第11話
他愛もない話をしているとあたりはすっかり薄暗く、夕焼けに差し掛かる。
一時間くらい人目につくところでメイド服を着ていると、だんだん違和感が無くなっていった。
未だにちらちらとこっちを見ている人はいるし、新しく入ったお客さんは僕を見てぎょっとしているけど。
グラスの中は二人共からっぽだった。
「……そろそろおいとましようか」
寂しげに四角奈さんは席を立ち、店を出る。
どうみても遊び足りないと言う顔。
追いかけながら尋ねる。
「四角奈さんは門限とかあるんですか?」
「いえ、私も一人暮らしなので特には……」
「じゃあカラオケ行きませんか!」
唐突な申し入れにぽかんとした顔をする。
「四角奈さん寂しそうだったから、もっと一緒に遊べたらなって思って。迷惑、でしたか?」
彼女は表情を変えてくすりと笑う。
「もう、砂糖さんが遊びたいんだったらそう言えばいいのに」
「い、いえ僕はどちらでも、」
僕の唇に人差し指を当て、次の言葉を失わせる。
「メイドは主人を立てるものだよ。あなたがどうしてもと言うのなら遊んであげてもいいよ」
「め、めんどくさい……」
「そう言わずに、ほら」
片目を瞑り、彼女は言葉を待つ。
「ご主人様、僕はもっとあなたと遊びたいです。カラオケなんていかがでしょう?」
ひざまずき続ける言葉に四角奈さんは目を輝かせて、差し伸べられた手を取る。
「そこまで言うなら行ってあげる。それで、そのからおけっていうのは……」
「知らずに乗ってくれたんですね、いいです。向かいがてら説明しますね」
人足の方向が駅へと向かい出すような丁度いい時間、僕もこの時間になればいつも帰っていた。
視線が逆走する中、僕たちは二人でカラオケへ向かう。
「時間どうしますか?」
「じか、わ、分かんないです。相場はどうなんですか?」
「さあどうなんでしょう。実を言うと僕もこの時間に来るのは初めてで」
わたわたしていると店員さんが「フリーなら安くなりますよ」と提案してきたので、それでお願いする。
「あの、」
既に部屋番号は渡されているのに店員の一人が話しかけてくる。
「しゃ、写真撮ってもいいですか?」
「写真?なんでですか」
「いや、そのっ、メイドさん見るの初めてで」
ミニスカート、露出の多い洋服、頭に触れるとフリル多めのホワイトブリム。
首を曲げると広い窓があり、そこにはメイド服姿の自分が移っていた。
ぼっと爆発したように顔を赤くして、「ごめんなさいー!」と叫ぶ。
忘れてた!
忘れてた忘れてた!
僕今こんな恥ずかしい格好してるんだった!
全力で逃げて、いちはやく言われた部屋に入った。
恐らく二三人のようの部屋、薄暗い室内の電気をつけ、一息つくようにソファにもたれかかった。
テレビにはどこかのバンドのMVとアイドルのインタビューが繰り返し流れてる。
こんな学園でも、こういうところは遜色ないんだ。
裏社会の要人を育てる学園、当然裏だから表を整備し、隠れる必要があるということだろうか。
「こんな調子で兄さんに会えるのかな」
「置いて行かないでよ」
「ひゃあああ!?」
扉が開かれて、女性の声が――ってなんだ四角奈さんか。
「おどかさないでくださいよ」
不当な責められ方をして少し頬を膨らます彼女の手には二つのコップが持たれている。
片方はオレンジ色、もう片方は焦げ茶色。
「炭酸飲める?」
「はい大丈夫です」
焦げ茶の方を差し出して、ソファに腰掛ける。
コーラかな、多分。
「ジュースの取り方よく分かりましたね」
「舐めないで、私くらいになると恥が無いので人に聞いて取ってこられる」
それは威張り方としてどうなんだろう。
少し呆れつつジュースに口をつけ、「ぶぐほわぉっ!?」
盛大に吹き出し、口に含んだ内容物はテーブルに散乱する。
「口が!苦い!甘い!辛い!?なにこの味!!」
「くふっ……ふふっ……ふひっ…………」
犯人は僕の散々たる有様を見て笑いをこらえ、声を漏らしている。
「おのれ四角奈さん……うわあ口の中が気持ち悪い、なんかじゃりじゃりする」
「ごっ、ごめんね。でも佐藤さんの反応が良すぎて……ちょっと耐えられそうにな、ぶふうっ!!あははははは!!」
とうとう吹き出し、大笑いする四角奈さん。
「い、いやあ教えられた通りに仕掛けたらこんなに良い反応が返ってくるなんて。最高だよ砂糖さん」
「意外とドSですね。まあこういうのカラオケの定番だから、警戒しなかった僕が悪いんだけど」
口直しにオレンジ色の方を勝手に飲む。
ストローに唇をつけ……うん、こっちは普通のオレンジジュースだ。
「あ」
「え、なに?」
「それ私のだよ」
「仕返しだよ。もうこれは僕のです、あげませーん」
「そうじゃなくて、」
ごにょごにょ言いながら四角奈さんは顔を赤くする。
「それ、私口つけた……から、間接キ、ス」
ストローを吸う口をゆっくりと開き、テーブルに戻す。
僕の顔も徐々に赤く染まっていって……同時に謎の面白さがこみ上げてくる。
笑いをこらえた表情、見れば四角奈さんも同じような顔をしていた。
「ひひっ……ちょっとごめん我慢できないかも」
「ふふっ奇遇ですね僕も無理ですふははっ」
僕たちは盛大に笑い出した。
もう箸が転がっても面白い、この時間に遊んでいることさえ面白い。
「あーなんか馬鹿みたいに楽しいですね。こんなの初めてです」
「私もこんなに遊ぶの初めて……よし、はいどうぞ」
備え付けのタブレットを操作していた四角奈さんはマイクを渡してくる。
テレビを見ると有名な、二人組のボーカルの曲――いわゆるデュエット曲のイントロが流れていた。
彼女は既にマイクを握っている。
「俗っぽい曲も知ってるんですね」
「音楽は好きなので」
息遣いがマイクに乗り、朗々と歌い出す。
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