第12話
「次は!次は何を歌いますか!?」
冷房のよく効いた部屋の中で、若干汗をにじませて僕ははしゃぐ。
友達が少なかったからこういうことをする機会がほとんどなく、時間帯が遅いことも相まって変なテンションだった。
「いえ……砂糖さん、少し話さない?」
神妙な顔つきで電源を切ったマイクを四角奈さんはテーブルに置いた。
その様子にうきうきは萎んでゆき、必死に探したデュエット曲を送信取り消しする。
「私少し前に話をしたよね。友達がいないって」
言いづらそうに、恥ずかし気にしながら言葉を選ぶ。
「どうすれば友達はできるんだろう?今まで一人もいなくて、友達の作り方を学ばないうちにこの学園に来てしまって……まずどこからどこまでが友達なの!?私が友達って思ってたとしても向こうが友達だって思ってない可能性もあって、だったら『友達だよね?』って確認したいけど、それってなんか重い気がして」
いきなり饒舌になった彼女にぽかんとしていると、赤い顔をさらに赤くして謝る。
「ごめんね。急に変なこと言い出して、でも友達の作り方が本当に分からないんだ」
「いえ、僕も友達が多いわけではありませんから。こっちに来てからの友達は数えるほどですし」
「そうなんだ……ちょっと安心した」
嬉し気に四角奈さんは呟く。
「昼休みのときに人だかりは友達ではないんですよね?」
こくりと頷く。
「あの人たちとは友達になりたいと思わないんですか?」
「分からない、友達になれそうだなって思う人もいるし、無理だなって思う人もいるよ。やっぱり人を選んで友達になるのって失礼だからやめた方がいいよね」
「そんなことはないと思いますけど」
四角奈さんは申し訳なさそうに首を傾げる。
人を選ぶのはやはり失礼な気はするけど、なぜ僕はそういう意見なんだろうと思っている感じ。
「合う合わないは相手が人間なので絶対にあります、友達は無理に作るものじゃないんです」
「うーん、それでいいのかな」
「……もしかして選ぶのが怖くて友達が作らないんじゃないんですか?」
「うぐっ。さ、刺さったよ、今の言葉はとても刺さったよ砂糖さん」
お腹を押さえて大袈裟に唸る四角奈さん。
「冗談とか言えるんですね」
「私をなんだと思ってるの?」
こほんと咳払いをして、話を引き返す。
「これは友達の少ない僕の意見ですから、人によっては食い違うと思うんですけど。四角奈さんの悩みは友達になりたい人に『お友達になりましょう』って遊びに誘えばひとまず解決します」
四角奈さんはしばらく無言で、僕の発言を咀嚼して飲み込む。
俯きがちだった視線はこちらに向く。
彼女の碧眼は少しうるみ、耳は真っ赤に染まっている。
さっきまで楽し気に歌っていたせいで前髪は汗でぺたんとくっつき、両手でスカートの裾を強く握っている。
「あ、あの……砂糖さん。私とお友達になってくれませんか?」
意を決して、少しぶっきらぼうに言う。
「もちろん」
微笑ましく思いながら、その提案に乗る。
「これからもよろしくね四角奈さん」
答えに不安で曇る顔はぱあっと明るくなり、目尻には涙が浮かぶ。
ぎょっとして「大丈夫?」ジェスチャーで目を指して彼女は初めて自分の涙に気が付く。
「ごめんね、ちょっと嬉しくて感情がこらえきれなかった」
「そんなに喜んでもらえるなんて思いませんでしたよ」
自前のハンカチで目元を拭き、くしゃっと恥ずかしそうに笑う。
「そういえば、」
彼女は切り替え良く、何かを思い出したように話し出す。
「砂糖さんはずっと敬語だよね。メイド関係なくずっと」
「はい、まあ……四角奈さんは雲の上の人と言う感じがするので」
「部長に対しても敬語だね。部長だって気付く前からずっと」
「じゃあ多分癖なんでしょうね、敬語の方がやりよいと言いますか」
にやにやとなにか悪だくみを思いついたらしい表情。
「私には敬語、やめよ」
「む、無理です!」
「でも友達でしょう?」
「うぐっ」
「友達には敬語は使わないし、下の名前で呼ぶものだし、放課後は毎日一緒に遊ぶもの。そうでしょう?」
「だいぶズレた友人観じゃないですか?」
「…………」
「だ、だいぶズレた友人観じゃない?」
「そんなことないよーえへへー」
にへらと笑い、大幅なキャラ変更を思わせるとろけた表情で体を左右に揺らしている。
そんなに敬語じゃなくなったのが嬉しいのか、喜んでもらえるなら何よりだけど。
「じゃあ次は下の名前で呼んで」
「友達でも苗字呼びはしま……するよ。そこは譲れませ……ない」
「まだため口慣れない?」
「はい、じゃなくてうん。ため口ってあんまり使ったことがないので、時間かかりそうで、だね」
「だったらため口に慣れてからでいいよ。慣れる頃にはもっと仲良しになってるだろうし」
