#2 おっとこれはこれは

 店を出てすぐ、渚はあほなことを言い出した。


「飲みたい」

「歩きながら飲もうとすんな」

「なんかお母さんみたい。変なの」


 くすくすと渚は笑う。誰がお母さんだ。


「そんな子に育てた覚えはありませんなぁ」

「育てられた記憶もありませんなぁ」


 実にくだらない。けど、最高に楽しい。

 とりあえず、歩き飲みはすんな。



 会場まで歩く最中は、渚が会話を回してくれていた。


「そういえば楽はさ、今までネットで知り合った人と会ったことはあるの?」

「いや、渚が初めてだな。1回会おうとしたことはあるんだけど、会えなかったんだ」

「そうなんだね。てことは私は楽の初めてをもらったってことなのかー」

「誤解を生む発言すんな」


 こいつ俺より頭おかしいんか?

 そう思わざるを得ない。まあこいつあほだしなぁ……。仕方ないな。

 そんな会話をしながら約30分ほど。

 ようやく会場についた。


「結構距離あったな」

「そうだね……」

「渚、大丈夫? ちょっと休もうか?」


 少し渚が辛そうにしていたため、俺はそう提案した。


「ううん、大丈夫だよ。早くいかないと花火見れなくなっちゃうかも」

「そうだな。大丈夫ならいくか」


 花火が始まる2時間前は、屋台に並ぶ人の数が尋常ではない上、もう既に場所を取られていることが多い。もちろん俺たちも例に漏れず、なにかを買うために屋台に並ぶため、場所を取るのはその後になる。つまり、花火がよく見えない場所になる可能性が高いのだ。

 俺は渚に尋ねる。


「とりあえず、何か食べたいものある?」

「うーん……焼き鳥とか焼きそばが食べたいな。楽は?」

「俺もそんな感じ」

「わかった。じゃあ屋台のほうに行こう」



 やってきました屋台がある広場。あのさ、人多いて。まじで。ばかじゃねぇの? これどこに並んでんの?


「……えぐくね?」

「えぐいね」


 小学生みたいな感想しか浮かばなかった。大学生たのむよまじで。

 焼き鳥、焼きそばが売っている屋台を見つけた俺は渚に声をかける。


「とりあえずこの屋台目指して並ぼう。列は……あ、あれっぽいな」

「そうっぽいね。いこう」


 列に並んでから数分後。

 俺は渚が未だに酒に口をつけていることに気付いた。


「渚さん、飲むの遅すぎません……?」

「まだ半分しか飲んでない」


 てへへと笑う彼女。……まあいいか。

 可愛いと思ったのは秘密だ。

 俺も並びながら飲もうかと思い、缶チューハイを開ける。カシュッといい音がなり、ぐびぐびと一気に煽る。


「楽、飲むの早くない?」

「うまいから仕方ない」

「うー、私も飲むもん……」

「もうそれ冷えてねぇだろ」


 ばか。



 あと10組ほどで俺たちの順番になるところまできた。既にわりと疲労困憊。しゃべるのは楽しいからいいけどね。

 俺は何を食べようかと悩んでいると、


「あれ、渚じゃん」

「……え? あ、香苗!」

「今日は誰と……? 誰?」

「あ、ええと、友達と!」


 あー、これ気まずいパターンね。

 俺はぺこりと頭下げて、コーヒーを飲む。にっが。というよりまっず。


「ふーん……? そっかそっかー。あ、これ並んでるの焼きそばと焼き鳥のやつだよね?」

「うん、そうだよ」

「ならさ、私らの分も買ってきてくれないかな? 焼きそば4つと4本入の焼き鳥」

「あ、うん。大丈夫だよ。あとで連絡すればいい?」

「そうしてもらえると助かるー。じゃあよろしくねー」


 そういって彼女たちは去っていった。すっげー陽キャ。キャピキャピしてるなぁ……。

 そんなことを思っていると、渚に裾を引っ張られ、耳元に口を寄せ小声でこう言った。


「私、あの子と縁切ろうと思ってるんだ」


 おっとこれはこれは衝撃の事実。


「まじ?」

「まじ。……悪い子じゃないんだけどね」


 それを言うやつに、俺の言うべきことは決まっている。


「ま、いんじゃない?」

「え?」

「結局そいつがいい人間かどうかなんてわりとどうでもよかったりするんだ。そりゃめちゃくちゃ悪い子ではないだろうとは思うけど、そいつと関わるべきか否かっていうのは違う話。だから別に縁を切ろうとしていいんだよ」


 まあこれは漫画の受け売りだけどね。

 でも、俺はこの考えはかなり理にかなっていると思っている。

 事実、人間には多かれ少なかれいい面、悪い面は存在するが、果たして一瞬のいい面、一時のいい面ばかりに目を向けて関わりを持つのは、いいことなのだろうか、と。自分が関わっていて辛くない人間関係を選択するのが大事だと思っている。

