第13話

 パアン!

 自動拳銃から空薬莢が飛び、硝煙の臭いが部屋に広がる。

 コンクリートの地面に軽い金属音がして、肉と骨が鈍く床にぶつかる。

 かつて人の腕だったものは打ちっぱなしの壁にぶつかって、すぐそばの鍵のかかっていない扉に触れることはなかった。

「ひいいいいっ!」

 誰かが悲鳴を上げて、すぐに拳銃の発砲音。

 眉間を貫いた弾は血肉をはじきながら貫通し、人だったものは肉塊に成り下がる。

「誰が悲鳴を上げていいと言った」

 声の主以外、唇が千切れるくらい噛んで息を殺す。

 六畳間程度の四方がコンクリートで囲まれた狭い部屋。

 自動拳銃を片手に持つ少年以外、目隠しをされて跪き、六畳のうち四畳を埋め尽くすように並べられている。

 扱いは家畜並。

 既に四人が四つの死体になった。

 うち二人は実行犯、長身の目にクマのある青年と太った熊のような青年。

 カンテラが一つぶら下がるだけの部屋で、目隠しもされているせいで誰もその少年を視認することはできない。

 けれどその迫力、自分と一つか二つの歳しか変わらないはずなのに勝てる気がしない。

 体の出来上がった男子高校生たちは己のなした数々の蛮行を悔いることしかできなかった。

 ただ従順に、自分の死を待つのみ。

 銃を持っているからではない、自分たちより身体能力が高いからではない。

 部員五百名余を支配し、裏部活ランキングを第一位まで僅か三年で仕上げ、のし上がったマフィア部部長。

 彼に逆らうことを本能的に恐怖しているのだ。

 死ぬことよりも、この威厳とカリスマに立ち向かうことを拒んでしまっていた。

「安心しろ。死体は綺麗に残す。うちの医療班は優秀だから、まるっきりマフィア部のことは忘れて学園生活を楽しめるさ」

 拳銃は次の青年の眉間に当てられる。

 

 瀟赦学園では死は存在の消失を意味しない。

 死体の腐敗・損壊の具合が少なければ、一世紀は先の医療技術を駆使して文字通り生き返ることができる。

 倫理の伴わない裏社会が作った街――ならば当然のように人体実験は行われ、本来認可が下りなければ使えない薬もいともたやすく投薬される。

 治外法権が故、皮肉にも医療は何倍ものスピードで進んでしまった。

 本来の意味として『学園都市』と呼ばれる理由。

 

 だが、死ぬことはこの世界での脱落を意味する。

 裏社会のことをすっかり忘れ、一般市民として生活をすることになるのだ。



「裏部活ランキングとは!」

 ボロボロの洋館のような一室、裾と袖を余らせたメイド服の少女、線日乃実はホワイトボードをぱんぱんと叩く。

 ボードには一位から十位までの部活が書かれ、小さく『戦争部調べ』と注釈がつけられている。

 また物騒な名前の部活が……怖いなあ。

「急な呼び出しやめてください、まだ昼休みですよ」

「話を腰を折らないで丸ちゃん!今大事な話だよ!」

 隣に正座する四角奈さんを顔を見ると、彼女は諦めたように頭を振った。

 どうにもらならないらしい。

 部長は少し猪突猛進なところがあるよなあ。

「戦争部独自に番付されたランキングのことで、実質的な権力争いは主にこれを参考にして行われるよ!単純な力比べじゃないから特殊な部活もいくつかランクインしてるね。これを全く意に介さず活動してる古風な部活もあるけど絶対これ大事!メイド部は一位取ったこともあって『古株』と恐れられたんだけど、今は番付圏外。およよー悲しいねえ」

 泣き真似をする日乃実さんに苦笑し、ランキングをよく見てみる。

 そういえば入部する前に裏部活ランキングの話を少しだけ聞いたな。

 兄さんはこの上位三つのどれかに所属してるのか。

 

 1マフィア部

 2裏生徒会

 3オークションクラブ

 4ゴシップ愛好会

 5戦争部

 6瀟洒の会

 7ギャンブル倶楽部

 8ヒーロー部

 9開発部

 10暗殺同好会

 

 

 マフィア部とオークションクラブは日乃実さんの口から聞いたことがある。

 見慣れない部活が続く中、ふと目に留まった部活があった。

「戦争部ってなんですか?」

「裏部活間のランキング入れ替えを取り仕切るゲームマスターみたいな部活だよ、ランキング五位固定。だからここが崩れることはないね!ここの主な活動内容は戦争の管理だね」

