#5 ありゃ、なくなっちゃった

『次は終点、××です。お降りのお客様は……』


 電車に車内アナウンスが流れる。

 俺は目を閉じ、深呼吸をする。イヤホンを通じて流れる音楽からは、甲高い声でボーカロイドが流れてくる。何年も前の曲だというのに、この曲は色褪せることを知らない。

 目を開け、首にかかったネックレスを見る。にもらったこのネックレスは、少し色褪せてしまった。

 俺の心にある思い出もいつかは色褪せてしまい、思い出すことも難しくなるのだろう。

 ……このネックレスじゃないものにすればよかったな。

 思考を飛ばしていると、電車は徐々に速度を落として、やがて停車した。この場所に来るのはあと何回だろうか。

 そんなことを思いながら、俺はホームに降り立った。



「さて、これからどうしようかな」

 着いたのはいいが、渚とろずはまだここにはいない。どうやら××駅周辺で遊んでいるわけではなく、少し距離があるところにいるらしかった。先ほど連絡があり、俺は『その辺でぶらついてるわ』と返した。

 俺は、先週行ったところではないところに行こうと思い、目的もなく適当に歩みを進めた。


 数十分歩いていると、本屋を見つけた。へー、ここって本屋とファストフード店が一緒になってるんだな。こっちの県では見たことがない。

 とりあえず中に入ることにして、適当に店内を見て回る。本屋に来るのは久しぶりだ。

 あ、百合漫画の新刊だ。そういえば昨日発売だったな。しかし、今荷物が増えるのはよくない。後日買いに行こうと決断する。


 きょろきょろと首を動かしてみると、近くにライトノベルが置いてあるコーナーがあった。俺はそこで、ある百合小説を見つけた。ほぼ毎日読んでいる小説で、カクヨムで読める素晴らしい作品。いつまでも百合百合していてくれと、読むたびに思う。

