第18話

「それで、お留守番組は僕と……」

 他の人には見えないように五枚のトランプを持ち、隣に正座する生徒――翡翠さんを見る。

「メイド部との一戦での反省は戦力を集中させたこと。部下共だけでお前が守れるとは限らんからな」

 むすっとしたまま彼は僕のカードを一枚取って、クイーンを二枚、中央の河に落とす。

 下見に行ったのは四角奈さん、日乃実さん、啄木鳥さんの三人。

 彼の言う部下、暗殺同好会の皆さんは制服のまま話したり、遊んだり……暗殺という字面からは考えられない程に呑気な絵が続いている。

 今は彼らに交じって六人でババ抜きをしていた。

「まあ俺一人でどうにかなるとも思えんが。貴様を逃がすくらいのことはできるだろう」

 僕は隣の人のカードを取って、隠すように柄を見る。

 僅かに眉をひそめて、溜息を押し殺し、五枚のトランプを翡翠さんに向けた。

 彼は先ほど回ってきたジョーカーを綺麗に避けて、得意げにエースを河に捨てる。



 

「『弁慶の血液が付着した矢じり(DNA証明書付き)』、『ルルイエ異本副読本』、『クリスティ幼少期の手紙』……なんですかこの胡散臭い珍品の数々は」

 四角奈はガラスケースに並べられた商品の数々に目を凝らし、半ば疑いながら話す。

 ここはオークションクラブの所有する建造物の一階。

 一般に開いてあるオークション前に商品を展示するための空間だった。

 彼女たちがいるのは画廊のような太い廊下、奥は少し広い部屋が見えた。

 廊下には骨董品、歴史的価値のありそうな品々が短い説明と出品部活名付きで並べられ、先の広い部屋には絵画や彫刻、現代アートが展示される。

 白い清潔感のある壁、青のベルベットが敷かれて、照明は眩しいくらい明度が高い。

 暖色や暗さで誤魔化すことなくきちんと質を確かめてもらう、自信と公平さがそこには現れていた。

「ここはいつもそうなんだよ。実際のオークションと同じ正当な手続きを踏んでるらしいけど、こんな分かりやすく凄いものが並ぶと頭の悪いジョークにも思えてくる」

「ジョークだなんてそんなそんな。どれも正真正銘本物ですよ、贋作が紛れれば我々の威信に関わりますから」

 日乃実に応えた軽薄な声。

 戦闘担当の四角奈が額に冷や汗をにじませて振り向くとそこには男がいた。

 中華服の一つ、正面に複数の結び目のあるワインレッドの馬掛を着て、黒のカンフーパンツをはく。

 黒の短髪だが、後ろ髪だけ伸ばし三つ編みにしてある。

 メガネチェーンのついた丸メガネ、その奥にある糸目とへらへらとした表情は人を馬鹿にすることにおいて他の追随を許さない。

「あの、彼女を鎮めてくれますか?殺されるにはまだ早いと思うんです私、十代で死ぬなんてあんまりだと思うんです」

 軽薄な雰囲気はそのまま、半泣きの情けない表情で両手を挙げ、降参を示す。

 彼の首筋には折り畳み式ナイフが突き立てられている。

 それを支える細く長い指は啄木鳥のもの。気配を男以上に殺し、背中を取った彼女の手には既に彼の命が握られている。

「死んでも、死なないのが、ここだから。安心、安心」

「その声はつい最近圏外送りになられた会長さんではないですか?手助けできなかったのが心苦しく思います、どうでしょうどこか部活を攻め落としたいときは一声かけてください。たっぷり援助しますよ」

 彼はぴくりとも動かず、動けないままぺらぺら話す。

 彼女は無言のままナイフと皮膚の距離を縮めた。

「おおっと!援助はお嫌いですか?ではこの話はなかったことに、いえあなたの機嫌を損ねるつもりはなかったのですよ。ただ私はあなたのお力になりたいだけで、」

「この人、誰?」

 男の言葉を遮り、少し困った顔をして啄木鳥は二人に聞く。

 大声で怒鳴るわけでも、焦ってまくし立てるでもなく、彼は平坦に淀みなく話す。

「……そいつはオークションクラブの現部長、球磨川有助。殺しちゃっていいから」

「分かった」

「そんなご無体な!この球磨川皆さんの役に立つこと間違いなし、生かしておけばおくほど便利な男ですよ!!お嬢さん方、もう一度考え直してはくれませんか!」


「あ、ありがとうございます。いやあここで殺されたらどうなることかと思いました。なにせ戦闘力皆無な男ですので」

 こびへつらうような笑みを向け、扱いに困るような表情を浮かべる二人と、睨み続ける日乃実。

「こいつの言うこと何も信じないでね。というか会話しないで」

「ひどい!私泣いちゃいますよ……おや、あなたは線さんではありませんか。お久しぶりです、ランキング第十位おめでとうございます!どん底まで落ちたメイド部の復興、私はあなたはやれる人だと信じてましたよ」