 俺の考えが正しいとは思っちゃいないが、それでも渚に俺の考えを知って欲しいと思った。


「……」

「……」


 あれぇ……? 沈黙されたらそれはそれで困りますが……。

 渚は手を口元に持っていき、何かを考えているようだった。


「なるほどね」


 どのくらいの沈黙だったか分からないが、渚は納得したのかしてないのか、少し難しい顔をしてそう言った。俺はなんと返せばいいかなと考えていると、渚は急に顔を明るくさせ、話題を変えた。


「楽、もう少しで列終わるよ!」

「お、え、うん」

「ようやくだねぇ。私ねぎま食べたい」

「好きに選んでください」

「わかったー。いっぱい食べる」


 買い物を終えた俺たちは、とりあえず渚の友達にブツを渡した。ちゃんとお礼言われた。かなえとやらにはお礼を言われてない気がする。知らんけど。まあどうでもいい。

 渡した後、その辺をぷらぷら歩いて座れる場所を探したが、いい感じのところがなく、花火が少しだけ見える芝生に座り込んだ。

 とりあえず買ったものを食べようと2人で焼きそばと焼き鳥を食べる。


「うまっ。少し冷えてるけど」

「そんなもんよ。にしても焼きそばなんて久しぶりに食べたな」

「私も。お酒飲もうかな」


 そう言って渚は袋から梅酒を取り出した。俺も飲もうと思い、ワインを引っ張り出す。

 渚はかなり少なめに飲んでいるのがわかるほどちびちび飲んでいる。

 俺はワインをそのまま飲み始めた。


「普通ラッパ飲みしないんだけどね」

「え、そうなの? 初知りだわ」

「楽ってめっちゃ変人だよね。それに適当だし」

「俺以上に適当な人間はその辺にいっぱいいるよ」

「それもそうだね。あ、それ飲ませて」

「ん」


 ものをよこせと言われたらやる。あげるのが嫌なやつとかあげるのに値しない人にはやらないけど。

 渚は美味しい、といってワインを返した。間接キスとかなんとかのはあるが、俺は気にしないタイプである。


「花火もうすぐだねぇ」

「そうだなぁ」


 それにしても。

 渚はパーソナルスペースが存在しない。いや正確にはほとんどない、というのが正しい気がする。あまりにも近付きすぎている。普通に腕絡ませてくるし、手に触ってくるし、回し飲みはするし、まあとにかく危なっかしい。俺の事をただの友達と思っているのは嬉しい限り。

 おそらく最後の線引きはあるんだろうとは予想している。実際どうなのかは彼女にしか分からないことではあるが。


「ねぇ楽。ちょっと私の話をしてもいいかな?」


 考え事をしていた俺に渚はそう声をかけた。

 花火が打ち上がるまで時間はある。俺は肯定した。


「もちろん。どうした?」


 彼女が話すことにある程度の予想はつけている。だが、俺はそれを聞くだけだ。


「私さ、あんまり友達という友達がいなくてさ。彼氏とも3ヶ月前に別れちゃったんだよね。だから私最近ずっと思うんだ。友達がほしいって。楽みたいな友達が」


 大方予想通り。というより事前の情報がなければ対処出来るような話でない。

 俺はうん、と頷き、ついでに聞いておく。


「彼氏のことは、今でも好きだったりする?」

「……どうだろ。でも……うん、すごく好きだった。ほんとに好きだったなぁ……」


 俺は渚が喪失感に襲われているのだと思った。俺も彼女と別れて半年ほど引きずった。ほんとにもう違うんだ、と自覚したのは彼女から彼氏が出来たと聞いた時だった。……まじで辛いんだけど。


「そっか。まあ俺もその気持ちはわかる。俺もそうだったから」

「……そうなんだね。ねぇ、楽……」

「ん?」


 言いにくいことなのだろうか、渚はごにょごにょと口をもごもごしている。

 俺は渚の方を見る。催促だととったのか、渚も俺を見て口を開いた。


「さっきも言ったけど、私今彼氏とかいないし、遊べる友達とかもいないんだ。退屈してるの。その、なんというか、刺激がないんだよね。だから、いつも話してる中の誰かと花火を見に行きたいなって思ったんだ」

「なるほどね。虚無みたいな感覚だったわけか」

「そんな感じだね。……私、楽に会うのすごく楽しみだったんだ。楽と会うことを決めたのは私の独りよがりだと思ってるし、今更こんなこというのもおかしいけどさ」


 そう、渚は言葉を区切った。

 俺はそんな日々に飽きることもなければ退屈することもなかったし、別に刺激が欲しいわけではなかった。

 ただ、彼女自身は違ったらしい。刺激が欲しかったみたいだ。だから俺に会うことを決めた。そう彼女は言った。

 そして、俺にこう告げた。


らく、私の友達になってよ」

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