「な、なかよ……うん。そうだね」
独特な思考で暴走する四角奈さんを諦めて、なんとかため口で話す。
友達かあ。
もうとっくに友達になっていたと思っていたんだけどなあ。
口に出すと気を遣われそうで黙っておく。
毒素がすっかり抜かれて、カラオケなのに歌わず話を続ける僕たち。
そこへけたたましく鳴る受話器。
なんだか急かされるそれを取ると、耳元では『終了五分前』を告げる店員さんの声がした。
「もう終わりみたいで、だよ」
耳元に当てていた受話器を元に戻す。
「楽しい時間が経つのはあっという間だね」
そう言いながら四角奈さんは少し散らかった室内の掃除をてきぱきと済ませ、自分の荷物をまとめる。
テーブルの上には伝票が残り、手に取った。
「合計が二千円だから一人千円か。まあこんなものだよね、先に集めとこうか」
自分の鞄から財布を取り出し――その手を四角奈さんの強い力でぐいとバッグに戻された。
「なんで!?」
「私が払います」
強い意志を感じる瞳。
いやここで引くわけにはいかない。
「いやフラッペ奢って貰ったし、ここくらい自分の分は払うよ!なんだったら四角奈さんの分も払うよ!」
「それで私の気遣いが本末転倒。いいから私に任せておけばいいんだ、財布を戻し、私に言う通りにしなさい。私はご主人様だぞ!」
「ぐっ、た、確かにそうだけど……でも僕も同じくらい楽しんだし」
「主人の面子を立てるのもメイドの役目だ。ここで奢られておくくらいがちょうどいいんだよ。だからその財布を鞘(かばん)に納めてくれ」
渋々財布を鞄にしまい、四角奈さんはほっとしたような表情を見せた。
「うん。じゃあ支払いをこれで済ませておいてね」
彼女は自分の財布から明らかに多い札の束を渡してきた。
お札は全て一万円、こんな量初めて見たぞ。
厚みが新品のノートくらいあるそれを一応手に取り、頭が真っ白になりながら用途を尋ねる。
「こ、これ……」
「カラオケの代金、と砂糖さんの給料だよ。足りなかったら言ってほしい」
「だよだよ!さすがにこれはだめ!」
「だめと言われても給料を出さないのは心が痛む。量を減らしていいから受け取ってほしい」
「少なければいいってもんじゃないよ。今日は四角奈さんと一緒に遊んだだけなんだから、これは受け取れない。友達なんだから、友達を買おうとしないで」
「むむむ、分かった。ここは私が折れよう、でも代金を払うのは私だからね」
少し青ざめながら札束を返し、二人で部屋を出た。
手にはまだお金の重みが残っていて、一体いくらなんだろうと聞かずに考えていた。
聞いたら多分また渡そうとしてくるし。
店を出るとあたりはすっかり暗い。
暖色の街灯が点々と繁華街を照らし、少し遠くに見える飲み屋街のネオンが眩しい。
学園都市なのに飲み屋街があるのか……教師や大人の居住者の為だと分かっているが、どうも違和感が強かった。
学生服を着た生徒はほとんど見られず、悪趣味な服装でうろつくゴロツキは複数グループいる。
一瞬僕たちの方を見て、気まずそうに視線を逸らし、自然とどこかへと行ってしまう。
「ほんの数年前までメイド服は裏部活の象徴だったらしいから。わざわざ関わり合いになる生徒はほとんどいないよ」
「じゃああのとき僕たちは本当に運が悪かったんだね」
スーパーで襲われたことを思い出し、四角奈さんは失笑する。
「あんな世間知らず彼らくらいだから安心して」
「じゃあね砂糖さん」
「また明日四角奈さん」
意地悪な顔を浮かべて彼女は問う。
「家まで送ってくれないの?」
「むしろ僕が送ってほしいくらいなんだけど」
四角奈は跳ねるようにいつもの通学路を歩く。
暗く、ぽつぽつと街灯が並ぶだけの道、いつもとは違う顔を見せるそこを行く足取りは次第に速く、スキップに移ろう。
「友達できちゃった」
頬が熱い、口元がとろけてにやけてしまうのを必死に抑える。
ドキドキしている。
初めての友達、それも男の子と。
嬉しさと恥ずかしさを混じらせながら、自分の感情を持て余し、ふと思いもよらぬ事態に気付く。
その瞬間、顔を赤みは一層深まり、足を止めてしまう。
「あれって、もしかして……」
男女で遅い時間まで遊ぶことを一般ではデートと呼ぶことを四角奈は知っている。
恥ずかしさが嬉しさを上回り、彼女は爆発しそうだった。
「砂糖さんはなんて思って過ごしてたんだろう」
同じように恥ずかしがってくれていたらいいなと、ふと考える。
明日からかいついでに聞いてみようか。
また学校で顔を合わせられることを嬉しく思いながら、止めた足は再びスキップする。
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