#4 ……出してないよね?

 じりりりりり。じりりりりり。


「っせぇな……」


 アラームがけたたましく鳴った。

 目を少し開けて携帯を見る。


「8時かぁ。……8時?」


 意識が覚醒する。バイトに間に合わなくなる。

 俺はガバッと体を起こし、着替えをたんすの中から引っ張り出す。

 軽めの朝食を取り、バイト先へ向かう。自転車で5分程度だ。

 事務室に入ると、店長が仕事をしていた。


「おはようございます」

「おはよう白川しらかわ君。今日もよろしくね」

「はい、お願いします」


 バイトの制服に着替え、仕事に取り掛かる。

 昨日、渚と花火を見に行き、終電で帰ってきてから寝るまでの時間が、あまりにも短かった記憶はある。風呂ちゃんと入ったっけ?

 まあきっと大丈夫だろう。俺は適当だが、そういうところはきっちりしているのだ。


 バイト中、渚のことが頭にチラつく。

 浴衣可愛かったなとか、金髪似合ってたなとか、手は柔らかかったなとか。そんなことばかり思い浮かび、どうもほわほわした気分が抜けなかった。

 集中しろ、俺。時給に見合った仕事をするんだ。

 自分にそう言い聞かせ、その後の仕事に打ち込んだ。



「白川君、休憩どうぞ。今日はロングだから30分ね」

「はい。ありがとうございます。では休憩いただきますね」

「はーい」


 パートのひがしさん、とうさんに休憩することを伝え、俺は休憩に入った。

 今日はまだ一度も開いていないスマホを開き、通知を確認する。あ、渚からメッセージ届いてる。


『おはよー楽。昨日はちゃんと寝れた?』


 お母さん……?

 なんかおもしろいな。なんでだろう。渚のほうが子供っぽかったからかもしれない。

 まあ実際、あの子は子供だ(別に子供ではない)。


 ご飯を食べながら、他の人からもきていたメッセージを読み、適当に返信する。

 SNSアプリを開き、つぶやきを流し読みしていると、渚の投稿が目に入った。


 昨日の俺と渚のツーショットだ。


 そういやSNSにあげてもいいか聞かれたな……。酔ってる時に聞かれたからなのか、うろ覚えではあるが。

 俺は基本的に自分のことを自分から晒すことはあまりしない。ネットリテラシーの面から考えれば当然のことではある。俺のことを晒したところで誰も得なんてしないし、晒す意味も感じない。

 渚は結構自撮りとかあげるタイプだから、2人で撮った写真をあげられたところでどうにもならない。ただの平々凡々なやつが渚の隣に映るだけだ。


 にしても、『いいなー!』とか『よかったね!』とか、画面の向こうでは真顔で言ってそうなリプにもちゃんと返信しているあたり、渚はやはり人が良い。

 おや、『隣誰?』と聞いているリプがあるな。他にも似たようなリプライがあり、思わず鼻で笑ってしまった。昨日渚と花火を見に行ったのは俺だよ! 行けなくて残念だったな!

 本当にネットの男の嫉妬は気持ちが悪い。滅びないかな。


「やべ、休憩終わりだ」


 SNSをずっと見ていたからか、いつの間にか30分経っていた。アウトだな。

 俺は急いで事務室を出た。



「それでは、お先に失礼します」

「はーい。お疲れ様ね、白川君。またお願いしますね」

「はい」


 東野さんと交代した永井さん、一度帰ってから戻ってきた店長とそんな会話をして、俺はようやくバイトを終えた。

 今日は日曜日のため、来客が少なかった。簡単にいえばめちゃくちゃ暇だった。

 家に着き、すぐ風呂に入る。暇だったとはいえ、フライヤーをそれなりに揚げたため、結構匂いがついてしまっていた。前に一度、親に「油くさい」と言われたときがあり、自分で嗅いでみたら本当に油の匂いがひどかった。あれはさすがにびっくりした。