 1巻を初めて読んだときの衝撃は忘れられない。これ最高の百合じゃねぇか! と、盛り上がりすぎて部屋で悶えていたら、妹に「うるさい!」と怒られたぐらいだ。

 ふう。落ち着け俺。まだ慌てる時間じゃない。それにこの小説の3巻は冬じゃないか。それまで全力で読みまくる。何十周もできるんだ。

 その後も百合小説、その他諸々のライトノベルを漁っていると、いつの間にか集合時間が近くなっていた。

 俺は本屋を出た後コンビニに寄り、スナックチョコと水を買い、集合場所へ向かった。



 前とほぼ同じような場所にはベンチがある。俺はそこに腰をかけ、渚とろずを待っていた。

 数分後、こちらに向かってくる見覚えのある金髪の女の子と、背丈がほぼ同じ男の子が見えた。

 ろず小さいな。なんとなくそんな気はしていたが、実際に見るとまじで小さい。まあ別にどうでもいい。

 渚は俺に気付き、手を振ってきた。俺も手を振り返す。


「楽! やっほー!」

「やあ、渚、ろず。こんにちは。……こんばんは?」

「どっちでもいいわ。それよりさ、ヒロ。でかくね?」

「ねー。ろずちっちゃいもんねー」

「うるせ」


 仲良しなことでなにより。


「それよりどこで飲むの?」

「ここからちょっと歩いたところにある居酒屋だよ。串焼きが美味しいんだー」


 渚はそう言うと、俺の背中を押した。


「ほら行って行って」

「場所知らないんですがそれは」

「前歩きたくない」


 わがままか。だが、その気持ちはわかる。だから俺もそれに則り、ろずの背中を押す。


「というわけでろず。頼んだ」

「ふざけんな。ヒロも前来い」

「あ、はい」

「弱すぎだろ」


 そう言ってろずと渚は笑った。悪かったな。


「とりあえず早く行こうぜ」


 2人は頷き、俺たちは歩き出した。



 歩くこと20分。


「着いた! ここだよ」

「ほんとか? 今度こそ合ってる?」

「大丈夫だって!」


 本来10分ぐらいで着くはずの距離なのに、渚が方向音痴なせいで倍の時間がかかってしまった。予約はしてないから別にいいけれど。

 渚が方向音痴だったの忘れてたな……。すっかり失念していた。前に来た時も、渚は迷いながら進んでいた。俺の大学の友達か? あいつの方がおそらく程度はひどいと思うが。


「とりあえず入るか」


 俺はそう言って中に入ると、「いらっしゃいませー!」と大きな声が聞こえてきた。やっぱり居酒屋はこうでなくては。


「3名様でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「かしこまりました。席にご案内いたしますね」 


 可愛いお姉さんに案内され、俺たちは席に座った。そう。可愛いお姉さんだ。


「店員さん可愛いね。可愛い女の子すごく好きなんだよね」


 渚も俺と同じ事を思ったようだ。可愛いは世界を救う。


「いやまじで分かる。可愛い女の子たちがイチャついてるのは眼福だよね」

「ちょっとちがう」


 違うかー。百合はいいぞ。布教はするが、あまりしつこい布教はNGだ。

 すると、お店に入ってから黙っていたろずがようやく口を開いた。


「何頼む? とりあえず酒は確定だよね」

「そうだね。何にしようかな」

「飲み放題じゃなくていいの?」

「うん、そうだね、今日は別にいいかな」

「じゃあ俺レモンサワーで」

「それと串焼き20本のやつ頼もうか。私たちなら食べられるよ」


 20本って結構あるが、飽きたりしないかな。まあいいや。とりあえず俺は「おっけー」と肯定する。ろずも頷き、同意を示した。


「サラダもいい?」

「いいよ。ろずは食べたいの何かある?」

「餃子が食べたい」

「私も食べたいと思ってた」

「決まりだな。一旦注文するか」


 そう言って俺は店員さんを呼び、彼らが言った品物を伝えた。他愛もない会話をしながら注文した品を待つこと数分、飲み物がやってきた。

 今日の酒もうまそうだ。そもそも酒は美味しいが、なんだかいつもよりも美味しそうに見えた。まあでも一緒に居る人とかも関係するしな。きっとそういうことだ。知らんけど。


「じゃあ飲み物きたし、乾杯しよ!」

「そうだな。じゃあろず、よろしく」

「なんでオレ? ……まあいいか。そんじゃ、乾杯っ!」

「「乾杯ー!」」


 俺は一気に半分ほど飲む。さすがに一気飲みはしない。死んじゃう。

 例によって渚はほとんど飲んでいない。隣を見ると、ろずは俺と同じぐらい飲んでいた。少し心配になり、俺はろずに声をかける。


「ろずかなり飲むね。そんなにいって大丈夫そ?」

