#6 うっさいバカ

 プリクラを撮った後、私と楽はゲーセンを出た。


「ほんとにどうしよっか?」

「うーむ……。とりあえず歩きながら考えようか」


 楽の発言に私は、「そうだね」と同意を示した。

 とりあえず歩いていれば、なにかやりたいことや行きたいところが見つかるかもしれない。

 私は今、楽と何をして、どんなところに行きたいのだろう。考えてみたが、いい案が思い浮かばない。


 今じゃなくてもいいのなら、行きたいところはある。ただ、私が行きたいと望むところは、カップルが多い場所だ。でも私と彼は親友なのだ。別に問題はないだろう。多分。


「お、ネットカフェだ。行く?」

「行かない」


 えー、と不満そうに言う楽。いやなんかさ。今じゃない感すごいじゃん? 分かってくれ楽。

 念が通じたのか、じゃあいいかー、と彼は諦めたみたいだ。


 私が行きたいところを言うタイミングは、きっと今だ。


「ねえ楽、少し相談いいかな?」

「全然いいよ。どしたの?」


 楽は私の方を見てそう言った。彼と目が合い、私はなぜか息が詰まるような感覚に陥った。


 心臓の鼓動がはっきりと聞こえてくる。

 どくん、どくんと、私の言葉を遮るかのように。


 そのせいで不自然な間が出来てしまった。


「……っ」

「渚……? どうした?」


 心配そうな目で、楽は私を見ている。

 ……落ち着け、私。

 一度深呼吸をする。そして楽の顔を見ないようにして、言葉を紡ぐ。


「あ、あのね、私……、私さ」

「うん」

「その、若いうちに、いろんなところに行きたいし、いっぱい遊びたいと思ってるんだ」

「前にも似たようなこと言ってたね」


 楽は前の私との会話を覚えていてくれたようだ。

 それだけで嬉しいと感じてしまう。


「うん。夏にはプールとか、冬にはスキーとかスノボーとか。いかにもって感じの遊びをしたいんだよね」

「ほう」

「だからその……、楽が嫌じゃなければ、今度、プールに行こうよ」


 結構大胆に誘ってしまったかな……。

 ちらりと楽の方を見ると、彼は顎に手を当てて考えていた。

 なんと言われるか分からない。楽は私と違って、貞操観念がわりときっちりしているから、もしかしたら一緒に行ってくれないかもしれない。

 沈黙が少し気まずく感じてしまい、私はその隙を縫うように言葉をまくしたてる。


「えと……、嫌なら別にいいよ……? ほら、ちょっと遠いかもだし、人多いし、水着も買わないといけな___」

「あ、や、その、別に嫌とかじゃない。なんなら楽しそうだし、普通に行きてぇなって思ってたけど」

「え」


 結構考えてる素振りしといて行き着く結論はそこなんかい。私の不安を返してくれよ。

 ふうっと、楽は一息ついた。


「まあ予定決めないとなんともいえないな。とりあえず行こうか、プール。俺もいろいろ調べとく。あ、行きたいところあったら言ってよ。渚の行きたいところに行こう」

「……うん。わかった。ありがとね」

「おう」


 良かった……。こいつほんとにフッ軽だなぁ。

 どこがいいかなぁ。プールなら私は、ここから南下したところに行きたい。


「それにしてもプールに行きたいだなんて、カップルみたいだな」


 彼は笑いながらそう言った。私の心臓が、その言葉にどくん、と強く鼓動する。そりゃそう思うか。私だってそう思うし。


「別に友達と行ったって変じゃないでしょ」

「変か変じゃないかでいえばそりゃ変ではないさ。ただ……。まあいいか」

「何さ」


 なぜか楽は黙ってしまった。言いにくいことなのだろうか。

 はやく言いなよと催促する。


「いやほんとになんでもない。大丈夫」

「ふーん? まあいいか」


 追及してもいいことだろうが、めんどうなので聞かないことにする。

 そうだ。楽と話してて思うことがいくつかあったんだ。それについていろいろ聞いてみよう。


「そういえば楽ってさ、自分のことあんまり話さないよね。どうして?」


 これは先週の花火大会のときからずっと疑問に思っていた。

 楽の話を聞いているよりも、私が自分のことを話してばかりだったからだ。私が彼自身のことについて聞いた記憶はない。

 楽はうーん、と唸っている。そんなに難しいことか?


