白川楽の落し物

4.7mg

#1 適当な人間

 俺は適当な人間だ。

 基本的にのらりくらりと生きてる自堕落なやつ。たまに真面目にやる。どうせ他のやつらもそんな感じなんだろうな。知らんけど。


 俺はそんな日々に飽きることもなければ退屈することもなかったし、別に刺激が欲しいわけではなかった。

 ただ、彼女自身は違ったらしい。刺激が欲しかったみたいだ。だから俺に会うことを決めた。そう彼女は言った。

 そして、俺にこう告げた。


らく、私の友達になってよ」






『そっちめっちゃ敵いやしない?』

「めっちゃいる。助けて。死ぬ」

『わー! わー! 敵多すぎるんだけどー!』

『うるせぇ! ヒロ、大丈夫?』

「それなりには。……あ、死んだ」

『なんでー! 私も死んだんだけど!』

「というわけであとは頼んだ」

『むちゃくちゃだなあんた!』


 わちゃわちゃという擬音が音声アプリを通じて入ってくる。まあ実際入ってるわけではないのだけれど。

 俺のやっているこのFPSゲームは、物資を集めて敵と戦う、実にシンプルなものだ。仲間とやるもよし、ソロでやるもよしのゲームである。

 今日はいつも遊ぶメンバーと共に遊んでいた。音声アプリにいる人数は6人だが、チームを組んでいるのは3人だけだ。


『うーんやっぱ無理!』

「ま、そうなるよな。そんな日もある」

『ヒロの口癖出た』

『いつもそう言うんだよなこいつ』

「だってそういうもんだろ。知らんけど」

『適当だねぇ、ヒロ』

「そりゃそうだろ」


 そう、俺は適当な人間だ。

 ただそう思っただけのこと。でも適当なやつだと自覚もしているつもり。この文もおかしいな。まあいいや。


 頭に浮かんだ頭のおかしい思考はとりあえず放棄する。


『あ、そうだ。誰か今度さ、こっちの方で花火大会があるんだけど、よかったら一緒に見に行かない?』


 突然、michiruからそう言われた。が、俺に言ってるわけじゃないなとスルーした。


『あれ、michiruってどこ住みだっけ?』

『○○県だよ〜』


 俺はその隣の県だが、スルーを続ける。あ、誰か1人通話ルームから抜けてったな。


『遠すぎ。無理だわ(笑)』

『俺も遠いわ〜』

『あたしも無理そう』

『ヒロ、お前は?』


 聞かれたから答える。基本的に、自分のことを自分から話すことはない。


「隣」

『まじ? じゃあさ、ヒロ。花火大会、いこうよ』

「ああ、いいよ別に」

『おぉんフッ軽ぅ』


 その日はバイトがあるが、午前中だけだ。1時間あればいける距離だし、問題ない。

 予定の細かい調整は後日することにして、この日は寝ることにした。


『楽しみだね、ヒロ』


 まあ、実を言うと俺もかなり楽しみに思っている。



 2週間後。

 花火大会の日がやってきた。

 俺はバイトが終わり次第帰宅し、シャワーを浴びる。汗とともに俺の下心も流しておく。

 軽食を取り、××市に向かうための最寄り駅に向かった。といっても母が送ってくれているのだが。


「楽、あんた今日飲みすぎないようにね」

「いつもそんな飲んでねえだろ」

「心配してんのよ。ちょっとだけ」


 うーんやっぱ適当な性格この人から受け継いだだろ。


 駅につくなり、俺はワクワクしながらイヤホンを耳に突っ込んだ。

 心臓はドクドクなってるし、呼吸も少し乱れている気がする。呼吸が乱れるってなんかえっちな感じがしていい。……ばかすぎだろ。下心流れてないじゃねぇか。


 俺はネットで知り合った人と会うのは一度もなく、今回が初めてだった。緊張をしているのはあったが、どちらかといえば会える嬉しさのほうが勝っていた。

 電車に揺られながら、俺は壁によりかかる。いつしか、今日会える女の子に思いを馳せていた。

 SNSアプリを開き、つぶやきを流し読みする。すると、michiruがなにやらつぶやいていた。


『今日の浴衣はオレンジ! かわいいって褒められたんだ〜』


 服装の特徴は捉えておいたほうが安心だ。ただどうせ電話しないと会えるもんじゃないしな。とりあえず頭の隅に情報として置いておく。

 イヤホンから流れる音が電車の揺れる振動に合わさり、俺は目を閉じた______。



『次は、終点、××です。お降りのお客様は……』


 はっ。やべ……、寝てたわ。え、大丈夫か。

 よだれは……、垂れてないな。

 果たして俺はほんとに大学生なのかと、自分で自分を疑う。

 まあいつものことだ。俺は適当だしな。


 駅に着き、俺は適当にその辺をぶらついていた。待ち合わせまでまだ時間はある。とりあえずショッピングモールに入り、中を散策する。

 今まで何度か来たことはあったが、1人で来るのは初めてだな。……まあ、あの時も実質1人だったか。

 思い出すには少し辛いものが脳裏に浮かんだが、俺はそのことをすぐに振り払い、待ち合わせまでの時間をモール内で潰した。


 そろそろ時間だなと思い、駅に向かう。

 構内の人の数が多すぎて、さすがにびっくりはしたが、まあ花火大会だしそんなもんかと納得もした。