「戦争!?そんなことしてるんですか!?」

「まあまあ落ち着いて、戦争と言ってもスポーツチックなものだから」

 彼女は何故か嬉しそうに『戦争』の話を始める。

「もちろん武力抗争の場合もあるけど、平和裏にカード遊びで決着をつける場合もあるね!仕掛ける側が宣戦布告したときから開戦、その瞬間仕掛けられた側にゲーム内容が通達されるよ!戦争のルールは下位の部活が決めることができて、公平性に欠く場合は戦争部が仲裁するって感じかな」

「へー詳しいですね」

「そりゃメイド部全盛期を見ていたからね」

 誇らしげに告げたのと一転、彼女の表情はころっと苦しそうなものに変わる。

「それを潰したのがにっくき現在第三位のオークションクラブ!私たちの目標は打倒オークションクラブだよ!うおおおお!燃えてきたね!!」

「や、ついていけないです」

「まあ待て待て諸君、血が滾り盛り上がるのはよく分かる。だが第三位に挑むにはまず第十位の暗殺同好会を倒し、ランキングにはいらなければならないのだっ!」

「話を聞いていない!?」

「現在メイド部はランキング圏外。圏外は十位に、十位は九位に、九位は八位……と言う感じに一つ上までしか挑めないんだよ。まあ下位の部活に挑むのはその限りじゃないんだけど」

「そうだったんですね」

 日乃実さんは可愛らしい声で雄たけびを上げて、へなちょこのシャドウを始める。

 長い袖が空を切り、びゅんびゅんと音が鳴っていた。

「ということで、ですね。部長、既に戦争部に暗殺同好会への戦争を申し込んでおきました」

「えっ」

「うむ!やっぱり凛子ちゃんは仕事が早いねえ」

「はい。時刻は今日の昼休み、宣戦布告すればすぐにでも開戦します」

「えっえっ」

「というわけだよ丸ちゃん!」

「どういうわけですか!?」

 数分のシャドウで息を切らした彼女は僕の肩を掴み、太陽のような笑みを浮かべる。

「開戦の合図は宣戦布告、そして使者を送り告げるのが通例なんだよ。こんな大役君以外に任せられる人はいないっ!!」

「いやいやいや!!絶対死にます!確実に死んでしまいます!!」

「パレスに住みたくはないのかい!?お兄さんの住むパレスに引っ越し、家族水入らずで話をしたくはないのかい!!」

「それはしたいですけど……でも相手は暗殺同好会とかいう物騒な名前の部活なんですよね?そんなところに戦闘能力皆無の僕が行ったところで殺されるのがオチですよ」

「だからだよ丸ちゃん」

「な、なにがですか」

 ドラマチックな雰囲気で日乃実さんは朗々と述べる。

「私には知が、凛子ちゃんには武力がある。そして君には……可愛げ、そう!愛嬌がある!かの有名なオカマは言ったよ、『男には度胸。女には愛嬌。二つの属性を持つオカマは最強』ってね!」

「僕オカマじゃないです!ただの女装男子です!……いや女装男子ですらないですし!」

「まーまーはやく行きたまえよ。昼休み終わったらまた申し込まないといけないからさ」

「僕の命は手続きの面倒さに劣るんですか!?うう……分かりましたよ、行けばいいんでしょ行けば」

 渋々立ち上がった僕の手を日乃実さんは咄嗟に握った。

「メイド服は着ていってね」

「僕をどれだけ辱めれば気が済むんですか!」

 制服を脱ぎ、ミニスカートのメイド喫茶で見るようなメイド服に着替え、頭にはホワイトブリムを付ける。

 ボロボロのクローゼットに入った僕のメイドセットをてきぱきと着ると、後ろから軽い感嘆が聞こえた。

「声が男の子なのが惜しい可愛さですね。両声類を目指して欲しいところです」

「分かってないなあ凛子ちゃん、声が男子だから良いんだよ」

 なにか理解できない議論してるなあ。

 巻き込まれると面倒な気がして、足早に部室を出た。


「ふむ、では私たちも戦争の準備をしようか。して戦争の内容はなんだね!?」

「オセロです。部長、お得意でしょう」

 