 犬歯をむき出しにして、日乃実は球磨川の胸倉を掴み叫ぶ。

「誰のせいで!!誰のせいでこんなことになったと!!」

「ふむ、責任の所在なら先代の両部長にあるかと。当時我々は一年のひよっこでしたから」

 ぎりぎりと奥歯を噛みながら悔しさと怒りをあらわにする日乃実。

 対して球磨川は冷静で、決して感情を表に出さないままだった。

「そろそろ教えてください。二年前なにがあったんですか」

 球磨川から手を離さないまま彼女は目を伏せて何も言わない。

「では私がお教えしましょう」

 

「メイド部とオークションクラブの確執は実に単純です。当時第一位だったメイド部は第七位のオークションクラブに戦争を仕掛けました。一位になった後、統一の為ランキング下位の部活を滅ぼすのはよくあることです。我々は実に困った、先輩方は阿鼻叫喚、どうすれば手早く和平に辿り着けるのかばかり話していました。ですから私が進言したのです」

 球磨川は嬉しそうに口角を歪ませる。

「一番弱い者を攫い、脅迫すればよろしいと」

 

「彼らは強い。戦闘面で敵う部活は一つとしてなかった。しかし奉仕の精神を忘れないメイド部が見捨てるだけの冷酷さを持ち合わせるはずがない」


「すぐに和平が申し込まれましたよ。ですが従う理由はなく、私共は全員殺しました。メイド部に所属する線日乃実以外の全ての部員を」


「オークションクラブは約束をきっちり守ります。線さんには傷一つ付けずに帰しましたよ」

 瀟赦学園は進み過ぎた医療技術によって絶命したとしても、多少の記憶を犠牲に生き返ることができる。

 だからメイド部の元部員は殺されたのち、裏社会のことをすっかり忘れて平穏な学園生活を過ごしただろう。

 だがそれが残された日乃実にとってどれだけ残酷な時間だったか。

 親しい友人に話しかけることも、慕う先輩を頼ることもできない彼女がどんな思いで過ごしていたのかは想像に難くない。

 彼の口調に情や人間味などなく、以前のメイド部が持ち合わせなかった冷酷さだけがある。

「戦争はなんでもあり。彼女の怒りを筋違いだと罵る権利は私にありませんが、それも覚悟の上でここには立っていてほしいものです」

 緩んだ日乃実の指から無理に解放されて、襟を正す。

「本日在廊したのは皆さんに商品のご説明ができたらと思ってのことなんですが……少し時期が早かったようで。私は退くのでごゆっくり観覧していってください」

 軽く頭を下げて、球磨川は背を向け、退出扉の方へ歩く。

 「ああ、それと」わざとらしく思い出したような口ぶりで頭だけ三人に向けた。

「ご出品ありがとうございます。おかげさまで五月祭は大盛況でしょう」

 

 意味の分からない言葉を吐き捨て、彼がいなくなった廊下には後味の悪さだけが残る。

「どうせですし、もっと見ていきませんか?商品たちに罪はないわけですし」

 四角奈の気を遣った一言に、俯いたままの日乃実は無理に笑ってみせる。

「そうだね。丸ちゃんにお土産の話されちゃったし、ちゃんと見ていこうか!」

 青のベルベットを踏んで部屋に入る。

 そこは美術品が並び、芸術鑑賞が趣味ではない彼女たちは話半分に見て、あっさりと通り過ぎる。

 部屋を曲がり、来た道とは別の扉から奥へ向かうと、先の部屋と同じくらいのサイズが視界に広がった。

 

『ヒーローショー観覧券』:良い子の生活を脅かすジャマー団をやっつけるよ!ドームタウンで僕と握手!(ヒーロー部より)

『瀟洒の会特製清めのお札』:どんな悪党でも悪霊でもたちまち祓えるお札です。(瀟洒の会より)