「話しにくいなら無理して答えなくていいよ」

「いや、話すよ。急に話変わったから驚いただけ。……そうだなあ。単純に自分のことを話すのが苦手なんだよな」

「……そうなの?」


 意外だと思った。


「うん、まあ。自分のことって何を話したらいいのか分かんないんだよね。あと普通に話すのが下手。だから俺って、基本的に聞かれたことしか答えないんだ。……元カノにもそうやって怒られたなぁ」

「急に元カノ出てくるね。そんなに好きだったの?」


 これも聞いてみたかったことだ。私も結構元カレのこと話すけど。


「まあ4年付き合ってたからね。今の俺があるのはその子のおかげ。……っていうと少し大げさかもしれないけど、まあそんな感じかな」

「4年も付き合ってたんだ。すごいね……。でも、そんなに長く続いたのにどうして別れちゃったの……?」

「そうだなー……。かなり長く一緒に居たから、俺があの子に甘えすぎたってとこかな。少なくとも、別れた原因は俺にある。だからといっちゃあなんだが、今彼女が欲しいとかは全然思ってないな」

「そうなんだ……。全然知らなかった」

「まあ話してないからな」


 別れてしまった原因を事細かに聞くのはさすがにやめた。これは追及してはいけないことだと思ったし、なにより楽が恋人を欲していないことに、私も共感したからだ。

 楽は彼氏よりも友達、といった関係の方が接しやすいと感じているが、彼氏だったらかなりの優良物件な気がする。……いや別に楽と付き合いたいとか思ってるわけじゃないけれど。


 それにこいつは、かなり百合が好きなのだ。前に『俺を含めた世界中の男なんて滅びてしまえ。そしたら百合がたくさん咲くんだ!』とか言っていて、なんか酔狂な発言してんな、と呆れた記憶がある。

 楽の頭のおかしさには、さすがの私もドン引きだった。だというのに、今こうして彼の隣を歩いていても、不快感を微塵も感じないから不思議なもんだ。


 楽はぐーっと腕を上げて背伸びをし、大きく深呼吸した。


「ところでずっと歩きっぱなしだけどいいのか? 疲れてない?」

「大丈夫だよ。今日は普通に靴履いてきたしね」

「ならいいか」


 うん、と私はうなずいた。彼はこんな風に心配もしてくれる。適当なやつなのに、どうしてこうも私は______。


「ん? どしたの? 俺の顔になんかついてる?」

「え?」


 楽は顔をぺたぺたしている。


「いやなんかじーっと見てきてたから、なんかあんのかなって思って」

「い、いやぁ? な、な、何にもない、よ……」

「なんで自信なさげなの」


 ふはっと楽は笑った。私は見ていたという自覚がない。見ていた理由ははっきりとはわからないけれど、強いてあげるなら私は楽に見惚みとれてしまったのだろう。

 彼の横顔が、なんでか分からないけれど、とても魅力的に見えた。理由を探そうとしたってどうせ見つかる答えはない。そんな気がする。


 こいつには、得も言われぬ魅力がある。きっとそういうことだ。


 そんな変な事を考えてしまったから、私もふふっと笑った。

 隣を見ると、楽はなぜか顔を赤くしている。

 私はにやにやしながら尋ねる。


「楽、顔赤いけど、どうしたの?」

「……笑った顔可愛いなって思って」

「え」


 ふいっとそっぽを向く。急に照れるようなことを言われ、私の顔が熱くなる。

 不意にそういうことを言うから、本当に心臓によくない。心臓の鼓動が早くなり、破裂してしまうんじゃないかとまで思ってしまう。

 そういえば前も思ったんだけど、さてはこいつ人誑ひとたらしだな? 女だけでなく男からもウケが良いやつだろ。ゲーム友達からも楽の悪口を聞いた事なんてない。

 ……なんかだんだんと腹立ってきたぞ。 


「楽のバカ」

「おいなんでだよ」

「うっさいバカ」

「急にどうして俺はそんなに言われなきゃいけないの。悲しいよ」


 文句の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。……いや、よく考えたらバカって文句ではないな。むしろ罵詈ばり雑言ぞうごんの類い。よく考えなくても分かる。まあどうでもいいか。

