#3 感想があまりにも適当

「楽、私と友達になってよ」


 私はそう楽に伝えた。

 伝えたのに。


「……」


 黙っている。そんなに変なこといったかな。

 とりあえず、なんか言いなよ、と促してみる。


「いや……」


 なんだか歯切れが悪い。いつもこんな感じだっただろうか。言いたいことあるなら言いなさいよ。


「渚のことはもう既に友達だと思ってるんだよな」

「え」

「え、いやだってさ、あんだけ酒一緒に飲んでたり、今日も会ったりしてるんだぜ? これで友達じゃないってほうがおかしくね?」


 そうじゃない感がすごい。なんというか、意図が伝わっていない。


「そういうんじゃなくて……。なんて言えばいいかな、ずっと遊んでくれる友達っていうかさ」

「別にいつだって遊ぶし、俺は基本的に誘われれば遊びにいくよ。もちろん、予定あったらさすがに無理だけどね。でもさ、俺結構こんなふうに遊びてぇなって思ってるんだよ」

「ってことは……」

「友達より深い関係になればいいでしょ。親友とかさ」


 そう言って楽はワインをがぶ飲みした。

 少し意図は違うけど……親友、か……。そういった類の関係は今まで築いたことはない。彼氏とも違うし、ただの友達とも違う……。


 やっぱり私は______。


「じゃあさ、楽、私と親友になってよ」

「いいよ全然。ま、なってよって言われてなるもんじゃないけどな」


 そう言って彼はくすくす笑った。私もそうだね、と笑って返した。



 時刻は19時半。花火が打ち上がる時間だ。


「さあそろそろ始まりますぞー! 渚殿、どうなると予想いたしますかな!?」

「……はい?」


 ずい、とエアーマイクを私の前に置いて、楽はにこにこしている。こいつ酔ってんじゃん!

 そう思ってワインを見ると、中身が全てなくなっていた。飲むの早すぎじゃない?

 私はそんなに酔ってないし、なんなら酔いが覚めてるまである。チューハイ1缶、それと半分も飲んでいない梅酒だけだし、それはそうだけれど。

 そう思っていたら、ドン! と大きな音がした。花火が上がり始めたのだ。


「ここじゃあんま見えないけどいい?」

「移動してもあんま変わらんしな。いいよここで」


 周りからもおーという声や拍手が聞こえる。

 木に視界を遮られ、花火が少し見にくく感じる。これなら、有料席のところとっておけばよかったな。


「有料席にすりゃよかったなぁ。ちゃんとみたい」

「私も思ってた。だけど、ここでもいいよ」

「そう? ならいっか」


 楽も同じことを考えていたようだ。彼はずっと花火を見続けている。何も考えてなさそうな顔をしながら。


 実際のところ、私は彼の考えや感じていることがさっぱり分からない。適当なことを言ってるかと思えば、意外と核心をつく発言をしたり、「そんな日もある」とか「そんなときもある」とか言って、その場から逃げることもある。


 今日はそんなことがない……なんてことはない。会話を回してるときだって、そう発言することがあった。楽以上に適当な人間に会ったことはないし、きっと会うこともないとは思う。


「なあ渚よ。花火は炎色反応を利用しているんだぜ」

「ん? 何? どういうこと?」

「あれは紅色だからストロンチウムが含まれているな。青緑は……バリウムだな!」

「やめろーーーーー!!!!!」


 こいつ、酔って理系発言し始めやがった!

 ちょっとしんみりした雰囲気が台無しじゃねぇか! ふざけてんのか!


 それでも、楽と見た花火は、あまりにもキレイで泣きそうになってしまった。




「いやー、炎色反応についてちゃんと復習できたよー。うれしいかぎりだわ」

「まだ言ってる……」


 花火が打ち終わり、楽はなんだか満足そうにしている。理科大好きかよ。

 いくか、と楽は立ち上がったが、フラッと姿勢を崩してしまっていた。危なっかしいなぁもう。

 ワインを飲み終わったあと、私が買ってきた梅酒を半分ほど飲んだからなのか、結構酔いが回っているようだ。結局私はあまり飲んでいない。まあいいか。


「ちょっと楽。大丈夫?」

「んー? まあだいじょうぶっしょーしらんけど」


 あははと笑いながらフラフラしている。ほんとにもう……。


「……手繋ごうか?」

「ちょっとあぶないかもしれないからおねがいしてもいい?」

「仕方ないなぁ。コンビニに行って水買おうか」

「わかったー」


 そして私は、楽と手を繋ぎ始めた。

 周りにもカップルはいるし、別に異性の友達と手を繋ぐことに抵抗があるわけでもない。


 今まで彼氏はいたことあるし、手だって繋いだことくらいはある。しかし、なんというか、楽が相手だと謎に安心感がある。ここにいるって、手を介して伝えてくれてるような。そんな感じがする。

 実際どうなのかなんて知らないし、私が勝手に思っているだけだけど。


「それにしても、女の子の手ってやっぱり小さいなあ」

「感想があまりにも適当」

「あとやわらかい」

「そりゃそうだよ」


 まあたしかに男の人と比べたら絶対にやわらかい。楽の手はごつごつしてて、結構大きい。ちゃんと男なんだ、と実感する。そんなことを思ったからか、自分から提案したくせに急に気恥しくなった。