「たぶん。まあ死にはしないでしょ」

「二人とも早すぎ。もっとゆっくり飲みなよ」

「たしかに」


 渚は、俺とろずの飲み方に引いていた。

 俺は同意しつつ、ぐびぐびと酒を呷る。ありゃ、なくなっちゃった。


「おばかー!」


 うむ、間違いない。



 その後、俺たちの席にはぞくぞくと注文した品が届いた。

 もちろん、俺は酒も頼んだ。ろずも頼んでいた。渚は1回だけ。

 酒を飲めばそれだけトイレに行きたくなる。俺はトイレに行き、用を足す。

 酒で気分が高揚しているからなのか、トイレから帰ってくるときの周りの喧騒が心地よかった。


「おかえり。ちょっと私もトイレに行ってくるね」

「いってらー」


 俺とろずに荷物の監視を頼み、渚はトイレに向かった。

 ろずと二人きりになる。何を話せばいいのだろう。

 俺は基本的に自分から話を振ることが出来ないタイプの人間である。今日の会話だって、だいたい渚かろずが回してくれた。

 だからといって、沈黙がいやなわけではない。ただ、なんというか、少し気まずい。

 そんなことを思いながら酒に口をつけていると、ろずが「ねえ、ヒロ」と話しかけてきた。


「ん? 何?」

「あのさ、これからmichiruといっぱい遊んで、いっぱい会ってあげて」

「うん……? まあ別にいいけど……。どしたの急に」

「あいつさ、心に傷を負ってるんだ。結構酷くてさ……。あの時は壊れてるんじゃないかってくらいやばかったんだ」


 俺はその話を聞いてピンときた。先週渚と遊びに行く前に聞いていた話だ。その時聞いた話は、そこまで重い話ではなかったような気がする。


「彼氏と別れたときか」

「それじゃない。1年前ぐらいだったかな」

「初耳だけど」


 それもそのはずだ。当時の俺は、ろずはおろか渚のことも知らなかった。さらに言えば、ろずたちが遊んでいるゲームを休んでいた時期だった。知らなくて当然か。

 その間に一体何が。


「まあそのうち話すよ。michiruがいいって言うかは知らないけど。でもヒロは多分、聞いたこと誰にも話さないでしょ?」

「まあ話す相手いないしな。俺は適当だけど、ちゃんと自分の信念は持ってるよ」

「そっか。……あのさ、ヒロ。オレ、頻繁にこっちに来ることが出来るほど、近くに住んでないじゃん?」

「あぁ、うん。そうだな」

「だからと言っちゃあなんだが、なんつーか、オレが言うのも変だけど……、その、michiruのこと、頼みたい」


 ろずは俺の目を見て、そう言った。 

 なるほどね。俺が信頼されてるっぽいのは伝わってきた。俺は少し考え、ろずに伝える。


「わかった。俺に出来ることはあんまり多くないし、俺から誘うこと自体滅多にないけど、できるだけ善処はする。そもそも俺は、渚と今後いっぱい遊びたいとは思ってるんだ。ただ、1つだけ俺の中に破れな______」

「ただいまー」


 俺の言葉を遮り、渚が帰ってきた。


「おかえり」

「ん。何話してたの?」

「別に。世間話だよ」


 渚は納得したのか、ろずの言葉に「そっかー」と返事をして、串焼きに手を伸ばした。

 そんな光景を見ながら、俺はさっきろずから聞いたことを反芻していた。


『あの時は壊れてるんじゃないかってくらいやばかった』


 俺は当時、渚を知らなかったため、どのような振る舞いを彼女がしていたのかなんて知る由もないが、なんとなく想像は出来る。


 所謂いわゆる、病み。


 もちろん、こんなのは俺の経験からの推測にすぎず、実際にどうだったかなんてのは、その時渚の周りにいた人間しか知らないことだ。それに、俺の想像は基本的に過剰な事が多い。でもきっと、それほど遠くない想像だとは思う。多分。


 それにしても、病んでる人間が周りに被害を訴えるほど面倒なことはない。助けて欲しいのかなんなのかほんとに分からないし、なによりこちらに対してあたりが強くなる。

 何を言えばいいのか分からない。何を言って欲しいのかが分からない。間違った言葉を発してしまえば、そいつはまた病んでしまう。ひどいやつは欲しかったであろう言葉を発しても病む。無限ループだ。後者に関してはただただ理不尽なだけだろ。どうしろってんだよ。


 病んだ人間は放置するのが一番手っ取り早いことを俺は学んでいる。変に話を聞いたが最後、地獄とまではいかないが、面倒なことに巻き込まれ、自分すらも毒されて病んでしまう。


 元カノがそうだったのだ。病みやすいタイプの人だった。彼女の言葉をいかに肯定せず、かつ否定せず。なんて無理難題。……今にして思えば、俺かなりがんばってたんだな。すごいわ。天才か? いやそれはないな。