 楽は手を目元に持っていき、泣いているかのように振る舞っている。悲しいなんて全然思ってないくせに。ほんとにこいつは……。


「バカ」

「だからなんで!?」


 彼は目を白黒させて困惑している。ふんっと私はそっぽを向いたが、笑いがこみ上げてきてしまった。


「ぷっ。……ふふっ」

「あははははっ!」


 2人で笑ってしまった。なんでかは分からない。けれど、私たちは笑った。おなかが捩れるほどには笑った。

 私は願わずにはいられなかった。


 こんな風に笑うことが出来る関係が、いつまでも続きますように。



 私が帰らなければいけない電車の時間が迫ってきた。明日からまた仕事だから、さすがにもう1本遅いのでは帰れない。1時間近く私たちは歩き回っていた。


「楽、そろそろ駅に行こう。電車間に合わなくなっちゃう」

「おっけー。俺もそう思ってたところだ」

「やるね」


 楽の顔に思いっきり「何言ってんだこいつ」と書かれている。私も思った。何言ってんだ私。まあいいか。

 私たちは並んで、喋りながら駅まで歩く。話している最中にふと思った。

 そういえば今日は手を繋いでない。楽がふらつくほど酔っていたわけではないし、私もそこまで酔っていたわけではないからだ。いやでも、もしかしたらほんのちょっとだけ、期待していたかもしれない。


 私ったら何を……!? 


  話している時に考えることではない。めちゃくちゃ動揺しちゃう。なるべく外には出さないように気をつける。

 ま、まあ私はあまり外には出さないことが出来るタイプの人間だし、大丈夫だ、うん。私が最強。楽が心を読めるとかあるわけがないし、バレないはず。マンガの読み過ぎだな。


 楽と話をしながらアホな思考をしていると、いつの間にか駅が目の前にあった。もう着いちゃったのか。早いね。

 とりあえず2人で改札を抜ける。私は手前のホームだが、楽は奥のホームだ。


「じゃあ、またね楽。今日は来てくれてありがとう」

「おう、いいってことよ。プールのことはまた近いうちに話そう」

「そうだね。いつ行くかとかも何にも決めてないしね」

「ま、要検討ですな。そんじゃね」

「うん! ばいばい、楽」


 おう、と楽は言って奥のホームへ向かっていった。彼の姿を見送ってから、私も階段を降りる。

 いやあ、それにしても今日の私なかなかやべえ女だったなあ。なんだか私が楽のこと好きみたいな感じになってしまったし。そんなことあるはずないと思っていたけれど……。実際どうなんだろう。

 私は階段を降りながらそんなことを考えてしまい、否応なしに心拍数が上昇するような感じがした。タンタンッと鳴り響く音がやけに耳に残り、鼓動とともに足のリズムも速くなる。思わず転びそうになってしまい、階段を降り終えてから私は息を整えた。


 ホームには既に電車が入っていて、発車するまで少し時間がある。何の気なしに奥のホームをのぞいてみると、楽が電車に乗り込む姿が見えた。


 なぜかどきっとする。なんだか悪いことをしている気がして、慌てて目を逸らす。

 でもやっぱり気になって、もう一度彼を見る。すると楽もまた、私を見ていた。遠目でも分かるくらい目が合う。

 でも目が合ったのは一瞬で、私も彼もすぐに顔を逸らしてしまった。

 

 心臓がばくばくしている。

 なんだこれ。なんだ、これ。

 ほんとに私楽のこと好きみたいじゃん……!

 そんなはず、ないのに……。 


 楽も私を見てた。もしかして……、なんて期待してしまう。……いや、都合の良い考えは良くない。私は知っているんだ。これで痛い目にも遭っている。

 突然携帯からメッセージの通知音が鳴り、私の体がびくっと震え上がる。差出人は案の定楽だった。


『今日は誘ってくれてありがとう。プール楽しみにしてる』


 思わず画面を見てにやけてしまう。私はすぐに返信する。

 メッセージのやりとりだけで、私の心は舞い上がる。彼はきっと、さっき目が合ったから送ろうと思ったんだろうけれど、それでも私は嬉しかった。

 私はもう一度楽の方を見る。さすがに彼はこちらを見ていなかったが、鼓動がどくんと跳ね上がる。楽から目を離し、手で顔を覆い、下を向く。手に伝わってくる暑さは、きっと夏の暑さのせいだけじゃない。


 ああ……、もうこれは、だめかもしれない。


 いつの間にか動き出していた電車の中で私は1人悶え、家の最寄り駅まで同じ姿勢のままだったことに気付かなかった。









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