いないのだけれど、……そこ?
俺は言われた通りに手を緩める。そして渚は口を開いた。
「私は楽とプールに来られてすごく嬉しいし、楽といるの楽しい。こうして遠出したのは初めてだったけど、その相手が楽でよかったと思ってる」
「……ほんとに?」
「うん」
渚の手が緩んだため、俺は手を半開きにした。すると、俺の指に渚の指が絡まり、強く握られた。
……は?
俺の思考は止まる。目をパチクリさせた。顔をあげて渚をガン見する。
「だから楽、私からもありがとう」
渚はそう言って、俺に優しい笑顔を向けた。
「……ああ。どういたしまして」
そう言うので精一杯だった。でもこんな会話、さっきもしたような気がする。
しかしまあ、体勢があまりにもカップルすぎる。本当に今更な感想を抱く。
これで付き合ってないとか嘘だろ。致命的なバグだ。
少しいざこざはあったものの、外のプールを心ゆくまで堪能した俺たちは、再び温泉プールに向かった。数時間ぶりのジェットはまじで身に沁みるほど気持ちよく、永遠にいたいと思うほどであった。永遠でなくとも、もう今日はここで過ごすだけでいいと思った。
___渚があれを言い出さなければ、の話だが。
「ねえ楽。せっかく来たんだし、ウォータースライダーに乗ろうよ」
「……」
俺が落胆の表情をしたのは言うまでもない。口が半開きになり、眉尻が下がった。
ただ。
「行こ!」
明るい渚の笑顔には、どうしても勝てなかった。俺はウォータースライダーに乗ることを決意し、彼女と中のプールを目指した。
激寒通路を通る時、渚は俺にしがみついてきた。体の中心が硬直してしまい、あまりにも気恥ずかしい。こればかりはどうしようもないし、身を捩ってなんとか耐えることしか出来ない。
これなんの試練なんだよ。ある種の拷問だ。生き地獄とも言えるか。
まあそんなことはどうでもいい。ウォータースライダーに乗るには、どうやら別途料金がかかるらしく、しかもその値段がある特定の時間以降安くなる、と看板に書いてあった。
俺は渚にそう説明すると、ニヒルな笑みを浮かべた。
「へえ、おもしれープールだ。でもその時間までまだ少し時間あるね……」
「おもしれー女、みたいに言うんじゃねぇよ。まあこの辺で駄弁って時間潰そうぜ」
渚は頷き、俺たちは世間話をして時間を潰した。
数分後、その料金が安くなる時間になると、たちまち受付は人でいっぱいになった。少し早めに並んでおいてよかったと思う瞬間である。
皆考えることは同じだな。
大きなウォータースライダーから流れてくる人たちを横目に、俺はチケットを購入して渚と並ぶ。かなり人が多い。
「人多いな……」
「午前中にウォータースライダー乗っておけばよかったね。失敗したな」
その意見は一理ある。まあ過ぎたことだ。どうこう言っても仕方がない。
並んでいるときにも、やはり女の子が多いということに気付く。
「ねえ渚」
「んー?」
「女の子同士で遊びに来てるの多いよね。……みんな百合カップルなのかな」
「それはない」
一刀両断された。最近は百合カップル多いって聞くんだけどな。そんなことを話しているうちに、階段の上の方まで上がっていた。
そこから見下げる景色には、なんとも言えないよさがあった。まるでバベルの塔に上った気分だ。いやどっちかというとム○カ大佐の気分だな。気を抜いたらあの台詞が口から漏れてしまいそうだ。
「楽見てよ! 人がゴ___」
「ばかやろおおおおお!!」
こいつなんてやつだ! 楽しそうな笑顔でとんでもねえこと言いやがって! 俺が自制した意味がなくなったじゃねーか!