「あ」

 部室を出てしばらく校舎を練り歩いた後、暗殺同好会の部室を知らないことに気付いた。

 メイド服を着る機会が何故か増えたせいで周囲の目はもう気にならない。

 じろじろと見られ、「メイドさんだ……」という呟きにも慣れっこ。

 メイド部と同じ調子で隠された場所に部室があるなら、こうして部室を探すのも不毛だ。

 くるりと踵を返し、場所を聞くために部室の方向へ歩き始める。

「んっ」

「へあっ?」

 とんと何かぶつかられて、勢いそのまま僕はそれに押し倒される。

 メイド服がふわりとたなびき、スカートがめくれるのを咄嗟に押さえた。

 至近距離に女の子の顔がある。

 焦るような僕の呼吸と何を考えて入るの分からない一定の少女の息遣い。

 黄金のような瞳に、半開きのジト目にそれが隠れてしまうくらいの長い前髪は透き通る海のような水色で、肩までの長さがある。

 ぼんやりとした表情は思考を読めず、ミステリアスな怪しくも少し艶やかな雰囲気を醸していた。

 柑橘系の爽やかでミステリアスな香りがふんわりと匂う。

 僕よりは大きい、けれど四角奈さんよりは小さな身長とささやかな胸が制服の隙間から見えて……。

「えっち」

 少女は制服の衿を押さえて、不機嫌めに呟く。

「ご、ごめんなさい!」

 目線を逸らす僕に「いいよ」と短く告げて、起き上がり手を差し伸べる。

「けが、ない?」

「大丈夫です、すみませんでした」

 柔らかい彼女の手を握って、申し訳なく思いながらその場に立つ。

 彼女は首を傾げてじろじろと僕を見ている。

 メイド服が珍しいのかな、そんなことを思っていると、

「男の子?」

「なっ、なんで分かったんですか!?」

 少女の手を両手で包み込み、ジャンプしながらはしゃぐ。

 これはあれだろうか、僕から醸し出される男らしさが、男性ホルモン的なあれが本能的に男であると導いたとかそういう!

「骨格が男の人っぽい、から」

「ああそういう……」

 見る人が見れば分かる、と言う意味においては間違いない。

 けどそんな答えは期待してなかった。

 あからさまに落胆する僕に少女は少し慌てて、言葉を発する。

「なにするつもりなの?」

 昼休みにメイド服を着てどこへ行くつもり?という意味だろうか。

 困ったな、メイド部の話はできないし、暗殺同好会へ宣戦布告しに行くということも話せない。

「……これから行きたいところがあって、それで迷ってたんです」

「一年生?」

「あ、はい。一年の砂糖丸と言います。塩じゃない方の砂糖、ペケじゃない方の丸です」

「私は二年の、啄木鳥りっぽう。キツツキの啄木鳥で、立方のりっぽうだよ。よろしくね」

 深々と頭を下げる啄木鳥さんに合わせて、僕もお辞儀。

 彼女はシャットダウンしたように数秒反応が無くなって、ぱっと閃いたようにジト目の瞼を僅かに上げた。

「言われてた、新入部員獲得。私も頑張らないと」

 小さくガッツポーズをして、何か奮起している。

「砂糖君はなにか部活に入ってる?」

「えっと……いえ、まだです」

 メイド部はあんな感じだが、裏部活の一つ。

 やすやすと所属していることは言ってはいけないだろう。

「そか。じゃあ、来て」

 啄木鳥さんは言葉少なげに、僕と手を繋ぎ早足で歩きだす。

 その手は決して強い力で握られていたわけではないのに離せない――心理的なものではなく、技巧としてこの手を離すことができずにいた。

 何者なのだろうこの人は。

 強い疑問と不信感が募り、彼女はそれを察知したように都合よくこちらを振り返る。

「今から行くのは部室」

「部室ですか?でも、僕行くところが」

「すぐ終わるから……入部テストなんてないし、サインするだけ」

「今勧誘されてるんですか僕は!?」

「気付かなかった?ふふ、でも大丈夫。暗殺同好会に入部したら、察しの良さも、磨けるよ」

「っ!…………」

 驚いて叫びそうになるのを堪える。

 まさか部室に辿り着くより先に部員に会えるだなんて。

 啄木鳥さんは殺したはずの感情の揺れ動きを察知して、こちらをじっと見る。

「びっくりしたよね。暗殺同好会は、そんなに人殺しをしないから、安心して」

 そんなにってことはある程度は殺すということでは!?

 けど、これは思わぬ収穫だ。

 このままついて行けばそのまま部室に連れていってくれるし、そこで宣戦布告すればいいだけ。

 自分の良いんだか悪いんだか分からない運に感謝して、従順に歩く。

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