 とりあえず、michiru……なぎさに見つかりやすいよう、俺は絵がある壁によりかかった。


 数分後。


『もしもし? 着いたよー。どこにいる?』

「改札出てすぐ左に曲がったところにいる。絵があるんだけど、そこに立ってるメガネで白のTシャツ」

『んー? よくわからないんだけど』

「はー? なんでだい。あほなのか?」

『あほじゃないもん! とりあえず外出る!』

「え」


 流れるように俺も外に出る。

 すると、携帯を耳に当てて喋ってるオレンジ色の浴衣を着た女の子がいた。


『どこいるのー?』

「もう見つけた」

『え?』

「こんにちは、渚」


 驚いた顔でこちらを見るロブヘアで金髪の可愛い女の子。

 刹那の間、見惚れてしまった。


「初めましてだな」

「そうだね……。初めまして。渚です。今日は来てくれてありがとね」

「こちらこそ誘ってくれてありがとな。意外と身長高いんだな。少しびっくり」

「そっちこそ。高かったんだね」


 そうはいうものの、俺自身はそんなに身長は高くない。ありきたりな高さだ。

 いこうか、と俺は渚を促す。彼女は浴衣である上、下駄を履いているため、スピードは遅めに。そんなの当然だけど。

 俺たちは他愛もない会話をしながら、商店街を歩く。この間遊んだゲーム友達の話題にもなる。

 歩みを進めていくと信号が赤に変わった。


「ねぇ楽ってさ、今日飲むんだよね?」

「そうだなぁ。この前言ったように、ワインでも飲もうかな。まだ飲んだことなくてさ」


 俺も渚も20歳である。未成年飲酒はするもんじゃない。大学の友達はしてたけど。

 この前というのは、1週間前に話していたことだ。どのような酒を嗜むのかで盛り上がり、結構楽しかったのを覚えている。


「じゃあ、近くにあのお店があるからそこにいこうか」

「まじ? 俺あんま行ったことないけど好きなんだよね」

「私も好き」


 渚はそういい、大型のディスカウントストアの名前を出した。まあ駅も近い上にこの町は発展してるし、あってもおかしくないな。

 信号は青になり、俺たちは再び歩き始めた。



「うっはー、こんなに酒がある……!」

「ワインどこだー?」


 店の2階に飲食物があったため、俺たちはそこに向かい、現在酒選びの真っ最中である。

 それにしても……。


「ワインあった! 楽、ワインあったよ!」

「お、ほんとだ。いやーどれがいいか悩みますなぁ」

「私白ワイン結構好きなんだよね。どうする?」


 うーん、と俺は吟味する。大学の友達が言っていたことだが、赤ワインは味の癖が強いらしい。一方白ワインは、それなりにさっぱりしているタイプの酒なんだとか。

 まあ俺は飲んだことないし、適当な白ワインでいいか。


「ねえ楽、私梅酒飲みたい。いい?」

「なんでも飲みなよ。俺もチューハイ買っておこうかな。ビールは……、いや冷やすものないからいいか」

「え、ビール飲めるの?」

「まあそれなりにはね」


 そういい、俺は目に入ったチューハイを1缶かごに入れた。渚もチューハイと梅酒にしたようだ。

 ワインとチューハイと梅酒がかごに入っているため、それなりの重さだ。

 そろそろ会計かなと思い、レジに向かおうかと思った時、渚に声をかけられた。


「あ、そうだ。私いつもおつまみ食べるんだけどさ、楽も食べる? 普段食べてるものとかある?」

「いやほとんど食べないな。するめは好き」

「え、ほんとに? 何も食べない人とかいるんだー……」


 いるだろそりゃ。

 口には出さないで心の中でツッコミを入れる。


「じゃあとりあえず渚がいつも食べてるようなやつ買おうか」

「いや、どうせなら違うの食べたい。私するめあんまり食べないからするめがいいな」

「……さいですか」


 かごにするめいかを入れる。今度こそ、と思ったら、かごに何かを入れられた。


「……ん?」

「これ好きだからこれも」

「なんこれ」


 卵?


「うずらの卵だよ。美味しいんだこれ」

「ほう。食してみるか」


 うん、と渚は同意した。

 俺はペットボトルの水を2本入れ、会計に向かった。


「レジ袋はどうなさいますか?」

「あ、あるんで大丈夫っす。渚、これに入れといて」


 小さめのバッグからエコバッグを取り出して、渚に渡した。


「準備よすぎて怖いんだけど」

「まあ俺だからな」


 よく分からない会話を交わした後、俺は会計を済ませた。多めに持って来といてよかった。


「お金どうすればいい?」

「今日はいい。計算とかめんどいし。というより元々奢るつもりだった」


 今日を迎える前からずっと考えていたことだった。渚は奢られると思っていなかったのか、少し驚いた顔をしていた。


「え、悪いよそんなの」

「いいからおとなしく奢られとけ」

「……わかった。ありがと」


 そう言って彼女は控えめに笑った。

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