でもまあ、渚が楽しそうに笑っていれば、それでいいか。
ウォータースライダーの順番が近くなり、俺は震えていた。
「楽、そんなに震えてどうしたの?」
「さ、寒い……」
そう。寒いのだ。並んでいる時間が長かったのも相まって、体が乾いてしまった。そのため、たまに水着から滴る水が、かなり冷たく感じる。
「私があっためてあげようか?」
「うん、お願いできる?」
俺は少しいじわるに笑った。案の定、彼女は驚いた様子だ。
「じょ、冗談に決まってるじゃん! 真に受けた?」
「冗談には冗談で返すべきだと思ってね」
「分かってたんだ。……楽のばか。恥ずかしいじゃん」
いまいち視界がはっきりしないが、顔を赤くしているような気がする。いやあ、恥ずかしそうにしている女の子も可愛いな。俺は一人満足げに頷いた。
それを見るやいなや、渚は俺の腕をばしばし叩いてきた。
「痛い」
「ばか」
「それはそうと、渚が前に乗るの?」
「あー、どうしようか」
このウォータースライダーは2人で乗るやつであり、浮き輪がかなり大きい。見る限り、女性が前に乗っているカップルが多い。
「なんかみんな前だから前に乗ろうかな」
「はいよ」
乗る位置を決めて一安心したところで、俺たちの順番がやってきた。係員さんの指示を受け、出発の準備を終えると、渚が後ろを向いた。
「叫び声うるさかったらごめんね」
「気にすんなよ。いつものことだ」
「そんなに私いつも叫んでるっけ……?」
よく敵に囲まれたときぎゃーぎゃーと喚いてるんだよなあ。
「それでは、行きますよー!」
係員さんが浮き輪を押し、俺たちは流された。
すげー、かなり面白い。こんなにスピードを感じられるとは。まあ2人乗りだし、そりゃスピードも出るわな。
トンネルに飲み込まれ、辺りが暗くなる。
水が顔にかかり、思わず一瞬目を閉じる。
徐々に視界が明るくなり、トンネルを抜け、急降下する。飛んでいる感覚に陥るが、それも一瞬だけだ。
再びトンネルに入り、うっすらと影が見えるぐらいになる。
だんだんと光が入り。
___そこは出口だった。
「っは……っ! ぷはっ……!」
思いっきり水を飲んでしまい、呼吸が乱れる。
ウォータースライダーを出た水溜まり場を俺はすぐに抜け出す。しかし、まだ渚はおぼつかない足で立っていた。
「渚? 大丈夫か?」
俺はそう言って彼女に向けて手を伸ばす。蜘蛛の糸に縋るかのように、渚は俺の手を掴んだ。
「うん、大丈夫。ありがと」
「おう」
渚を引っ張りあげ、俺はウォータースライダー待ちの男性に浮き輪を渡した。
「楽しかったね」などと言い合い、俺たちは荷物を置いた場所に向かう。無事に荷物を回収し、その中から眼鏡を取り出した。なんか久しぶりにかけた気がする。
渚が「そういえば」と話を振った。
「楽全然叫んでなかったでしょ。私ずっと叫んでたんだけど」
「俺こういうのに乗っても叫ぶことないんだよね」
「そんなことある?」
「あるんだなあこれが」
渚は不思議そうな顔をしている。叫ばない人だっているだろそりゃ。
俺は無理矢理話を変えた。
「まあいいや。ところで、これからどうする? もう出る?」
「うーん、そうだね。ウォータースライダー1回しか乗れてないのは残念だけど、もうすぐ閉館だもんね」
「それもそうだな。んじゃ、着替えに行きますか」
こうして俺たちは更衣室に向かい、着替えを済ませた。
1階のホールで落ち合い、どうせならとお土産を購入することにした。
とりあえず家族分だけでいいかな。……なんだか文句言われそうだけど、何も買っていかないよりはましだ。と信じたい。
お土産を買って駐車場に向かう。空を見ると、西の方に宵月が浮かんでいた。薄く赤みがかった空に夏の終わりを感じ、ほんの少しの寂しさを覚えた。
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