 風呂に入ること15分。上がって少し早めの夕飯を家族で食べる。早く一人暮らしをしておきたいが、大学に通ってる間は実家住みだ。親の方針。

 もちろん大学を卒業したら一人暮らしをするつもりだ。親の方針。

 しかし、親の方針でなくとも、俺自身一人暮らしをしたいと考えている。結婚とか誰かと同棲することはあまり考えていない。


まこと。ご飯食べてるときに携帯見るのやめなさい」

「あい」


 弟の誠がそう母に注意された。これ何回目だろう。

 俺も何度もくだらんことで怒られたくないなぁ。

 そう思いつつ、箸を進めた。



 今日の洗い物担当は俺なので、さくさくと食器を洗う。自動洗浄機とかいう便利な物はうちにはないため、くそ寒い冬でも手洗いである。別にどうでもいい。しかも今夏だし。

 仕事は仕事だし、ケチをつけるつもりはない。ケチつけるとめんどうなことにもなりかねない。

 鼻歌を歌いながら、俺はカチャカチャと洗い物を進める。


「い……まし……げんね、楽」

「え? 何?」

「なんでもないわよ」


 なんて言ったか聞こえなかったんだけど。

 まあどうせ文句でも言ったんだろ。めんどくさい。

 ただ普通に洗い物して、鼻歌を歌ってるだけなのに、なぜ文句ばかり言われないといけないのか。腹が立つ。

 食器を洗い終わった俺は、自分の部屋に向かった。


 電気をけて、部屋を明るくする。スマホを立ち上げ、通話アプリを開く。

 お、渚の通話ルームにいっぱい人が居る。とりあえず入ることにした。


『あ、ヒロさんだ』

『ヒロー。こんばんわ』

『やっほー』


 誰かわからん声もしているが、とりあえず渚はあいさつをしてくれた。いや別にあいさつしなかったからなんかある、とかではないけれど。


「うっす。お疲れー。みんな何してんのー?」

『ゲームしてるよ。ヒロもやる?』

『ヒロさん来てー。俺疲れたから交代してよ』

「いいよ。今インする」

『ヒロって誰? 俺の知ってる人?』

『昨日私と花火見に行った人だよ。写真見たでしょ?』

『あーね』


 渚は質問攻めにあっている。

 こういうの一番だるい。黙っとこ。

 初めましてのあいさつないやつ本当にどうかしてる。それは俺もだな。まあいいや。

 質問攻めが終わってから渚はみんなと駄弁っているし、そこに割って入ることはめんどうだからしない。俺に話の矛先が向くのをしばらく待つ。


『ヒロー、早くしてよー』

「もうインしてる」

『え! 言ってよもー』


 こうして今日もまたみんなでゲームをし、時間が過ぎていった。



 時計が午後23時を回った頃。

 いつにも増して人が多い。その理由は至ってシンプルで、俺含めほとんどが学生であり、夏休み真っ只中だからである。ちなみに渚は社会人。


『私明日仕事だから落ちるねー』

「おつー。おやすみ」


 みんなからもそう言われ、渚は抜けていった。大変だな社会人……。


『で、ヒロさんや。実際どうだったの?』

「は? なんのこと?」


 まじで何?


『昨日michiruと花火行って、なんかなかったの?』

『俺もそれ聞きたいわ』


 なるほどね、そういうことか。やっぱみんなゴシップって好きなんだなあ。

 まあ別に隠すようなことではないし、とりあえず端的に話すことにした。


「手繋いだぐらいか……?」

『『『はあああああ!?』』』

「え、何。そんなに驚く? なんか変なこと言った?」


 言った後に気付く。

 異性の友達と手を繋ぐのって普通じゃないわ……! 渚のパーソナルスペースがなさ過ぎて、すっかり忘れていた。くッ、失敗した……!