「______く! 楽ってば!」

「んぁ?」

「ずっと呼んでたのに返事もしないし、そんなに難しい顔してどうしたの? なにか悩み事?」

「……え?」


 顔を上げると、渚とろずが俺を見ていた。

 そんなに心配させるほど、俺の顔に異変があったのだろうか。


「いや……、大丈夫。うん、なんでもないよ」

「そう? ならいいけど……。なにかあったら話してね?」

「そうだぜヒロ」

「……ああ。2人ともありがとう」


 俺はそう彼らにお礼を言った。

 先ほどまでのことは、今考えることじゃないな。後日また考えよう。



 それから俺たちは、注文したものをすべて平らげ、お会計をした。もちろん俺の奢り。2人とも年下だからね。ちなみに、今日の俺はあまり酔っていない。


「奢られるつもりなかったのに……」

「いいんだって。今日の会計3人で割ると端数になるし。めんどいからいいよ」


 渚は納得がいかないのか、うーと唸っていたが、それも少しの間だけだった。


「わかった。ありがと」

「分かったならよろしい」


 ろずにもちゃんとお礼を言われた。親しき仲にも礼儀あり。これまじ大事。


 俺たちは店を出た後、ゲーセンに向かった。

 ろずはどうやらやりたい音ゲーがあるらしく、俺も渚もついて行く。

 ただ、実際やっているのを見ているだけでは面白くないため、俺と渚は暇を持て余していた。


「ねえ楽、私あれやりたい」


 そう言って彼女は、太鼓を叩くゲームに指を差した。もちろん俺は同意する。

 お金を入れて、選曲の画面になった。


「好きなの選んでいいよ」

「いいの?」

「いいよもちろん」

「ならそうだなぁ……。これでもいい?」


 渚はボーカロイドの曲を選ぶ。問題はないし、拒否する理由もない。


「うん。いいよ」


 そう答えると、渚は笑顔になった。やっぱりこの子は笑顔がいちばんだ。

 ……そもそも、俺は女の子の笑顔が好きなんだけど。

 そして、ゲームが始まり、俺と渚はリズムに乗って太鼓を叩く。うんうん、楽しいな。久しぶりにやったがなかなかうまいんじゃないか俺。

 画面に映る渚のコンボ数は壊滅状態。おもしろい。


「渚、コンボが……」

「うるさいなー! ばかー! またミスっちゃったよー!」


 わはははと笑ってしまった。ただ、ミスっても真剣にゲームに取り組む姿勢に、俺は感動した。何事にも真剣に打ち込める人は素敵だ。


「ねえ楽! もう一回しようよ!」

「いいよ全然」


 その後、俺たちはさらにもう1回追加で遊んだ。

 俺は今後も渚とこんな風に遊ぶことができるのだろうか。そんなことをふと考えてしまった。



 俺たちはゲームを終え、ろずのところに向かおうとしたら、ろずもこちらに向かって歩いてきているところだった。


「オレそろそろ帰らないと新幹線間に合わないかも」

「え、まじで?」

「うん。オレはもう帰るけど、2人はまだ遊んで帰る?」


 どうしようか、と渚と顔を見合わせる。帰るにも微妙な時間。

 俺はとりあえず、まだ帰るつもりはないことを2人に伝える。


「まだ帰るつもりはないけど……。渚は?」

「私もまだ帰る気分じゃないかな」

「そっか、分かった。じゃあ、オレは帰るわ。michiru、ヒロ、今日はありがとう」

「こちらこそありがとう、ろず。また遊ぼうね」

「また遊ぼうぜろず。気をつけて帰れよ」

「ああ。そんじゃ、ばいばい」


 こうして、渚と俺は彼を見送った。駅まで送るべきだっただろうか。……まあいいか。

 さて……。これからどうしようかな。


「楽、これからどうしようか?」


 渚も同じ事を考えていたらしい。そりゃそうだ、無計画だもん。

 俺たちは再び顔を見合わせる。


「そうだなぁ……。どこか行きたい所とかある?」


んー、と顎に手を当て考える渚。しかし、すぐに顔をぱっと上げた。


「そうだ。プリクラ撮ろうよ。前遊びに来たときにも撮ろうかと思ってたんだけど、忘れちゃってた」


 なるほど、ありだな。やることもやりたいこともないしちょうどいい。


「おっけー。じゃあとりあえず行きますか」

「うん、行こ行こー」


 そうして、俺と渚はゲーセンでプリクラを撮った。


 形に残る思い出がひとつ増え、俺の財布が数ミリグラム重くなった。





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