『タクヌーク(無害)』:極めて安全性が高くなった完璧で幸福な戦術核。(開発部より)

 

「頭おかしいんですか」

 先ほどよりも分かりやすく四角奈は不快感を露わにした。

 オークションに出品されるとは思えないふざけた品々。

 上級生である二人はこんなものだと言わんばかりに肩を竦めた。

「各部活毎度毎度オークションらしい質の高いもの出せるわけじゃないから。武器や情報商材、権利なんかも出品されるんだよ」

「五月祭は合法と聞いてるのですが」

 四角奈は周囲をあっさりと見回し、半分ほどが武器であることを確認する。

 それも歴史的価値の無さそうな実用的なものばかり。

「合法だよ。ここにあるのは全部張りぼて……みんなそれをセラーの部活を持っていって本物と交換してもらってるけど」

「三店方式じゃないですか!?」

 これを合法か違法かを考えるのは面倒で、時間の無駄だ。四角奈は思考の中でそう切り捨てて、また話半分に眺めていく。

 部屋の奥まったところ、隠されるように配置された隅へと最終的に辿り着いた。

 この空間は口ではなく凸のような部屋らしく、四角奈が立つのはその頂部である。


 そこに展示物は無く、代わりに三面の壁がアクリル張りになっていて、一枚隔てた向こう側の様子が見えた。

 十畳ほどの生活感のある部屋がある。

 ベッドと学習机、折り畳みできるローテーブルとハンガーラック。

 キッチンには最低限の家電、電子レンジや小ぶりな冷蔵庫が並んでいた。

 四角奈の顔が青くなって、不快感に表情を歪ませる。

 それは、この部屋を知っているから。

 それは、球磨川の捨て台詞の意味を理解したから。

 商品に全て付けられた小さな説明のカードはこの部屋の前にも置かれている。

 彼女は自分の勘違いであってほしいと、逃げるようにそれを見て、

「かっ……はっ…………!」

 言葉を発せられない、呼吸すら上手くできない。

 気分の悪さ、泥のように纏わりつく不快感を振り払うように、彼女は部屋を抜けて走り出した。

 足取りはおぼつかない、動揺がポテンシャルの邪魔をしていた。

 二人には目もくれず、心配と不安で心は埋められている。

 彼女の目的地は――

 

 遅れて、日乃実と啄木鳥は展示物の前に立つ。

「なにこれ」

 顔をしかめて、四角奈ほどではないが青ざめる。

「誰かの、部屋?」

 平坦なトーンで啄木鳥は告げる。

 その部屋はまるでドラマのセットのようだった。

 家具も部屋自体も、精巧に誰かの部屋を模倣している。

 けれど劣化も風化もないのに古いインテリア、再現された生活感のある雑多な配置、不快の谷に飛び込むような気味の悪さがそこには充満していた。

 人の居住空間なのに、人が住んでいないのが主たる原因かもしれない。

「気持ち悪い」

 妙な再現性の高さに気分を害しながら視線を帰路の廊下へと動かして――不意に説明のカードが目に留まる。


『砂糖丸』:砂糖罰の妹。交渉材料にでもどうぞ(メイド部より)


 日乃実の世界の音が飛んだ。

 視界は真っ白になる。

「またか!」

 絶叫。

「またあいつは私から奪うのか!殺してやる!殺す!殺すんだ!」

 太陽のような笑顔はどこかへ消えてしまって、ぎりぎりと歯ぎしりをして、顔を苦痛に歪ませる少女の姿がそこにはあった。

 怒りで強く握った拳、荒い息でひたすらに呪う。

 思い出すのは二年前のこと――フラッシュバックする最悪な日々、それから逃れることはできず、疲弊するのと共に怒りは蓄積していく。

 とんと軽く頭が叩かれた。

 射殺すような目つきで見上げると、表情一つ変えない啄木鳥がいる。

「まだ、時間はあるよ。安心」

 平坦なトーンで、淡々と告げる。

 彼女の黄金の目は部屋とカードに沈んでいた。

 それは暗殺者の表情。

 人を殺すとき、本物は殺気すら匂わせない。

「……行こう!」

 日乃実の表情から笑顔は戻らない、怒りを理性で閉じ込めてなんとか平静を保っている。

 二人は踵を返し、部屋から走り出ていく。


 

 ――四角奈が向かうのは部室、ボロ屋敷である。

 オークションクラブに狙われた砂糖を守るために。

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