「それと、今日言おうと思ってたことあったんだった」

「ん? 何?」

「浴衣似合ってる。可愛い」


 え、何急に。……照れるんだけど。


「……あ、ありが、と」


 繋がった手の先にある横顔は、満足そうににこにこしている。

 顔が熱い気がする。コンビニ早く着いて。



「ちょっとトイレ行ってくる」

「あ、私も行く」


 コンビニに着き、トイレに続く列に並ぶ。女子トイレってほんとに混むんだよね。辛い。

 男子トイレ人いなくて楽だわー、とふざけたことをぬかす楽を横目に、私は今日という日を振り返っていた。

 楽にはなぜか、色々なことを話せる。そういう人がいるっていうのは分かっていたのだが、不思議な感じがする。

 というより、自分のことをこんなにスラスラと話せたことは今までなく、話せたとしてもちょっと重い雰囲気になりがちだった。話の内容重いからそれはそうなのだけれど。


 だけど、ひとつ思ったことはあった。

 それは______。


「渚、水いる?」

「え?」

「いやだから、水、いる?」

「あ、うん、欲しいかも」


 楽は「ん」と言ってレジに向かっていった。

 思考中に声をかけられたから、少し変な返事をしてしまった。思考遮られちゃった。まあ、いいか。

 その後、やっと順番が回ってきたため、用を足した。浴衣だとしにくいな。


「んじゃあ駅まで行くかー。するめたべる?」


 コンビニを出てすぐ、楽はそんなことを言い出した。そういえばするめも卵もまだ開けていない。するめは食べ歩きしても問題ないが、卵は帰ってからじゃないと食べられない。


「食べたい。ちょーだい」

「ん。口開けて」

「んぁ?」


 するめを口に入れられた。いやうまいけど。

 口を動かしてなんとか食べようとするが、うまく飲み込めない。よく噛まないといけないからね。仕方ないね。


「んあい。ありあお」

「俺が作ってるんだ当然だろう。はい、もう一本」

「まああえてない」


 口にものを含んだ状態だと何を言ってるかわからないから、飲み込ませてから食べさせてほしい。

 というよりこれは、なんというか餌付けされてる気分だ。楽はどんな思いでこれを……、いやどうせ適当だしその場のノリだろう。酔ってるし。


 歩いている間にするめも食べ終わり、駅にも着いた。電車までまだ時間はあるが、駅前にいる妹を探さなければいけない。駅に歩いている途中で連絡があったからだ。


「渚、妹見つかった?」

「見つからないやー。どこにいるんだろうあの子」


 とりあえずチャットアプリで聞いてみる。


『どこにいるの? 見つからない』

『もう見つけた』


 早すぎる。まだ私見つけてないんだけど。きょろきょろと首を動かしてみるが、どこにもいない気がする。


「お姉ちゃん」

「うぉぉう!?」

「うぉっ!?」

「……2人とも驚きすぎでは?」


 私につられて楽も驚いたようだ。かなりビビったみたい。おもろ。


「どうもこんばんわ。渚の……友達? でございます」

「はぁ、どうも」

「じゃあ今日はここで解散だな。じゃあな渚、また遊ぼうぜ」


 そう言って楽は、私の返事を待たずに駅の構内へ歩いていった。せめてまたね、ぐらいは言おうと思っていたのに。


「お姉ちゃん、いっちゃったけどいいの?」

「まあ大丈夫でしょ。それにあいつは適当だから」


 ふっと少し微笑んだ私に、妹は眉間に皺を寄せ、何言ってんだこいつ、みたいな目で見られた。そんなに私変なこと言ったかな?


 その後、私たちもホームに向かい、電車に乗った。携帯でSNSを見ていると、楽からのメッセージで『いつでも誘ってくれていいからな』と言われた。私は、『ありがとう』と返信した。それにしても、こいつほんとにフッ軽だな。


 家に着くと、どっと疲労感が襲ってきた。とりあえず浴衣を脱いで、お風呂に直行する。

 金色に染めた髪を丁寧に洗い、汗を流す。ついでに、今日まで染み付いていた元カレのことも洗い流す。

 別れてからも頭にしがみついて剥がれない、鬱陶しい存在。あー嫌な気分になってきたな。

 体を洗い終わり、湯船に浸かる。


 なんだかんだ言って、私はあいつのことがちゃんと好きだった。今はもうそんなことは……ない、はず。

 大丈夫、大丈夫……。

 ぱちん、と両手で頬をたたき、自分を奮い立たせる。うん、私は大丈夫。


 もし彼に私の過去を話すことになったら、私はうまく話すことはできるのだろうか。彼は私の過去を聞いてどう思うだろうか。嫌悪感を抱くのか、はたまた失望するのか。それとも、何も思わないのだろうか。……共感、してくれるだろうか。

 彼のことだから、私が傷つくことを言ったりはしないはずだが……。


 私は、まだ彼のことを何も知らない。好きな食べ物も。彼の過去も。

 いつか、彼の過去も聞いてみたい。話してくれたりするのかな。


 ずぶずぶと奥深くまで沈んでいく思考とともに、私の体も湯船に沈んでいった。


 お風呂から上がり、SNSに今日撮った写真をアップロードする。楽に許可は取ってある。

 フォロワーからは『いいなー!』とか、『よかったね!』などと言われ、少しだけ優越感に浸る。まあ実質デートみたいなもんだったしね。……デート?


 あれ? 私、楽のことデートに誘ってたの? まずデートの定義ってなんだっけ? うーん? まあいいか。


 なんにしたって、私は今日という日を忘れることはない。

 友達でも、恋人でもない、親友が出来た。

 私の意図とは少しズレていたけれど。

 それでも、大切なものが出来たんだ。


 そんなことを思いながら、私は来ていた数件のリプライに返信した。


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