 

『おいおいおいおいヒロさんよお。それはさすがに手が早くないかー?』

『そうだぞー! 俺なんて女の子と手繋いだことすらないのに……』

「いや、俺酔ってたからさ、ふらふらしててそれで……」

『ヒロまじかー。手出すの早すぎだろー』

「ちげーよ!」


 さすがに手は出していない。……出してないよね? 少し心配になってきた。いや大丈夫だと信じよう。

 結構こういう話は楽しくはあるが、話の流れとかを相手に持って行かれると面倒なことにしかならない。しかもそれなりに人が居る場面では本当に面倒くさい。

 俺は、昨日あった出来事の詳細を話さざるを得ず、それなりに長い時間拘束されることになってしまった。



 時の流れは早い。

 花火を見に行ってから、もう1週間が過ぎた。

 俺、やっぱり歳取ったんだなぁ……。ほんとに最近、時間経過が早すぎる。ジャネーの法則、おそるべし。高校3年生からそう感じることが多かったが、ここ最近は本当に早い。

 どっかの誰かも歳取った、とか言ってたなそういえば。

 あれから、ゲーム仲間と夜にゲームをしたり、話しながら酒を飲んだりして過ごしていた。

 今日も例に漏れず、いつものようにゲームをしていた。そろそろ落ちようと考えていた時、渚からこう言われた。


『あ、そうだヒロ』

「ん?」

『明日さ、ろずと飲みにいくんだけど来る?』

「はい?」


 ろずとは、ゲーム仲間の1人である。花火大会の時は遠いとかなんとか言っていた。彼の本名は知らない。ちなみに今、ろずはこの場にはいない。


『ろずがこっちに来て、一緒に遊ぶんだよね。どうせならヒロも一緒にって思ったんだけど、どうかな?』

「それ、ろずはなんて言ってるの? まず俺行っていいのかそれ」

『いいって言ってたよー』


 いいのかよ。ろずは広い心をお持ちだ。

 俺には負けるけどな。

 自己肯定感爆上げで生きていく俺。そんな日もある。


「とりあえず親に言っとく。たぶんいけると思う」

『おっけー。時間とかはどうする?』

「前と同じでいいかな。場所も一緒だと分かりやすいな」

『うん、了解。じゃあ私は落ちようかな。みんなおやすみ』


 それぞれおやすみ、お疲れなどと言って渚は落ちていった。ついでにこのまま解散するらしい。ルーム主落ちると全員落ちる流れ、よくあるよね。

 みんなにおやすみを告げ、解散した。


 翌日。

 朝ごはんを食べながら、母に今日××市に行きたい旨を伝えると、すんなり了承してくれた。意外とあっさりしてて逆に怖いまである。

「え、いいの?」と反射的に返してしまった。


「だってずっと家に居るんだもの。遊びに行くのだって問題ないし、むしろ遊びに行かないから友達いないのかなって心配してたぐらいよ」


 うふふ、という母。友達はいる。けれどまあ、確かに誰とも遊びに行かないひきこもりくそニートだ。去年からずっとそう。母にも弟にも言われていた。まあどうでもいい。

 朝ごはんを食べ終わり、俺はバイトに向かった。

 バイト自体はお昼に終わる予定だ。



「ただいま。シャワー浴びていい?」

「おかえり。いいよー」


 バイトが終わって家に着き、一応母に許可を取ってから、シャワーを浴びに向かう。

 今日も今日とて汗とともに下心も流しておく。そもそも今日は2人で、というわけではないから間違いなんて起きるはずもない。しかし、俺は念入りに身体を洗った。

 昨日、ろずに今日一緒に飲むことを伝えたところ、もう聞いたと言っていた。なんなら一緒に飲みたかったらしい。ほっと一安心。


 家を出る時間になり、俺は母に頼んで駅まで送ってもらった。


「帰ってくるとき連絡してね。じゃあいってらっしゃい」

「わーったよ。いってくる。ありがと」


 車を降りるときにお礼を言う。

 感謝の気持ちは忘れない。まじでこれ大事。

 数分待っていると、駅に××市行きの電車が入ってきた。

 俺は嬉々とした面持ちで、電車に乗りこんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る